Re: 于山島は石島となった
投稿者: netoran2002 投稿日時: 2006/09/16 08:58 投稿番号: [14904 / 18519]
>禹用鼎の報告を受けて1900年10月25日に公布された『勅令41号』は、管轄区
>域として竹島とともに、特に国境の石島を挙げました。これは、実を結ばな
>かったとはいえ、強い危機意識の表れでしょう。この時期、鬱陵島と殆ど接
>する緑豊かな観音島や周辺の生木なき岩礁を、わざわざ石島として、管轄区
>域に含める必然性は無いでしょう。従って、『皇城新聞』『勅令41号』から
>于山島=石島=獨島が最も理に適う、と愚考します。
強い危機感があるのなら、必ず実態調査をするだろうし、場合によっては日本に抗議するでしょう。現に、鬱陵島への日本人入島に対して朝鮮政府は抗議しているではありませんか。
また、「于山島」という名称があるのに、何でわざわざ「石島」などという新たな名前を付けなければならないのでしょうか。不思議ですね。
また、石島が竹島であろうとなかろうと、実効支配を伴わない形式的な領有宣言はおそらく法的には意味はありません。たとえなにがしかの意味を持っていたとしても、日本の領有宣言に対して朝鮮政府は全く抗議していないのだから、今となっては領有の根拠とはなり得ないのはお解りいただけると思います。
これは メッセージ 14897 (ararenotomo さん)への返信です.
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