Re:lib1964_1982君に
投稿者: lib1964_1982 投稿日時: 2005/07/05 13:37 投稿番号: [10095 / 18519]
torezojp君へ
このような記事に反応することは気が進まないのだけれど、名前を呼ばれたので、しかたなく応答しましょう。
>お手前の解釈は凡て誤っており、勝手読みと云うべきものである。
古文書解釈は背景となる文化の理解が必須であるため、私自身は解釈しないことにしています。私にできることは事実の列挙と、自分の感想だけです。
独自解釈をした場合、学会誌に発表するなりして、学会の議論を経て定説になってゆく必要が有るでしょう。インターネットの掲示板には、まだ、それだけの力は無いでしょう。
torezojp君も、自信のある、まともな新解釈であるならば、学会に発表する事が良かろうと思います。
私も、自分の専門分野では稀に学会誌に寄稿したり、シンポジウムで発表したりしていますが、歴史が専門でない者が、独自な新解釈をしても無意味と思っております。
【転写】
1.隠岐国の(歴史的)構成について述べた部分
2.隠岐を基点に4方位に何があるかを述べた部分
3.隠岐を基点に乾の方位に(新規に)何があるかを述べた部分
4.1.〜3.を踏まえて日本(の本土)と、隣国(高麗)と隠岐の国の位置関係を述べた部分
【転写終】
4に付いては、高麗と書いてあるが、国とは書かれていない。高麗は朝鮮半島を意味するのか朝鮮国を意味するのか、両説あると思う。
2に付いては、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の方向のうち、子丑寅卯辰巳午未申の方向について述べています。これらはすべて、隠岐国の外側のことです。2の記述には、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の方向のうち酉戌亥の方向については記載されていません。
torezojp君が『4方位』をどのような意味に使用しているのかは知らぬが、東西南北方向に付いて述べているわけでもなく、また漠然と周囲一円に付いて述べているわけでもない。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の方向のうち、子丑寅卯辰巳午未申に、ついて述べていることは事実である。詳しく言うと、南、南東、南西、北〜東の順に述べられているわけである。
2.で欠落している戌亥の方向については3で述べられています。
以上、事実の列挙です。
以下は感想。
「南、南東、南西、北から東、北西」の順に述べられている記述を、「南、南東、南西、北から東」と「北西」を分離して、前者は隠岐国外、後者は隠岐国内と読むべきであるとの解釈には賛成しかねますが、私が、その可能性が無いと言っているわけではありません。
【転写】
従って、2.〜3.で隠岐を基点にした方位は、ほぼ現在の方位と同様である。と言うことは、斉藤豊仙に依る文書は、2.以降の部分の記載であろう。
…見聞が加わり地誌に3.〜4.の記載が加わったものと考えられる。
【転写終】
2.〜3.の方位が、ほぼ現在の方位と同様であり、2.以降が同一人物によって書かれたことは、そのように推察できると思います。
2.が先に成立し、3.以降があとから成立したのか、同時に書かれたのか。それは、私にはなんとも言えません。
torezojp君、自らそれを実証し、学会に発表したらいかがかな。
このような記事に反応することは気が進まないのだけれど、名前を呼ばれたので、しかたなく応答しましょう。
>お手前の解釈は凡て誤っており、勝手読みと云うべきものである。
古文書解釈は背景となる文化の理解が必須であるため、私自身は解釈しないことにしています。私にできることは事実の列挙と、自分の感想だけです。
独自解釈をした場合、学会誌に発表するなりして、学会の議論を経て定説になってゆく必要が有るでしょう。インターネットの掲示板には、まだ、それだけの力は無いでしょう。
torezojp君も、自信のある、まともな新解釈であるならば、学会に発表する事が良かろうと思います。
私も、自分の専門分野では稀に学会誌に寄稿したり、シンポジウムで発表したりしていますが、歴史が専門でない者が、独自な新解釈をしても無意味と思っております。
【転写】
1.隠岐国の(歴史的)構成について述べた部分
2.隠岐を基点に4方位に何があるかを述べた部分
3.隠岐を基点に乾の方位に(新規に)何があるかを述べた部分
4.1.〜3.を踏まえて日本(の本土)と、隣国(高麗)と隠岐の国の位置関係を述べた部分
【転写終】
4に付いては、高麗と書いてあるが、国とは書かれていない。高麗は朝鮮半島を意味するのか朝鮮国を意味するのか、両説あると思う。
2に付いては、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の方向のうち、子丑寅卯辰巳午未申の方向について述べています。これらはすべて、隠岐国の外側のことです。2の記述には、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の方向のうち酉戌亥の方向については記載されていません。
torezojp君が『4方位』をどのような意味に使用しているのかは知らぬが、東西南北方向に付いて述べているわけでもなく、また漠然と周囲一円に付いて述べているわけでもない。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の方向のうち、子丑寅卯辰巳午未申に、ついて述べていることは事実である。詳しく言うと、南、南東、南西、北〜東の順に述べられているわけである。
2.で欠落している戌亥の方向については3で述べられています。
以上、事実の列挙です。
以下は感想。
「南、南東、南西、北から東、北西」の順に述べられている記述を、「南、南東、南西、北から東」と「北西」を分離して、前者は隠岐国外、後者は隠岐国内と読むべきであるとの解釈には賛成しかねますが、私が、その可能性が無いと言っているわけではありません。
【転写】
従って、2.〜3.で隠岐を基点にした方位は、ほぼ現在の方位と同様である。と言うことは、斉藤豊仙に依る文書は、2.以降の部分の記載であろう。
…見聞が加わり地誌に3.〜4.の記載が加わったものと考えられる。
【転写終】
2.〜3.の方位が、ほぼ現在の方位と同様であり、2.以降が同一人物によって書かれたことは、そのように推察できると思います。
2.が先に成立し、3.以降があとから成立したのか、同時に書かれたのか。それは、私にはなんとも言えません。
torezojp君、自らそれを実証し、学会に発表したらいかがかな。
これは メッセージ 10089 (torezojp さん)への返信です.
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