初心者のための日韓議論場
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
>ネット中毒・・・
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2005/01/08 21:59 投稿番号: [1996 / 7270]
>ネット中毒度チェック
>
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/4306/memo/tyudoku.html60点だ...
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これは メッセージ 1993 (honto_gou さん)への返信です.
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朝日新聞の大研究 ベトナム報道
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/08 16:57 投稿番号: [1995 / 7270]
朝日新聞の大研究 第1部 朝日新聞の戦後責任 1 親共主義と反米体質 ベトナム報道
◎目的があるから共産側のテロは是認できるのか──稲垣
ベトナム報道ですが、これは古森さんがベトナム戦争当時、ベトナムにいらっしゃったのでよくご存じと思います。
一つの典型は、本多勝一氏の連載「戦争と民衆」です。これは一九六七(昭和四十二)年五月から十二月までの長い連載です。単行本『戦場の村』として出版されましたが、米軍や南ベトナム政府軍の残虐行為や虐殺を克明に描写し、非難する。しかし北ベトナム軍や解放戦線のそれについては、ほとんど触れていません。しかも共産側のテロは「目的が明白なテロであって、無差別とは意味が違う」というのです。目的があればテロもいいのか、ということになります。「ビンラディン氏」は世界貿易センタービルへの自爆攻撃という「無差別」テロをやらせたが、あれも「自由で開放的な社会システムの破壊」という「明白な目的」があるからいい、となります。
本多氏をはじめとする朝日の報道姿勢は、南ベトナム解放戦線が北ベトナムの指令で組織され、その北ベトナムから持ち込まれた武器で蜂起したという事実には目をつぶっているのです。
ベトナム戦争が事実上終結した一九七五(昭和五十)年五月一日付の朝日新聞は、一面に〈敗退した大国主義〉と題する朝日外報部長・中島博氏の解説を載せ、二、三面の座談会では〈本質は民族運動/新植民地主義の破綻〉、六面では〈民族主義に敗れた大国〉とアメリカを評しています。
こうして、あたかも民族主義者の闘争であるように粉飾しています。これは当時の進歩的文化人、『世界』などに拠っていた進歩的文化人の共通認識だったわけです。
ベトナム戦争というのは、『「悪魔祓い」の戦後史』(文藝春秋社〉でも書きましたが、大体、三期にわたって変質しています。
『戦場の村』に戻りますが、解放戦線とそれを指導する北ベトナムの暗黒面には頬かむりしています。
本多氏は、その次に北ベトナムに行って、『北爆の下』を書きました。しかし、たとえばゲアン省の有名な蜂起で何万人か虐殺されましたが、そういうことについては一言も触れていない。要するにここでも完全な二重基準を行使していたということです。
一期はまず最初にベトミンのフランスからの独立闘争、これはホー・チ・ミンが主導して共産主義的要素もあったけれども、民族解放戦争の要素も強かった。第二期は、南北に分離してから後のいわゆる民族解放戦線の闘争で、かなり北側の指示・指令が強くなります。
三期目はパリ協定以後、米軍が撤兵してから、北がいままで南ベトナムの「解放勢力」に偽装していたのがあからさまに正面に出てきたという、その三つの変質があるんですよ。そういうことについて、朝日もいわゆる進歩的文化人連中も認識していないのです。これは非常に問題です。
http://devs.data-room.info/cgi-perl/bunken/serv.cgi?CHOICE=ALL&ID=4000000100020050・・・
お馴染み、「朝日新聞の大研究」です。テキスト化を途中で止めていましたが、再開しましたのでご利用ください。
「朝日新聞の大研究」を読めば、朝日新聞を読むのが100倍楽しくなる・・・かもしれない(笑
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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「崔志宇はスキャンダルの女王」?
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/08 16:34 投稿番号: [1994 / 7270]
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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ネット中毒・・・
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/08 16:24 投稿番号: [1993 / 7270]
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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たこやき
投稿者: hail_mary_11 投稿日時: 2005/01/08 01:02 投稿番号: [1992 / 7270]
あげ。
コッリーナさんは、家では『さん』づけであります。
どうしても、日本の『たこやき』の地方CM思いだします・・・。
これは メッセージ 1991 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>>の3名です.
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2005/01/07 08:31 投稿番号: [1991 / 7270]
>>2005年12月31日に審判員としての定年を迎えるコッリーナ氏は、UEFA EURO 2004(TM)の準決勝、ギリシャ対チェコの一戦をもって、国際大会でのレフェリングにピリオドを打った。
この試合,早起きして見てました.でも国内のリーグ戦等
では引き続き笛を吹くみたいですよ.
