なぜ日本人は、嫌われるのか?

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

餌は

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/22 10:47 投稿番号: [22074 / 35788]
ゴキブリ

でも、ゴキブリは南方産だから、いなかったか。

日本列島から流れていったワカメをたべていたらしいよ。

猿島の改革にちなんだ私の啓蒙

投稿者: shibural7 投稿日時: 2003/05/22 10:39 投稿番号: [22073 / 35788]
大至急改革抜本リスト

①建前&本音
②苛め縄張り根性
③改革の主体が「ほか猿」でなくずばり「自分猿」である事を認識してない事
④自民自由公明保守党
⑤21世紀最中なのに健在してる猿親分制度
⑥利根川氏の真の愛国者が猿国内で仕事がしたくない猿雰囲気の現存
⑦自らは何にもできない現実を猿国民が自虐してない事

その無不毛の地に

投稿者: juwan416jp 投稿日時: 2003/05/22 10:35 投稿番号: [22072 / 35788]
生きた恐龍はなにを食べました?

古来、朝鮮半島は不毛の地

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/22 10:30 投稿番号: [22071 / 35788]
別荘地にはならない。

だから

投稿者: juwan416jp 投稿日時: 2003/05/22 10:28 投稿番号: [22070 / 35788]
紀元前6000年前から侵略しようと準備をして来たと言う意味だろう。
それほど、韓国を憧れでいるの?

製鉄所も作れない

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/22 10:24 投稿番号: [22069 / 35788]
朝鮮種族.

車も作れない朝鮮種族.

猿の文化は盗賊的

投稿者: shibural7 投稿日時: 2003/05/22 10:17 投稿番号: [22068 / 35788]
船造りを教えてやったらその船に乗って盗賊に訪れる猿の文化

縄文式土器は紀元前6000年前

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/22 10:09 投稿番号: [22067 / 35788]
  素股ぱっかん蛮族がニダニダ!と犬のような生活をしていた時に、大和民族は亜細亜解放と文明開化のために着々と進化をとげていた。

日本文化は南方的

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/22 09:27 投稿番号: [22066 / 35788]
>生活様式においては、弥生人の完璧な勝利だね。

その弥生が南方的だといわれている。

「弥生文化の到来は必ずしも多くの[弥生人]がやって来たことをいみしない」(安本)

「ハンバーグ文化の繁栄は必ずしも多数のアメリカ人がやって来たことをいみしない」


生活様式・宗教を文化に含めれば、日本の文化は圧倒的に南方的。食い物もそう。米はいうにおよばず、サツマイモの原産地は南方。

別カテでlakshmiの言っている天照大神と須佐乃命の天の岩戸も複合的で、原形は南方の神話。古事記の中の食物の話は全く南方的。

アイヌ文化、縄文文化が日本文化の基底にあることは常識(日本人のあの世観・梅原)

>縄文の採集文化と弥生の稲作文化。日本は採集文化から稲作へと転換したんんじゃないの?俺は単なるこれを意味するだけ。

縄文時代に大規模な栽培農業が行われていたのはもはや常識。東北地方では栗・ナッツ類の農園まであった。(山内丸山遺跡)

これが縄文時代の人口増をもたらした。

熱帯ジャポニカの栽培あとで最も古いのは、岡山・朝寝鼻遺跡。6000年前。
青森の風張戸遺跡の米作は3000年まえ。(ただし陸稲のようである)

一年位前にも言ったけど

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/05/22 09:17 投稿番号: [22065 / 35788]
>例えば、近代化の最中、東洋文化と西洋文化が出会ったとき、西洋文化の方が圧倒的に優勢を見せてしまったように。

いい加減に,文化と文明の区別くらいつけたらどうよ?

プッ

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/22 09:01 投稿番号: [22064 / 35788]
>混血してなかったら、日本には未だにアイヌ差別があるような縄文人への残酷な差別があっただろう。


  こういうふうにか?

http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=opi&cont=opi0&aid=20011205214110100

>しかし、俺が華北と言った意味は長江以北を意味しての華北だったのだが、用語選びの間違いかも。

  論破されると主張をすり替えるアホちょんJ流!

