Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/09/16 02:21 投稿番号: [14903 / 18519]
(前の記事から続く)
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斉藤豊仙の国境画定へのスタンスについては、分かっていることから、つまり
国代記の冒頭の記述、隠岐郡代を務めたとの経歴、及び若干の時代背景から下記
のように推測しています。このような推測を「想像の想像」と言いました。
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うーん、私が「想像の想像」という表現のニュアンスを再三尋ねている状況で、「想像の想像」という表現を説明抜きで使ったお答えをいただいてもねえ…。
私とまともに対話をしようという意思が無いか、論理的な思考力が欠けているか、或いはその両方かと思えてきます。
>>>>>>
te2222000さんとの議論で、このような私の推測を肯定、或いは否定する新しい
展開を期待しましたが、te2222000さんから、そのような展開に役立つ情報ないし
議論はありませんでした。
従って自信がでたかどうかについて、否定されなかった分だけ、その妥当性が
認められるようになったと思っていますが、(後略)
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肯定する展開と否定する展開のどちらも無かった状況で、肯定されなかった事実は無視し、否定されなかったことだけに目を向けて「その分だけ妥当性が認められるようになった」と結論する上の記述は、公平な目で物事を客観的に判断する能力が不足していることを示しています。
>>>>>>
斉藤豊仙は「何もしない」どころか自著の中で国境を論じたのですから、そのような
(国境の画定は不要と判断するような)消極的な姿勢ではなかったと思います。
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A.斎藤豊仙は自著の中で竹島が日本の国境だと論じている。
B.斎藤豊仙は国境の画定を望んでいた。
shuku_remusさんは、Bを根拠としてAを主張していた筈なのに、いつの間にかAを根拠にBを主張していますね。ここにも論理的な思考力の欠如が見られます。
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またte2222000さんは、斉藤豊仙の述べる日本の国境は「竹島および松島」を
含まない「隠州」であると、解釈されました。
地元漁民の不安を認め、緊張感を知っていたとする元郡代が、「竹島および松島」は
日本ではないと、自著の中でわざわざ表明することもありそうにないことです。
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私は、地元漁民にも郡代にも不安は無かったと考えています。
私の根拠は以下の事実です。
「幕府が竹島渡海許可を出したこと」
「竹島渡海事業の開始から40年以上経つが、その間、事業が朝鮮によって妨害された例はないこと」
「竹島に渡った船が暴風で朝鮮に漂着し、乗組員が朝鮮の保護を受けて戻ってきた例があること」
それに対してshuku_remusさんの根拠は以下の事実です。
「竹島から朝鮮半島が見えること」
公平な目で客観的に判断すれば、どちらが説得力のある議論か分かりそうなものですが、shuku_remusさんにそれを望むのは無理なようです。
ちなみに以前「朝鮮半島が見えることから、漁民たちが緊張や不安を感じていたと結論するのは、間接的な状況証拠に基いた推測でしかない」と指摘した時、次のような反論をもらいました。
(#14654)>>>>>>
間接的な状況証拠ではなく、事実に基づいた推測です。
(事実)竹島(鬱陵島)から高麗(朝鮮)を望む と記載されています。
(推測)その海域に出漁していた隠州地元漁民は、朝鮮を望むところで、緊張・
不安を感じていたことは当然と思われます。
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最初に「間接的な状況証拠」と「事実」を対立するものとして書いている時点で、論理的に考える能力が足りないことが分かります。
そして、竹島から高麗を望むという記載が、隠岐地元漁民が緊張・不安を感じていたことの直接的証拠だと述べた時点で、まともな判断力が無いことが分かります(shuku_remusさん自身は直接的証拠という言葉を使っていませんが、間接的な証拠ではないと述べているのですから同じことです)
私はこれを読んだ時に、この人と議論を通じて共通認識に至ることはまず無理だと判断し、「私はこう思う。しかしあなたが異なる考えであることは了解した」という結論で満足することにしました。
今回、少し違った観点から議論することによって、多少は歩み寄れるかもしれないと思ったのですが、私が甘かったようです。
なので、私の方から色々とお尋ねすることは、もう、やめにします。
前の記事で書いた「経済的興味」の話題は、shuku_remusさんからの質問が続いている状況ですので、聞かれる限りは答えていくつもりです。