そういえば,日韓WC決勝も彼の笛でしたね.同じピッチに
カーン様とコッリーナ様が立つ至福の時間でした.
これは メッセージ 1988 (honto_gou さん)への返信です.
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朝鮮人の人間性
投稿者: goriey 投稿日時: 2005/01/06 22:31 投稿番号: [1990 / 7270]
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>自分勝手流の思いをカキコ
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/06 21:35 投稿番号: [1989 / 7270]
>修正しながら考えを纏めてゆきたい
修正しながら、と自ら認められる謙虚さは大事ですね。私も見習って、私なりの考えを纏められたと思います。
>どうぞ宜しくお願い致します。
年が明けまして、改めて、宜しくお願いします。
これは メッセージ 1980 (kohshien21 さん)への返信です.
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>の3名です.
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/06 21:25 投稿番号: [1988 / 7270]
これは メッセージ 1978 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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遅くなりましたが
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/01/06 18:21 投稿番号: [1986 / 7270]
謹賀新年☆
今年も宜しくお願いします。
これは メッセージ 1971 (honto_gou さん)への返信です.
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ddg_yamayuki殿
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2005/01/06 16:57 投稿番号: [1985 / 7270]
昨年は家のパソコンが壊れ、時間が無かったためしばらくそのままでした。改めてMJ登録します。
又、現在使用の会社のpcでMj登録しました。但し、5時には退社しますのでそれ以前の可能な時間ならば、OKです。
これは メッセージ 1984 (ddg_yamayuki さん)への返信です.
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甲子園さま
投稿者: ddg_yamayuki 投稿日時: 2005/01/06 16:40 投稿番号: [1984 / 7270]
MJでは、お話できないでしょうか?
これは メッセージ 1983 (kohshien21 さん)への返信です.
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ddg_yamayuki艦長殿
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2005/01/06 16:37 投稿番号: [1983 / 7270]
こちらこそ宜しくお願いします。
これは メッセージ 1982 (ddg_yamayuki さん)への返信です.
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甲子園さま
投稿者: ddg_yamayuki 投稿日時: 2005/01/06 15:22 投稿番号: [1982 / 7270]
新年の挨拶、遅れてしまって申し訳ございません。本年もよろしくお願いいたします。
これは メッセージ 1981 (kohshien21 さん)への返信です.
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yusura_sdhkさん
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2005/01/06 15:16 投稿番号: [1981 / 7270]
早速歓迎いただいた上、書籍データーにつきご案内いただき深謝します。
これは メッセージ 1957 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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honto_gouさん、こちらこそ
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2005/01/06 15:14 投稿番号: [1980 / 7270]
>国柄、この国の有り様、そして民族が拠って立つ処とは・・・
そんな話をなぞも聞かせていただければ幸いです。
私はとてもそんな器ではありませんので、
浅薄な自分勝手流の思いをカキコさせていただき、
修正しながら考えを纏めてゆきたいと思っています。
どうぞ宜しくお願い致します。
これは メッセージ 1961 (honto_gou さん)への返信です.
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皆様、新年おめでとうございます。
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2005/01/06 15:06 投稿番号: [1979 / 7270]
日本が正月休暇中に、津波の被害が益々拡大する事が判明して気が重くなりましたが、各国政府は医療支援、生活インフラの整備から始まり復興資金を大幅に増額して対処しようとしているニュースを見てやや愁眉が解けたところです。
私も阪神大震災で家屋全壊となり、多くの方々の励ましを頂いて立ち直ることができましたので、殊更気になっています。
未だ行方不明者が多い状態ですが、一刻も早く無事が確認され、犠牲者がこれ以上出ぬこと及び逸早い復興が出決る事を祈ります。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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あけましておめでとうございます
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2005/01/06 13:46 投稿番号: [1978 / 7270]
ぎりぎり松の内に挨拶させて頂きます(汗)
ちなみに,我が家で「様」の敬称が必ず付くのは,
松永様(ドーハの悲劇の時の代表GK)
コッリーナ様(日韓WCでも活躍した審判)
カーン様(ドイツ代表GK)
の3名です.
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>雷さま
投稿者: hail_mary_11 投稿日時: 2005/01/04 20:37 投稿番号: [1976 / 7270]
>杉良太郎は杉様とか呼ばれていたと思うし、もっと古くは市川雷蔵の雷様ブームとか・・・
市川雷蔵さんって、『雷さま』と呼ばれてらしたのでしょうか。
『雷さま』というと、麗しい立ち姿と、ちょっと親父くさい(スイマセン)お声の・・・。
『眠り狂四郎』しか見たことがないのですが、そう言えば、やはり狂四郎を演った田村正和さんも、『正和さま』って呼ばれてますね。
(マサにガスだね)
これは メッセージ 1974 (honto_gou さん)への返信です.