>朝鮮社会は奴隷に当たる官奴と私奴は存在してるが、人口の殆どは良人(また良人の殆どは朝鮮王朝末期になると両班になるが)と呼ばれる自由民だった。誰がこのような分類をしたのか俺には知らないが、朝鮮史をもっと研究してから分類した方が良かったね。

  お前、人口の9割は両班と言っていなかったか?

  をいをい、昨日、今日で言っていることがまるで違うぞ。

  SF歴史創作も楽じゃないな〜   ♪

  大笑い!!

>>>顔

投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/22 08:43 投稿番号: [22063 / 35788]
>縄文時代も日本史の大切な一部。

日本史じゃないとは言ってない。

>混血したからこそ日本人(民族的な意味で)なんだと思うよ。

混血してなかったら、日本には未だにアイヌ差別があるような縄文人への残酷な差別があっただろう。

>多くの日本人に両方の特徴がモザイクに現れることの説明がつかない。

ま、これにも一理はあるだろう。しかし、顔立ちはともかく、生活様式においては、弥生人の完璧な勝利だね。

>文化の高低などという恣意的になりやすい基準を持ち出すのは如何なものかな。

それは簡単。Aとう文化とBという文化が接した時、同化される文化の方が一つしたなんだよね。例えば、近代化の最中、東洋文化と西洋文化が出会ったとき、西洋文化の方が圧倒的に優勢を見せてしまったように。勿論、一概に皆がこれに当たるとは思えないが。縄文の採集文化と弥生の稲作文化。日本は採集文化から稲作へと転換したんんじゃないの?俺は単なるこれを意味するだけ。

>道具や組織マネージメントの優劣と文化の高低を混同してはいかんよ。

稲作は単なる同道具や組織マネージメントではないことは君は知ってんだろ!

>縄文後期の人間が、農業を生活のベースにしていた可能性は十分にある。

勿論、縄文人も初歩的であるが、農業を始めた可能性は十分あるよ。しかもそれが稲作である可能性も完全に排除できない。しかし、一人二人の試みがその集団のすべてだとは言えないんじゃないの?

>「華北や朝鮮半島北部で、古代に水田に寄る稲作が可能だったのか?」

確かに某氏の指摘のように、華北は麦中心だろうなって思った。しかし、俺が華北と言った意味は長江以北を意味しての華北だったのだが、用語選びの間違いかも。しかし、黄河流域には稲作ないのかな、、、中国のことあまり知らんので、、、

朝鮮半島は平嬢あたりまで水田があると俺は知っていたけど、間違いなのかな。しかも三韓時代から朝鮮には貯水施設まで整っていたそうだしね。


>このルートは、海流を垂直に横切らなくてはいけないという事実を無視することは出来ない。

俺もそれを感じていた。しかし、江戸時代の漂着船の史実からみると、朝鮮から船を出したら、日本に着くらしい。島根県みたいに、日本の外れに神様の故郷と呼ばれる出雲大社があるのは、色んな事を意味するんだろな。

>一般的に言って、日本では、「百済風味の大陸文化(百済の独自文化も含まれていると思う)」が、古代日本に大きな影響を与えたことは否定されてない。

君のこの意見も一部のアホジャップらには大きな違いがあるようで、一応安心。

>だれがその両班を養っていたのかね?

両班を平安時代の貴族を見なすからこのような誤解が生じるのではなかろうか。両班は必ず経済的な強者ではなかったんだ。両班っていうのは、官僚の祖先を持つか、官僚になれる階級を指した言葉に過ぎない。

>一度社会科学の勉強をしてみたまえ。
ロシア・中国・朝鮮は間違いなく農奴制社会に分類される。

朝鮮社会は奴隷に当たる官奴と私奴は存在してるが、人口の殆どは良人(また良人の殆どは朝鮮王朝末期になると両班になるが)と呼ばれる自由民だった。誰がこのような分類をしたのか俺には知らないが、朝鮮史をもっと研究してから分類した方が良かったね。

>それは社会制度の観点から見て、朝鮮が農奴制社会であったという命題とは矛盾しない。

矛盾してる。

>ところで、君によると朝鮮に平等思想をもたらしてくれたらしいカトリックは、奴隷貿易の手先にはならなかったのかな?

