賦役逃れ
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2003/02/05 22:56 投稿番号: [1070 / 18519]
>太宗時代に武陵(鬱陵)島を空島にする方針が決定され、島民はしばしば本土に連れ戻されましたが、その後も賦役などを逃れるためにこの島に渡る人は絶えなかったようでした。
刷還政策施行後も鬱陵島に渡る者がいましたが、これは必ずしも賦役逃ればかりでは無かったようでした。
備辺司謄録の粛宗19年(1693年)11月14日記事の趣旨から簡単に紹介しましょう。
左議政睦来善「慶尚道沿岸の漁民は、いつも鬱陵島及び外の島に渡っており、漁採を営む民を一切禁止することは難しい。」
右議政閔黯「接慰官が戻れば子細を知ることが出来ますが、如何に厳禁しようとしても、どうしようもない現状です。」
王「海辺の民は、毎日船に乗り海に入らなければならず、禁止して生活の途を断つことは出来ないことであるが、今後は特に申し渡して軽率に渡らないようにさせよ。」
これは メッセージ 1067 (hangetsujoh さん)への返信です.
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