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駒大、箱根駅伝4連覇
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/03 14:51 投稿番号: [1975 / 7270]
http://blog.goo.ne.jp/the_admin_man/e/0fca161a32f9a28303ef2e00ad3a59f2
第81回東京箱根間往復大学駅伝競走第2日(関東学生陸上競技連盟主催、読売新聞社共催)は3日、神奈川県箱根町の芦ノ湖畔から東京・大手町の読売新聞東京本社前までの復路5区間(109・9キロ)が行われ、駒大が通算11時間3分48秒で4連覇を果たした。
4連覇は箱根駅伝史上5校目。
2位は終盤追い上げた日体大、3位は日大、4位が中大、5位は順大だった。
東海大に30秒差の2位で復路をスタートした駒大は、7区の糟谷悟が区間1位の走りで逆転。8区で混戦模様になったが、9区の塩川雄也が1時間8分38秒の区間新記録をマークして2位以下を一気に引き離した。往路優勝の東海大は6位だった。
7位の亜大、8位の法大、9位の中央学院大、10位の神奈川大までが来年へのシード権を獲得。早大は11位でわずかに及ばず、シード権を逃がした。(タイムは非公式)
2005/1/3/13:54
読売新聞
・・・
全大学が襷をつなげることができた珍しい駅伝でした。私が駅伝をみるようになってから初めてだと思います。それだけ参加する大学のレベルが近接してきている証なのでしょう。
駒沢はやはり強い。それでも、二位と総合で三分程度の違いですからね。安閑としていられるほどの差ではないですね。
また、各校のタイム差もそれほど無いですから、来年はもっと混沌としてくのではないでしょうか。
それにしても、今年のシード権争いは特に厳しいものでした。神奈川大がかろじて最後のシード権をもぎ取りましたが、追いかける早稲田の執念も凄かった。ですが、区間新で走りながら、その差は約20秒。
先行する神奈川大の内野雅貴選手が目の前でゴールに飛び込んだ時の早稲田の高岡弘選手の心境はどんなだったろうと考えるとなんとも言えないものがありますし、ゴールを目前にして、シード権を逃すところを自分の目で観なければなれないとは残酷な気もしますが、これが箱根駅伝なんですね。
さて、来年はもっとレベルが近接してさらにスリリングなレースが観られるかもしれないと思います。来年が楽しみです。
これは メッセージ 1972 (honto_gou さん)への返信です.
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>>箱根駅伝
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/03 08:50 投稿番号: [1974 / 7270]
これは メッセージ 1973 (hail_mary_11 さん)への返信です.
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>箱根駅伝
投稿者: hail_mary_11 投稿日時: 2005/01/02 15:12 投稿番号: [1973 / 7270]
明けましておめでとうございます。
>順天堂大学 今井正人 の記録は空前絶後の大記録。順大の意地を見せてくれました。
本当にすごかったですね〜。
TV見ながら、母が、
「これから、イマさまって呼ぶの?」
って聞いてました。(オイオイ)
これは メッセージ 1972 (honto_gou さん)への返信です.
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箱根駅伝
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/02 13:56 投稿番号: [1972 / 7270]
http://blog.goo.ne.jp/the_admin_man/e/33cdc4451453a7bee93549c8b394f904
箱根・芦ノ湖
往路ゴール
東海大の越川が右手を突き上げながらテープを切ってゴール!
東海大が往路初優勝を遂げた。
2位にはトップと30秒差で駒大・村上がゴール。3位には日大・吉岡。4位には11人を抜いて、1時間9分12秒の区間新記録を打ち立てた順大・今井がゴール。5位には途中、アクシデントがありながらもめげずに走り切った日体大の北村がゴールした。
・・・
順天堂大学 今井正人 の記録は空前絶後の大記録。順大の意地を見せてくれました。それにしも、東海大学 越川秀宣に駒澤大学 村上和春は五秒差まで詰めましたが、及ばす、東海大の見事逃げ切り、往路初優勝です。
いや、なかなか見ごたえのある往路のレースでした。
本当は朝、大手町のスタートを見に行こう思っていたのですが、寝過ごしてしまいまして・・・(苦笑
これから、明治神宮から靖国神社へと初詣に出かけます。
これは メッセージ 1971 (honto_gou さん)への返信です.