朝鮮のカトリックは面白いところがある。それは、欧米の宣教師による普及ではなく、朝鮮民族自らの自発的な努力による受入ってこと。宣教師などによる普及(日本みたいに)だったら、奴隷貿易とも少なからず関連があっただろうが、朝鮮は自らの力で取り入れたので、最初は学問として後は信仰として発展して行く。この点日本と違うんだろうね。朝鮮朝廷がカトリックを圧迫した表のわけは儒教に反する思想というのもあるが、本当は政治的な弾圧だった。秀吉の弾圧とは異なるところ。秀吉は奴隷貿易を防ぐためではなく、それを含む貿易からの利益を大名から取るためではなかろうか。

>>顔

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/21 21:45 投稿番号: [22062 / 35788]
>縄文の文化は日本文化に溶け込まれた

常識的に考えてそうだろう?
縄文時代も日本史の大切な一部。

文化ってのは、
「それを共有する集団の心のあり方やそれを反映した行動様式のこと」
じゃないのかな?

>まさか顔のせいではないだろうね

あいにく、私の顔はあくまでも
「どちらかと言えば縄文系」
というに過ぎない。
私は毛深い体質じゃないし、特別濃い顔もしていない。
もともと、そんなこと意識したこともないけどね。

>混血がかなり進んでいるからね

混血したからこそ日本人(民族的な意味で)なんだと思うよ。

>別系統って事はもう常識だろ。

私は弥生人はハイブリッドだと思っている。
縄文人が駆逐されて弥生人の世界になったと言うなら、私のように、多くの日本人に両方の特徴がモザイクに現れることの説明がつかない。
NHKの番組は見てないから、内容までは知らない。

>文化の流れは、水みたいなもので上から下へ、高いところから低いところへ

文化の高低をどのような基準で決めるのかね?
縄文から弥生へのシフトは、恐らく生産性の違いを反映した現象。
文化の高低などという恣意的になりやすい基準を持ち出すのは如何なものかな。
道具や組織マネージメントの優劣と文化の高低を混同してはいかんよ。

>縄文人の採集や猟などを中心にして暮らしていた縄文人の文化

縄文人の生活様式は、時期によって大きく異なると言われている。
縄文後期の人間が、農業を生活のベースにしていた可能性は十分にある。

>日本、朝鮮半島、華北はジャポニカ

稲作の伝播ルートに関しては、他の方の意見が私にもとても参考になった。
バカジャップス君の主張の中で一つ疑問なのは、
「華北や朝鮮半島北部で、古代に水田に寄る稲作が可能だったのか?」
ということ。
華北や北朝鮮にあたる地域はもともとコメではなく麦の文化圏じゃなかったっけ?

>俺は、弥生人は一時的に大量に入ってきたんのではなく、時間をかけて流れ来たと思っている

この辺は、お互いに、
「まあ、君はそう思うんだね」
としか言いようのないところですな。

>朝鮮半島→対馬島→壱基島→九州

このルートは、海流を垂直に横切らなくてはいけないという事実を無視することは出来ない。

ついでに、
「稲作の大規模な展開」と「大規模な渡来人の存在」は、必ずしも同値命題ではないよね。

>半島経由の大陸文化が日本の地に入り、更に和風と化し、発展した

一般的に言って、日本では、「百済風味の大陸文化(百済の独自文化も含まれていると思う)」が、古代日本に大きな影響を与えたことは否定されてない。
ときどき、日韓双方にそれを拡大解釈する連中がいるみたいだけど。

>朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまう

「ニッテイは収穫物の80%以上を収奪した」
以来の大ヒットですな。
だれがその両班を養っていたのかね?