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斉藤豊仙の国境画定へのスタンスについては、分かっていることから、つまり
国代記の冒頭の記述、隠岐郡代を務めたとの経歴、及び若干の時代背景から下記
のように推測しています。このような推測を「想像の想像」と言いました。
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うーん、私が「想像の想像」という表現のニュアンスを再三尋ねている状況で、「想像の想像」という表現を説明抜きで使ったお答えをいただいてもねえ…。
私とまともに対話をしようという意思が無いか、論理的な思考力が欠けているか、或いはその両方かと思えてきます。
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te2222000さんとの議論で、このような私の推測を肯定、或いは否定する新しい
展開を期待しましたが、te2222000さんから、そのような展開に役立つ情報ないし
議論はありませんでした。
従って自信がでたかどうかについて、否定されなかった分だけ、その妥当性が
認められるようになったと思っていますが、(後略)
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肯定する展開と否定する展開のどちらも無かった状況で、肯定されなかった事実は無視し、否定されなかったことだけに目を向けて「その分だけ妥当性が認められるようになった」と結論する上の記述は、公平な目で物事を客観的に判断する能力が不足していることを示しています。
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斉藤豊仙は「何もしない」どころか自著の中で国境を論じたのですから、そのような
(国境の画定は不要と判断するような)消極的な姿勢ではなかったと思います。
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A.斎藤豊仙は自著の中で竹島が日本の国境だと論じている。
B.斎藤豊仙は国境の画定を望んでいた。
shuku_remusさんは、Bを根拠としてAを主張していた筈なのに、いつの間にかAを根拠にBを主張していますね。ここにも論理的な思考力の欠如が見られます。
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またte2222000さんは、斉藤豊仙の述べる日本の国境は「竹島および松島」を
含まない「隠州」であると、解釈されました。
地元漁民の不安を認め、緊張感を知っていたとする元郡代が、「竹島および松島」は
日本ではないと、自著の中でわざわざ表明することもありそうにないことです。
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私は、地元漁民にも郡代にも不安は無かったと考えています。
私の根拠は以下の事実です。
「幕府が竹島渡海許可を出したこと」
「竹島渡海事業の開始から40年以上経つが、その間、事業が朝鮮によって妨害された例はないこと」
「竹島に渡った船が暴風で朝鮮に漂着し、乗組員が朝鮮の保護を受けて戻ってきた例があること」
それに対してshuku_remusさんの根拠は以下の事実です。
「竹島から朝鮮半島が見えること」
公平な目で客観的に判断すれば、どちらが説得力のある議論か分かりそうなものですが、shuku_remusさんにそれを望むのは無理なようです。
ちなみに以前「朝鮮半島が見えることから、漁民たちが緊張や不安を感じていたと結論するのは、間接的な状況証拠に基いた推測でしかない」と指摘した時、次のような反論をもらいました。
(#14654)>>>>>>
間接的な状況証拠ではなく、事実に基づいた推測です。
(事実)竹島(鬱陵島)から高麗(朝鮮)を望む と記載されています。
(推測)その海域に出漁していた隠州地元漁民は、朝鮮を望むところで、緊張・
不安を感じていたことは当然と思われます。
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最初に「間接的な状況証拠」と「事実」を対立するものとして書いている時点で、論理的に考える能力が足りないことが分かります。
そして、竹島から高麗を望むという記載が、隠岐地元漁民が緊張・不安を感じていたことの直接的証拠だと述べた時点で、まともな判断力が無いことが分かります(shuku_remusさん自身は直接的証拠という言葉を使っていませんが、間接的な証拠ではないと述べているのですから同じことです)
私はこれを読んだ時に、この人と議論を通じて共通認識に至ることはまず無理だと判断し、「私はこう思う。しかしあなたが異なる考えであることは了解した」という結論で満足することにしました。
今回、少し違った観点から議論することによって、多少は歩み寄れるかもしれないと思ったのですが、私が甘かったようです。
なので、私の方から色々とお尋ねすることは、もう、やめにします。
前の記事で書いた「経済的興味」の話題は、shuku_remusさんからの質問が続いている状況ですので、聞かれる限りは答えていくつもりです。
これは メッセージ 14902 (te2222000 さん)への返信です.
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