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謹賀新年
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/01/01 22:31 投稿番号: [1971 / 7270]
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>津波警報出ていれば
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/12/31 08:24 投稿番号: [1970 / 7270]
互いに老眼の目とはいえ、二つより四つの方が見落としはないようで(苦笑
さっそく、ネイションのリンクともども拾わせて頂きひとつネタが出来ました。
http://blog.goo.ne.jp/the_admin_man/e/4dab7b3e0cf4828e7a0ab66890d277b6この件は、後日、落ち着いてからの報道と比較してみるということにしたいと思います。
・・・
>大新聞だって、日本もその昔・・ありましたよね。
まあ、某A新聞紙の場合は、誤報といようり、確信犯的虚報と言った方がいいような気もしますが(笑
>当地の地方紙では去年すごいのをやったし・・
例の、願望的空耳誤報ですな(大笑
で、こんなサイト見つけました。
朝日新聞を疑え!!
http://www.assahi.com/ドメインまで取っているとは。資料室も負けそうです。
あとどうでもいいことなんですが・・・
>中1に毛が生えた程度だもん
これは、"中1程度の語学力に毛が生えた程度だもん" の意味であると思いますが、どういう訳か中学一年生の頃どうだったかなあと思い出してしまいました(笑
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タイ紙ネーション3
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/12/31 02:55 投稿番号: [1968 / 7270]
「訳文」だそうです。翻訳機訳は・・読むのが難しいですね(涙)
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しかしながら、気象の部および地質学の資源部の高官によって与えられたインタビューに基づいて、公式レスポンスをこのように言い換えることができるかもしれません:?大衆は警告されませんでした、ので、私たち、確かなweren?t。津波は、インド洋でめったに報告されていません。太平洋の津波に、より精通しているWe?re。それほど説得力がありません。警告システム用のまさに論理的基礎は予期しないものを予期することです。That?s、予測者がそこにいるもの。That?s、すべてあるどんなモニタリング自然災害、に関して。もう一人の気象局の職員によって与えられた大規模な失敗のはるかに、もっと証拠となる説明は行くでしょう、このようなもの:?以来、私たち、haven?tは数十年間の間インド洋の中に津波を持っていました?A私たちは警告を出したくありませんでした。6年前に、気象局の当時の長官は津波警告を出しました、のために、から、Phuketの海岸の。実現されない1つ。そこの多くの人々は、それらが観光客を脅して追い払うことができると主張した予測を作ることで彼を咎めました。
そこのその時に対する公の抗議は、常に再びPhuketを訪れるのを実際に彼に禁止させました。率直に、私たちが警告を出すべきかどうか考えていた時、私たちは非常に記憶力が悪かった?悲劇であるが真実です。不合理で、不気味に超現実的です。多くの命は日がcountry?sメイン気象警報作用を持っていたことの上で救うことができたかもしれません、厳密に専門の方式で作動している?そして担当の職員の主観的な判断上でではない。関係のある政府系機関が義務の不注意に頼ることを決定したことは恐れに社会と政治的な圧力にさらされることのありませんでした?危険を銘記する何十万もの人々の露出?自分の社会的地位を保護するために。これは現在タイのsociety?sの単に1つの様相です、公共事業のほとんどすべての分野での速い下がる専門の標準。それは全国の至る所での専門家かたぎへの勇気およびコミットメントの浸食への遺言です。
標準の手続きは、1965年に中心を警告する太平洋の津波によって下へ置かれたとともに、6.5を越えるもののマグニチュードを備えたどんな水面下の地震も自動的に津波警告システムを引き起こすに違いないと命令します。あの朝、地震学のモニタリング・セクションは、リヒター値で最初に8.6を示す地震に注意しました。しかし官僚的な慣性および臆病?敏捷および緊急管理の明瞭な感覚の代わりに?普及しました。あの朝担当に職員を持っていた、明確で、よくリハーサルされ、適切に通信された手続きで働いている、津波警告が鳴らされていたでしょう。それ、shouldn?t、事務局でそのような警告が南部のホテル所有者か旅行オペレーターに不便を感じさせるかもしれないというチャージのエキスパートにとって日曜の朝に重要でした。それら、shouldn?t、ある地域からの可能なネガティブ・フィードバックについてさらに心配した、その機関は過剰反応していたか、あるいはそれは迅速すぎたので、非常ボタンを押すことができませんでした。それらは、行うべき仕事、およびそれがそうである非常に重要な仕事をまた持っています、国のすべての市民の安全性に関係のある一つ。
ーー続くーー
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これは メッセージ 1967 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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タイ紙ネーション2
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/12/31 02:47 投稿番号: [1967 / 7270]
続き
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Had the officials in charge that morning been working with a clear-cut, well-rehearsed and properly communicated procedure, a tsunami warning would have been sounded. It shouldn?t have mattered to the experts in charge at the bureau on Sunday morning that such a warning might inconvenience hotel owners or tour operators in the South. They shouldn?t have even worried about possible negative feedback from certain quarters that the agency was overreacting or that it was too quick to push the panic button. They have a job to do, and a very important job it is too, one that concerns the safety of every citizen in the country. They are duty bound ? professionally and ethically ? to perform their task honourably. Potential public misunderstandings and undesirable political pressure are but some of the basic occupational hazards.