一度社会科学の勉強をしてみたまえ。
ロシア・中国・朝鮮は間違いなく農奴制社会に分類される。

>もっと理解を深めてから非難すること!

別に非難しているわけじゃない。
朝鮮でも17世紀以降商業資本主義の萌芽があり、貨幣経済も徐々に浸透しつつあったことは事実だけど(銭慌とは一種の恐慌だろうし)、
それは社会制度の観点から見て、朝鮮が農奴制社会であったという命題とは矛盾しない。

ところで、君によると朝鮮に平等思想をもたらしてくれたらしいカトリックは、奴隷貿易の手先にはならなかったのかな?
カトリックが世界中でそれをしてきたことは有名な事実なんだけど。
ちなみに、日本でもやってたよ。
豊臣秀吉がキリスト教に対する禁教政策をとったのはそのためでもある。

猿島の劣等感=

投稿者: shibural7 投稿日時: 2003/05/21 19:54 投稿番号: [22061 / 35788]
歴史を歪曲する根底心理

↓併合もパクれば〜↓

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/21 19:13 投稿番号: [22060 / 35788]
  わっはっはっはっはっは!!

> プッ>白人にはゴマをすり

投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/21 19:04 投稿番号: [22059 / 35788]
>白人にはゴマをすり

やっぱし韓国は日本をぱくっている。あかんな!!

まあ、韓国人も日本人も

投稿者: it_no1_hate_very_much_2002 投稿日時: 2003/05/21 19:03 投稿番号: [22058 / 35788]
我々白人から見れば同じようなものだ。
目糞鼻糞を笑うという日本の諺そのままだな。

最近すごーく多いぞ、白人男と日本女の組み合わせが。
逆は滅多にないが(爆

プッ>白人にはゴマをすり

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/21 18:54 投稿番号: [22057 / 35788]
  こういうことか?

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/05/12/20030512000067.html

  それともこういうことか?
http://srch.chosun.com/cgi-bin/japan/search?did=1099&OP=5&word=ロシア%20新郎%20V%20A%20V%20Y%20&name=%8E%D0%89%EF&dtc=20010816&url=http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2001/08/16/20010816000015.html&title=%3Cfont%20color%3D%23860001%3E%3Cb%3E%83%8D%83V%83A%3C%2Fb%3E%3C%2Ffont%3E%90l%90V%8D%C8%82%C9%8B%83%82%AD%8A%D8%8D%91%82%CC%3Cfont%20color%3D%23860001%3E%3Cb%3E%90V%98Y%3C%2Fb%3E%3C%2Ffont%3E%82%BD%82%BF

  だい火暴しょ〜〜〜   ♪

そのろくでもない民族だから〜 ♪

投稿者: it_no1_hate_very_much_2002 投稿日時: 2003/05/21 18:40 投稿番号: [22056 / 35788]
白人にはゴマをすり、韓国人には悪口を言って、息抜きをしてるわけだ。

明治以来百数十年、われわれ白人にいまだに股を広げつづけている劣等民族。






んー?

ギャハハハッハッハハアハアハ!


  哀れ。

re>縄文と弥生を別の血統

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/21 18:33 投稿番号: [22055 / 35788]
インドネシアの米はジャポニカだが、日本の温帯ジャポニカとことなり、熱帯ジャポニカ。

温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカがいつ分化したのかも現在のテーマ。

以前は、ジャポニカ種とインディカ種は、共通の祖先を持つとかんがえられていたが、今では別種だろうとされている。


1995年6月7日   読売新聞夕刊・科学の50年   (インドネシアの米は熱帯ジャポニカだと書いてある)

1996年3月30日   日経・文化欄

1999年9月18   日経・文化欄

日本での栽培種は、熱帯ジャポニカの方が温帯ジャポニカより多かった、ということは、水田耕作がはじまっても、依然として縄文時代の熱帯ジャポニカ(縄文のかなり早い時期に日本生きたとおもわれる)が栽培の主流であったことを。示す.

