lib1964_1982君に
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/05 00:19 投稿番号: [10089 / 18519]
【転写】
1.は隠岐国自体の説明です。
2.は隠岐国の外に何があるのかを各方向ごとに、説明しています。
午(南) 雲州美穂関
辰巳 伯州赤碕浦
未申 石州温泉津
子丑寅卯 なにもない(・・・略)
3.は戌亥の方向の説明をしています。松島、竹島があるとの説明です。
さらに、4.で松島、竹島の説明が有ります。高麗(朝鮮半島あるいは朝鮮国)に近いとの説明がなされています。
torezojpさまは、2.と3.を分けていますが、これらは共に、隠岐国の外に何があるのかを各方向ごとに、説明している一環でしょう。
このように、隠州視聴合記を詳しく見ると、松島、竹島は隠岐国の外であることは容易に理解できると思います。
【転写終】
それは違うだろうな。
1.隠岐国の(歴史的)構成について述べた部分
2.隠岐を基点に4方位に何があるかを述べた部分
3.隠岐を基点に乾の方位に(新規に)何があるかを述べた部分
4.1.〜3.を踏まえて日本(の本土)と、隣国(高麗)と隠岐の国の位置関係を述べた部分
1.は斉藤豊仙が従来の隠岐の古紀を借文したものである。江戸時代(現代も)の方位より60度弱時計回りにズレがあることから推論される。エビデンスは隠州視聴合記の付属の隠岐の地図を見れば明らかであろう。付属の隠岐の地図の方位に問題はない。従って、2.〜3.で隠岐を基点にした方位は、ほぼ現在の方位と同様である。と言うことは、斉藤豊仙に依る文書は、2.以降の部分の記載であろう。
即ち、隠岐の地誌に斉藤豊仙が隠岐に関して記述したのは「従是南〔ノ方〕至雲州美穂関三十五里、辰巳〔ノ方〕至伯州赤碕浦四十里、未申至石州温泉津五十八里、自子至卯無可往地、戌亥間行二日一夜有松島、又一日程有竹島(割注)「俗言磯竹島・、多竹・魚・海鹿〔、按、神言所謂五十猛歟〕」、此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠岐、然則日本之乾地、以此州為限矣、」ということになる。
故に、お手前の解釈は凡て誤っており、勝手読みと云うべきものである。
1.は隠岐国自体の説明です。
2.は隠岐国の外に何があるのかを各方向ごとに、説明しています。
午(南) 雲州美穂関
辰巳 伯州赤碕浦
未申 石州温泉津
子丑寅卯 なにもない(・・・略)
3.は戌亥の方向の説明をしています。松島、竹島があるとの説明です。
さらに、4.で松島、竹島の説明が有ります。高麗(朝鮮半島あるいは朝鮮国)に近いとの説明がなされています。
torezojpさまは、2.と3.を分けていますが、これらは共に、隠岐国の外に何があるのかを各方向ごとに、説明している一環でしょう。
このように、隠州視聴合記を詳しく見ると、松島、竹島は隠岐国の外であることは容易に理解できると思います。
【転写終】
それは違うだろうな。
1.隠岐国の(歴史的)構成について述べた部分
2.隠岐を基点に4方位に何があるかを述べた部分
3.隠岐を基点に乾の方位に(新規に)何があるかを述べた部分
4.1.〜3.を踏まえて日本(の本土)と、隣国(高麗)と隠岐の国の位置関係を述べた部分
1.は斉藤豊仙が従来の隠岐の古紀を借文したものである。江戸時代(現代も)の方位より60度弱時計回りにズレがあることから推論される。エビデンスは隠州視聴合記の付属の隠岐の地図を見れば明らかであろう。付属の隠岐の地図の方位に問題はない。従って、2.〜3.で隠岐を基点にした方位は、ほぼ現在の方位と同様である。と言うことは、斉藤豊仙に依る文書は、2.以降の部分の記載であろう。
即ち、隠岐の地誌に斉藤豊仙が隠岐に関して記述したのは「従是南〔ノ方〕至雲州美穂関三十五里、辰巳〔ノ方〕至伯州赤碕浦四十里、未申至石州温泉津五十八里、自子至卯無可往地、戌亥間行二日一夜有松島、又一日程有竹島(割注)「俗言磯竹島・、多竹・魚・海鹿〔、按、神言所謂五十猛歟〕」、此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠岐、然則日本之乾地、以此州為限矣、」ということになる。
故に、お手前の解釈は凡て誤っており、勝手読みと云うべきものである。
これは メッセージ 10086 (lib1964_1982 さん)への返信です.
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