Prime Minister Thaksin Shinawatra has promised to overhaul the entire disaster-protection system. He discovered just how deplorable the whole warning, rescue and emergency systems were when he went down South himself to supervise the rescue mission earlier this week. He said he learned first-hand that the country had no adequate warning system in place, no back-up communications, no emergency power supplies, no contingency plan to coordinate relief measures. What?s worse, he said that local officials hadn?t even gone on alert. The tsunami had already smashed six southern provinces when he discovered that these bureaucrats wouldn?t even start to respond to the crisis ?until I ordered them to?. Why were they awaiting orders from the country?s chief executive? The simple answer, drawing from recent examples ? bird flu, Sars, even Bangkok?s horrendous traffic jams ? is: they just wanted to save their own butts. That?s how they?ve been trained to think and taught to act.
The PM complained that the Meteorology Department did issue a vague warning (about the earthquake) that ?hyped up the series of aftershocks, which generated unwarranted fear that further complicated rescue efforts?. Instead of blaming them for ?hyping things up?, the chief executive should have asked them: ?What do you need to carry out your usually little-appreciated but crucial task in a more independent and professional manner?? Not only have bureaucratic inertia, budgetary constraints and political interference contributed to this unprecedented calamity, but also the very attitudes towards danger inherent in our social fabric.
In the end, the solution lies in making a conscientious effort to turn Thailand into a real knowledge-based society, one in which disaster monitoring and danger warnings are an integral part of daily life. Let it not be said after this catastrophe, which has touched everybody, passes that official responses simply returned to business as usual ? immediate interest, instant assistance, but long-term neglect ? because we failed to tackle the ?epicentre? of this earth-shaking issue.
Suthichai Yoon
The Nation
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これは メッセージ 1966 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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タイ紙ネーション
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/12/31 02:43 投稿番号: [1966 / 7270]
どこかに元記事がないか探してみました。
「Nation」タイの英字紙、対訳はついていましたが・・・よけい解らん!(涙)
http://ocn.amikai.com/amiweb/browser.jsp?f_color=009933&url=http%3A%2F%2Fwww.nationmultimedia.com%2F&display=3&c_id=livedoor&langpair=EN%2CJA
それらしきところコピペしますのでどなたか検証お願いしますm(_
_)mm(_
_)mm(_
_)m
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THAI TALK: Horrendous failure of our national warning system
タイの話:私たちの全国警告システムのものすごい失敗
Published on December 30, 2004
2004年12月30日に公表されました
?Why weren?t we warned?? This question has been echoing around the tsunami-wrecked coast in the South ever since Sunday. The answers, none of which is very satisfactory, are at best evasive.
?なぜweren?t、私たちは警告しました??この質問は日曜日以来、南部の津波に破壊された海岸の近くで反復していました。答え、無、どれが非常に満足かの、せいぜい回避的です。
Based on interviews given by senior officials from the Meteorological Department and the Geological Resources Department, though, the official response could be paraphrased thus:
?The public was not warned because we weren?t sure. Tsunamis have rarely been reported in the Indian Ocean. We?re more familiar with tsunamis in the Pacific.?
Not very convincing. The very rationale for a warning system is to expect the unexpected. That?s what forecasters are there for. That?s what monitoring natural disasters is all about.
A much more tell-tale explanation of the massive failure given by another Weather Bureau official would go something like this:
?Since we haven?t had a tsunami in the Indian Ocean for decades, we were reluctant to issue a warning. Six years earlier, the then director-general of the Weather Bureau issued a tsunami warning for off of the coast of Phuket. One never materialised. A lot of people there condemned him for making a prediction that they claimed could scare off tourists. The public outcry there at the time practically banned him from ever visiting Phuket again. Frankly, we had this very bad memory in mind when we were considering whether or not to issue a warning.?
Tragic but true. Absurd and eerily surreal. A lot of lives could have been saved on that day had the country?s main weather warning agency been operating on a strictly professional basis ? and not on the subjective judgement of the officials in charge.
It was out of fear of being subjected to social and political pressure that the government agencies concerned decided to resort to negligence of duty ? to expose hundreds of thousands of people to grave danger ? in order to protect their own social status. This is just one aspect of Thai society?s currently fast-deteriorating professional standards in almost every field of public service. It is a testament to the erosion of courage and commitment to professionalism throughout the entire country.