これは、中国の温帯ジャポニカが8種に分類されるのに、日本の温帯ジャポニカは2種。   これは、江南あたりから米を携えてやって来た人がひたとしても、その数はそれ程多くなかった事の証左になる。

日本の米栽培の最古の記録は、朝寝鼻の6000年まえ。

それ と呼ばれた子

投稿者: hal_anta_yabani 投稿日時: 2003/05/21 18:10 投稿番号: [22054 / 35788]
>一瞬、トリイ・ヘイデンかと思ったら、別モノなんですな。

  はい、「“It”(それ)と呼ばれた子」
  ディヴベルサーさんの著作です。

マン アンティ ヤ アホ? 

投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/21 18:06 投稿番号: [22053 / 35788]
>自称日本人の方へ   ヨイショしてあげただけですよ。

ハル   アンティ ヤバニーヤ?

>「it とよばれた子」

投稿者: it_no1_hate_very_much_2002 投稿日時: 2003/05/21 18:05 投稿番号: [22052 / 35788]
>書店で平積みになっておりましたが関係者ですか.

書店で下積みをしたことはあるが、関係者ではない。



ギャハハハハハ!

んー?

子羊よ。

「it とよばれた子」

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/05/21 17:39 投稿番号: [22051 / 35788]
一瞬、トリイ・ヘイデンかと思ったら、別モノなんですな。

そのろくでもない民族に〜 ♪

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/21 17:28 投稿番号: [22050 / 35788]
  36年間、股を広げ続けた劣等民族。





  哀れ。

「it とよばれた子」

投稿者: hal_anta_yabani 投稿日時: 2003/05/21 17:20 投稿番号: [22049 / 35788]
そのような題名の書籍が
書店で平積みになっておりましたが関係者ですか.

自称日本人 bakajaps さん

投稿者: hal_anta_yabani 投稿日時: 2003/05/21 17:10 投稿番号: [22048 / 35788]
>教養とは関係ないっしょ。

  自称日本人の方へ   ヨイショしてあげただけですよ。

bakajaps氏

投稿者: it_no1_hate_very_much_2002 投稿日時: 2003/05/21 16:55 投稿番号: [22047 / 35788]
>混血がかなり進んでいるからね。

いずれにしても、日本人は劣等感の固まりだし、ろくでもない民族だよね。

>>農奴システム

投稿者: kusuo1 投稿日時: 2003/05/21 15:12 投稿番号: [22046 / 35788]
>>朝鮮王朝時代の半島社会は、両班が支配する農奴システムでしょ

>われらが農奴システムと言われると、ロシアの農奴制度を思い出してしまう。朝鮮の社会とロシア社会と大きな違いがあるし、朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまう。だから、朝鮮社会への理解が全くない君には、これ以上朝鮮社会に対する話は進まない気がするね。もっと理解を深めてから非難すること!

ロシアの農奴も、朝鮮の農奴システムの成立も、どちらもモンゴルの支配の大きく影響している。
朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまうというのは、人口の半分を占める人間扱いされていない私碑が統計にないっていない為でしょう。

投稿者: kusuo1 投稿日時: 2003/05/21 15:01 投稿番号: [22045 / 35788]
現在日本で栽培されている米は、中国の長江流域で栽培されていた数種類の内、2種類だけが伝わったものです。
長江河口と九州は、潮に恵まれれば一昼夜で着く事もあると云われています。
無理に朝鮮を経由しなくても可能です。
今でも華北では麦大豆が多く、米の栽培は殆どされていない。(満州では日本人が稲作を始めた)
朝鮮へも中国から海を越えて、稲作は伝わったものと考えられます。
弥生人も中国から海を越えて、朝鮮、日本に来たのでしょう。

↓や〜い、間違った間違った〜♪↓

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/21 14:53 投稿番号: [22044 / 35788]
  アホちょんJクン、大いに歴史を語る、ってか?


