竹島

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貴方は、奥さんの姿形を知っていますか

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/09/04 19:06 投稿番号: [18422 / 18519]
1   認識と領有

  韓国大統領は、独島問題に対して「長年、連れ添ってきた我女房を、隣の男が俺の女房だ、と言い始めた様なものだ。」としました。(出典:失念)
  「長年連れ添ってきた我女房」であれば、その姿形を認識している筈です。隣三軒両隣の奥さんと間違える様なことはありえません。
  尚、特定の女性の姿形を知っていても、それは「我が女房」に直結しません。生計を一にしているとか、毎朝の食事を作ってくれるとか、夫婦としての営みをしていて始めて「我が女房」となります。

  外務省は、「認識」との文言を使用しています。これは「発見」概念とは異なる状態を想定していると考えられますが、その違いは判りません。勝手ですが、「認識」とは、その島の姿形について他島と峻別できる情報を有し、再訪問可能な程度に航路を把握している状態にあることをいう。とします。


2   韓国によるリャンコ島の認識

  于山国は、5世紀頃に最盛期を向かえ12世紀頃まで存続したことになっています。ここに暮らしていた于山国人が、リャンコ島への航海をしていた可能性は否定できません。しかし、この高い航海技術は、李氏朝鮮に引継がれていません。李氏朝鮮が鬱陵島に渡るのに四苦八苦していた状態は、これまで見てきたとおりです。李氏朝鮮に引継がれていないのですから、于山国人による認識は韓国人による認識とすることはできません。

  1694年の張漢相は、鬱陵島から東を眺めるもリャンコ島には行きませんでした。1882年の李奎遠は、鬱陵島から東を眺めるも「一挙の石一撮の土なし」としました。この両時、朝鮮は鬱陵島への日本人の進出に悩んでいました。にも関わらず、「一挙の石一撮の土なし」と出来るのですから、この時の朝鮮人はリャンコ島を知らなかったと解されます。


3   日本海にある4つの島

  日本海には、リャンコ島程度以上の島が4個あります。隠岐島・リャンコ島・チェクト・鬱陵島です。
  韓国が、この4つの島の姿形について他島と峻別できる情報を有し、再訪問可能な程度に航路を把握している状態にあったのは何時からでしょうか。

  日本は、遅くとも17世紀初頭には、このこの4つの島を認識していたと出来ます。史料的に裏付けられるのは、17世紀末です。
  韓国は、1711年の朴昌錫『鬱陵島圖形』において2島の発見が出来ていると認められますが、4島の発見が確認できるのは1904年の『軍艦新高行動日誌』となります。
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