The standard procedure, as laid down by the Pacific Tsunami Warning Centre in 1965, dictates that any underwater earthquake with a magnitude of greater than 6.5 must automatically trigger the tsunami warning system. That morning, the seismological monitoring section noted an earthquake initially registering 8.6 on the Richter scale. But bureaucratic inertia and timidity ? instead of a clear sense of alertness and emergency management ? reigned.
−−続く
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これは メッセージ 1965 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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>スマトラ地震・・・
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/12/31 01:58 投稿番号: [1965 / 7270]
>少しばかり気になった記事
>報道したのだろうか。色々と各新聞社のサイトをみて回ったが見当たらなかった
ネット上では読売にそれらしい記事がありました。
↓「津波警報出ていれば…被害者から憤りの声」
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20041229i117.htm______________________________________
【プーケット島=飯田達人】「なぜタイ政府は津波警報を出してくれなかったのか」――。地震発生からタイ南西部を津波が襲うまで約2時間あったが、その間、海岸にいた観光客らに津波に関する情報は全く伝えられなかった。
タイ当局が観光への影響を懸念してあえて警報を出さなかったとの地元報道もあり、被害者らの怒りが高まっている。
福岡市内のアパレルメーカー社長でイタリア人のアルド・トレリさん(47)は、長男のルカ佑樹君(14)と一緒に、日本人の妻恵子さん(43)と長女令亜(れあ)さん(13)、姉のグラッツィア・トレリさん(52)の行方を捜している。
アルドさんらは、パンガー県カオラックのホテルに滞在。26日午前、アルドさんはホテルのテレビで地震発生のニュースを見たが、その時には恵子さんと令亜さんはホテル前の海岸に向かっていた。アルドさんと佑樹君もホテルの中庭へ出た。「まさか数百キロも離れたカオラックに津波が来るとは思わなかった」とアルドさんは振り返る。
突然、水平線に白い波が見え、アルドさんと佑樹君は近づいてきた波にのみ込まれた。「日本ならすぐにテレビが津波の情報を流す。なぜ、こんな大きな地震なのに、津波の恐れがあるという注意さえなかったのか」。アルドさんは目に涙をためながら、何度も首を振った。
ピピ島の海岸で不明となった妻の田中由美さん(32)の行方を捜しているオーストラリア人、ダミアン・クルートさん(28)は、地震があったことを全く知らなかった。クルートさんは「津波の警告を出してくれたら、妻を含め多くの人が被害に遭わずに済んだのに」と悔しそうに語った。
パトンビーチ近くで4年前から飲食店を経営している石地宏さん(46)によると、地震発生時にはプーケット島でも震度1程度の弱い揺れが約1分間続いた。だが、近所の人はだれも地震に気付かず、地元のテレビも報道しなかったという。石地さんは「タイのニュースは今も『津波』ではなく、『洪水』と呼んでいる。地震がどういうものか知らない人が多い」と話す。
在バンコク日本大使館職員の1人は「タイでは地震がほとんどなく、津波の被害も聞いたことがない。国民も地震に備える意識はなく、タイの気象庁の対応も遅れたのではないか」と指摘している。
2004/12/30/01:32
読売新聞
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>との地元報道もあり、被害者らの怒りが高まっている。
地元で「そういう内容が報道された」「事実」が載っています。
地元報道の内容が事実とはまだ書かれていませんが・・・
>共同電を全部はチェックできないので
共同電の精確さやスポニチの読解力はどれくらいなのか・・・
いえですね、大災害のときは流言飛語がですね・・・あのその・・
大新聞だって、日本もその昔・・ありましたよね。(当地の地方紙では去年すごいのをやったし・・)
これは メッセージ 1964 (honto_gou さん)への返信です.