  ぷっ

>縄文と弥生を別の血統

投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/21 14:28 投稿番号: [22043 / 35788]
>インドネシアの米もジャポニカ

俺はインドネシアに行った事はないので、周りの人からの話だけを聞き、または色んな情報から、てっきりインドネシアの米はインディカだと思ってしまったようだ。しかし、君の意見じゃインドネシアの米は日本、韓国同様ジャポニカなんだよね。本当に知らんかった。

それに関するもっと詳しい情報を頼んでもいいのかな。

>アナ ヤバニー だぜ

投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/21 13:14 投稿番号: [22042 / 35788]
>あら   教養がございますねー.

教養とは関係ないっしょ。

ビアンキさん

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/05/21 12:14 投稿番号: [22041 / 35788]
ありがとうございます。
勉強になったっす。

アナ ヤバニー だぜ。

投稿者: hal_anta_yabani 投稿日時: 2003/05/21 11:48 投稿番号: [22040 / 35788]
あら   教養がございますねー.

かの地で働いている半島の方々は、灼熱で精神かく乱をしたのか、意図的なのか、
日本人に憧れているいるのか   わかりませんが日本人だと   言っているのですよ。

もう、日本人以上に自称日本人が多くって.

爆笑!

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/21 10:18 投稿番号: [22039 / 35788]
>朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまう。

  それは家系図を捏造した今のバカチョン国のことだろう?

  李氏朝鮮時代はこのとおり。

  以下コピペ

>李氏朝鮮の、民衆に対する収奪がいかに苛酷なものであったか、文学にも表われている。
李氏朝鮮末期の代表的な知識人だった李人稙(1862-1916年)が、『血の涙』という詩をつくっている。

   両班たちが国を潰した。
   賤民は両班に鞭打たれて、殺される。
   殺されても、殴られても、不平をいえない。
   少しでも値打ちがある物を持っていれば、両班が奪ってゆく。
   妻が美しくて両班に奪われても、文句をいうのは禁物だ。
   両班の前では、まったく無力な賎民は、自分の財産、妻だけではなく、
   生命すらその気ままに委ねられている。
   口ひとつ間違えればぶっ叩かれるか、遠い島へ流される。
   両班の刃にかけられて、生命すら保つことができない」


  人口の9割が両班ならば、真面目に働いている朝鮮人は1割だということだな?

  であれば真面目に働く1割の朝鮮の民衆を救済した日帝は救世主ということになるな?

  大笑い!!

縄文と弥生を別の血統

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/21 10:05 投稿番号: [22038 / 35788]
松本説だろう。同系統説だな。

縄文→弥生自然移行説だよ、松本は。

岡山の朝寝鼻遺跡の米作は紀元前4000年。

>Ⅰ   米の品種。中国の南部の米はジャポニカじゃなくインディカだよね。しかし、日本、朝鮮半島、華北はジャポニカ。

どこからこんなウソしいれてきたんだ。

揚子江中下流域はジャポニカ。インドネシアの米もジャポニカ(熱帯ジャポニカ・中粒米)

揚子江よりさらに南の中国南部では、ルフィポゴン(野生種)がみつかっているだけ。

インディカ種の故郷はいまだ未定。

投稿者: keseki_chon 投稿日時: 2003/05/21 10:02 投稿番号: [22037 / 35788]
http://www.sutv.zaq.ne.jp/asakura_koukou_21kai/science/wan.html

先ずはここを見ること勧める。そのうえで以下を再考せよ。

>Ⅰ   米の品種。中国の南部の米はジャポニカじゃなくインディカだよね。しかし、日本、朝鮮半島、華北はジャポニカ。

>Ⅱ   潮流のこと。潮流の流れで日本に自然に着くのは、フィリピン、中国南部、朝鮮半島が上げられる。しかし、中国南部、フィリピンとなるとジャポニカの品種じゃなくインディカになるはずなのに、日本はジャポニカ。

>農奴システム

投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/21 09:46 投稿番号: [22036 / 35788]
>縄文系と弥生系が完全な別系統だったかどうかは、まだ分からないんじゃないかな?

