RE: 島前が巽(南東)で、島後が震(東)
投稿者: lib1964_1982 投稿日時: 2005/07/05 09:25 投稿番号: [10094 / 18519]
島前と島後の方向は、両者の中心を基準にすれば、180度異なります。方位の基準がどうであっても、関係有りません。また、経緯線を基準にすれば、島前と島後の方向が、90度か180度、異なることになるでしょう。
島前は南西、島後は北東といったならば、両者の中心を基準にしていると推定されるし、島前は南、島後は東といったならば、経緯線を基準にしていると考えられるでしょう。
島前を巽(南東)、島後を震(東)、と記述しているので、両者の角度は45度になります。45度であることの説明は、方位の基準では不可能です。(この意味分りますか。一方をある角度回転させると、他方も同じ角度回転するので、両者の差は相殺すると言うことです。)
著者が、何故に、両者の角度を45度に書いたのか、私には分りません。
しかし、もし90度だとすると、ちょっと困ったことが起こります。島前を巽(南東)と記述し、そこから90度のところは鬼門です。まるで、魑魅魍魎の世界のようになってしまいます。
島後を震(東)として、そこから90度回転させると、島前は午(南)になります。当該文章の後のほうで、隠岐国の外がどのようになっているのか、南から戌亥まで説明しているところが有ります。このなかで、南だけは午と言わずに、南となっているでしょう。
午は陰陽道で火の位です。このため、午と言うと火災の難が連想されます。「ヒノエウマ」はその極端な例です。
著者が、島前を巽(南東)、島後を震(東)と記した理由は、私には分りませんが、鬼門(東北)と午(南)を避けて記している点に、著者の細やかな情が感じられます。
島前を南西にしなかった理由は全く分りません。
これは メッセージ 10088 (tuutuu32 さん)への返信です.
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