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スマトラ地震・・・
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/12/30 18:56 投稿番号: [1964 / 7270]
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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在日・強制連行の神話
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/12/30 09:24 投稿番号: [1963 / 7270]
鄭大均 在日・強制連行の神話
http://devs.data-room.info/cgi-perl/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0840330220010001
『朝鮮人強制連行の記録』の著者の被害者性を売り物にする態度が、本来は、在日にとっても恥ずべきことであったということはすでに記した。この恥ずべきことがやがてお手本となっていく過程で、在日たちが失ったのは、朝鮮人として生まれたという理由で、差別され疎外されるという理不尽さを克服するための自助努力とでもいうべきものではなかっただろうか。無論、こうした自助努力が不要になったということ自体は喜ぶべきことである。ある特定の人種や民族を出自として生まれたというだけで、差別や疎外の対象になるという状況は、なによりも、当事者を傷つけ、不幸に仕立てあげやすい。マイノリティの人生にはあやうさがつきものである。
だが一方で、かつての日本には、不利な立場で生まれてきたがゆえに、他人よりも努力して自分を鍛えるとか、理不尽さに向き合う過程で、ある種の奥行きを備えた人間が生まれるという「逆境の効用」とでもいうべき状況もあった。それに比べると、今日の日本に見てとれるのは、コリアンであることを自己表示するや、ある種の権威や権力を得るという状況で、これでは自分をスポイルすることになりはしないか。
元祖・在日の不幸の科学より
・・・
強制連行に関する文献のテキスト化第二弾です。鄭氏の前著の「在日韓国人の終焉」もいいのですが、引きどころの多いのはやはりこちらのようなので、テキスト化しました。
特に、『朝鮮人強制連行の記録」再考は、朴慶植氏の『朝鮮人強制連行の記録』関して、かなり突っ込んだ批判をしています。この部分は今まであまり目にすることがなかった分野の論考ではないでしょうか。
特に、鎌田澤一郎氏の「朝鮮新話」に関する話は、先に公開した「朝鮮人強制連行はあったのか」の
【補論】旧内務省文書をどう読むか
http://devs.data-room.info/cgi-perl/bunken/serv.cgi?CHOICE=ALL&ID=4000410131010301の部分と併せて読むことをお勧めします。
尚、「在日・強制連行の神話」はアクセス制限をしばらくは致しません。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>>>「強制連行」説の虚構
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/12/30 09:07 投稿番号: [1962 / 7270]
>>人買い,タコ部屋労働は全ての貧困層に起きた悲劇です.
今の目からみれば、悲劇かもしれないけど、当時はそれなりの受け止め方をしていた人たちもいたようですね。
>かつての身を刻むような悲惨さにくらぶれば、それが如何に過激な労働であろうとも、如何に獲る所の物が貧しくとも、はるかに幸多き暮らしであり喜びであった
案外貧困の中にしっかりと逞しさと喜びを持って生きている様が感じられますね。勿論、きれいごとの世界ではないけれど、被害者意識にとらわれず、責任転嫁をしない。その心持があれば、人は貧しくても、ちゃんと生きていけるんですね。
何かを恨み、被害者であると自らを規定してしまう・・・そんな人は例え物に恵まれても、自助の気概や生きる喜びには恵まれないよう気がします。
>昔の貧困層がどのようなものであったか、そう言えば具体的に学校で習った記憶はなかったなぁ。
学校よりは親が教えるべきことじゃないでしょうか。少なくても私たちの親の世代は貧しさを体験しているわけだし。いや、その貧しさを教えるのではなく、貧しくともどう自分と世間に向き合って生きていくかを教えるべきだと言った方がいいのかもしれませんが。ただ、それを私たちがちゃんと伝えられるかとなると・・・これはもっと頼りない話になってしまいますが(苦笑
これは メッセージ 1960 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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甲子園さん、どうもです
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/12/30 08:44 投稿番号: [1961 / 7270]
>今後は時折参加させていただきます。
こちらこそ宜しくお願いします。
・・・
最近、私の世代は前の世代から何を受け取ったのだろうか、そして次の世代に何を渡せるのだろうか、なんてことを考えることがあります。
処世は教えてもらっても、それだけじゃ足りないことが、ようやくこの年になって解りかけてきたようです。
国柄、この国の有り様、そして民族が拠って立つ処とは・・・
そんな話をなぞも聞かせていただければ幸いです。
これは メッセージ 1952 (kohshien21 さん)への返信です.
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>>「強制連行」説の虚構
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/12/30 03:19 投稿番号: [1960 / 7270]
>この話題で盛り上がった
これで思い出しました。(「常紋トンネル」のhpだ!)
http://www.engaru.co.jp/osusume/joumon/main.htm>タコ部屋労働は全ての貧困層に起きた悲劇です.