え、別系統って事はもう常識だろ。こないだのNHKの遺伝子に関する番組(日本人のルーツだったっけ)でも、縄文と弥生を別の血統と見なした気がするが。俺は勿論違うルーツを持つと思ってるが、、

>縄文時代には日本にはすでに一定の人口があったから、弥生人と縄文人が完全に別系統としても、弥生人が縄文人を殲滅しない限り文化的断絶ということは起き得ない。

ある程度僕も同意するが、文化の流れは、水みたいなもので上から下へ、高いところから低いところへとながれ、結局は水平をなすと観るのが僕の見解。日本人の根幹となるのは、稲作。稲作が日本人の文化、生活にどれだけ多大な影響を与えたのかは、言うまでもない。しかし、我々が縄文と弥生を区別する際の基準となるのは稲作。稲作を中心として暮らしてる人間が、縄文人の採集や猟などを中心にして暮らしていた縄文人の文化を取り入れるとは思えない。むしろ、縄文人の方が稲作の弥生人の文化に同化された可能性はあるが。

>弥生系の源流が半島側にあったと仮定して、半島からの大規模な征服活動が弥生人拡大の歴史と言うのは、ちょっと無理がある。日本海という天然の防壁があるわけだから。

弥生人のルーツを朝鮮半島と見なすか、大陸と見なすか、確かに色んな意見がある。君のいう通り日本海(韓国の方は東海と呼ばれる海)は天然の防壁になれる。しかし、俺が弥生人が中国からではなく半島からだと思うには、以下の理由から。

Ⅰ   米の品種。中国の南部の米はジャポニカじゃなくインディカだよね。しかし、日本、朝鮮半島、華北はジャポニカ。

Ⅱ   潮流のこと。潮流の流れで日本に自然に着くのは、フィリピン、中国南部、朝鮮半島が上げられる。しかし、中国南部、フィリピンとなるとジャポニカの品種じゃなくインディカになるはずなのに、日本はジャポニカ。

以上からみても、弥生人は中国南部って可能性より、朝鮮半島及び中国の華北になる可能性が高い。しかし、華北から日本に流れるには、かなりの海洋技術が必要となるが、当時そのような技術があったんだろうか。

朝鮮半島→対馬島→壱基島→九州という割と短距離で結ばれたルーツを考えるのが常識上無難だろ。

こういうわけで、僕は弥生人は朝鮮半島から日本に渡り来た人間と見なすわけよ。

>「日本側に渡った、それほど多数でもなかった弥生人の祖先が人口を増大させつつ、先住の縄文人を時間をかけて吸収していった」

俺は、弥生人は一時的に大量に入ってきたんのではなく、時間をかけて流れ来たと思っている。最初は縄文人の方が数の面でも優勢だから、弥生人を逼迫した可能性が高いが、次第に数を増やし、しかも高度の技術ー銅器や鉄器を使った弥生人の勢力が優勢になって、縄文人を支配下に収めたか、東の地に追い払ったと思う。東が日本の歴史に編入されるのは、平安時代になってからだよね。

>まあ、古代日本が朝鮮のコピー社会でないというのは、朝鮮の伝統文化が中国のコピー文化でないというのと同じだよ。

僕は日本文化の発祥が朝鮮だという説にはあまり同意しない。但し、朝鮮文化、半島経由の大陸文化が日本の地に入り、更に和風と化し、発展したことまで否定する説にも同意しない。

>朝鮮王朝時代の半島社会は、両班が支配する農奴システムでしょ

われらが農奴システムと言われると、ロシアの農奴制度を思い出してしまう。朝鮮の社会とロシア社会と大きな違いがあるし、朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまう。だから、朝鮮社会への理解が全くない君には、これ以上朝鮮社会に対する話は進まない気がするね。もっと理解を深めてから非難すること!

アホちょんJよ

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/21 09:08 投稿番号: [22035 / 35788]
>アホ日本人はって書いた。

  「アホ」だけあっているぜ!

  火暴!!
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)