上記の中に「〜の話は陰惨一色で塗りつぶせない面のあることを教える〜」ともありました。
(「野麦峠」の話でも似たような事をNHKの高校講座で言ってました)
↓「タコ部屋があればまた行く」
http://www.engaru.co.jp/osusume/joumon/25.htm(終りの部分のコピペです)
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山*さんの話が、タコ部屋には、陰惨一色で塗りつぶせない面のあることを教える。
タコ部屋は住み心地が良いという人もいたし、タコ部屋以外に生活の場所を見出せない人もいたのである。
彼等のタコ部屋の楽しみとか生き甲斐とは、どこから生まれるのであろうか。
1932(昭和7)年に、青森地方職業商会事務局がまとめた「調査」は、この点にふれている(カッコ内も原文のまま)
「自分はこうして星の下に生まれついているのだ。
自分の境遇はこんなものであって、いかほど騒いだところで如何にもなるものではないのだと観念のほぞを固めているのが彼等(土工夫)の生活である。
そこには思想的なる何等の煩悩も貧農もなくひたむきに働いて面して喰っていく。
それのみではない。
中には真に現在の生活に満足し、感謝し、礼賛しつつある者すら決して少なくはないのには驚く」
私が山*さんに持ったような驚きが、ここにもある。
「タコ部屋礼賛」はどこからくるのか。
「都会の激しい生存競争に疲れ切った者、落語した者、彼等は如何に永い歳月深刻なる失業苦をなめ尽くして来たことか。
職業紹介所の軒下に幾日幾夜を待ち明かしたことか。
襲い来る飢餓と不安に、幾度街灯に昏倒したことか。
しかもなお彼等には働くべき仕事は与えられず、温かいパンの一片だに恵まれなかった。
こうした形容しがたい精神的、肉体的苦痛を体験してきた彼等に在っては、そこ(土工部屋)は唯一の楽園にも等しかった。
そこには失業というものがなかった。
達者で真剣に――それは牛馬のようにぽい廻されるものであるとしても――働いてさえいれば3度(ないし4度5度)の飯に事欠く憂いもなく、夢を結ぶ良きしとねものべられており、かつての身を刻むような悲惨さにくらぶれば、それが如何に過激な労働であろうとも、如何に獲る所の物が貧しくとも、はるかに幸多き暮らしであり喜びであった」(北海道に於ける土木労働者に関する調査)
タコ部屋は、日本の風土に根ざした土着性を吸引力にしながら、失業者群が存在するかぎり、生命をもちつづけるであろうことを、山*発言と調査資料が語っている。
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>はるかに幸多き暮らしであり喜びであった
昔の貧困層がどのようなものであったか、そう言えば具体的に学校で習った記憶はなかったなぁ。
これは メッセージ 1956 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1960.html
ついかで
投稿者: tmakuma 投稿日時: 2004/12/29 19:53 投稿番号: [1959 / 7270]
よくSの字のつく会の指導では
「正視眼で物事を見なければならない」
と有ります
かの国にあるSの字のつく会のメンバーは
そうであって欲しいと思うものです。
間違ってもファビョって貰っちゃ
師匠の顔に泥を塗るってものでしょう
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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なるほど
投稿者: tmakuma 投稿日時: 2004/12/29 19:49 投稿番号: [1958 / 7270]
少しトピズレな話ですが
>うちは最近エ○バの○人の勧誘が多くて,その時だけは
Sの字が付くメンバーを騙らせて頂いています(恥)
ナイスな対応かもしれません(核爆)
朝鮮半島系な話をすると
Sの字のつく会の会合ではよく
「韓国は兄の国」と言う言葉が出ます
が、誤解の無い様に言うと
日韓併合前までの日本の心境としては同様に思っていて、是非「兄の国」たる韓国に
開国してもらって、日本と同じように西洋文化を学び富国強兵してもらって
日本と共に列強(特に帝政ロシア)の侵略に備えたかったのではないか
と思うわけで、そういった観点からすると
Sのつく会での内容は間違ってないのかもと申し上げておきます
外交については
首相閣下は深慮遠謀の上で考えていると思いたいのですが・・・
これは メッセージ 1955 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1958.html
甲子園さんようこそ
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/12/29 18:22 投稿番号: [1957 / 7270]
>今後は時折参加させていただきます。
どうぞどうぞ.歓迎致します.
書籍データの件ですが,青空文庫で「朝鮮」とか「支那」とかで
検索してみると面白い文献がたまに見つかります.資料としては
あまり参考にならないかもしれませんが,物語としては面白いです.
これは メッセージ 1952 (kohshien21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1957.html
>「強制連行」説の虚構
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/12/29 18:15 投稿番号: [1956 / 7270]
そういえば,北海道カテでこの話題で盛り上がったことが
有りましたねえ.
人買い,タコ部屋労働は全ての貧困層に起きた悲劇です.
娘の身売りがそうであったように.
これは メッセージ 1945 (honto_gou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1956.html
>ども
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/12/29 18:12 投稿番号: [1955 / 7270]
>私自身がSの字が付くメンバーな者ですから・・・
うちは最近エ○バの○人の勧誘が多くて,その時だけは
Sの字が付くメンバーを騙らせて頂いています(恥)
>でも、やっぱり首相・外務大臣の質によるところが大きいと思います。
町村さんには期待してるんですが.
でも首相が相変わらずの小泉ですからねえ.
これは メッセージ 1939 (tmakuma さん)への返信です.
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