>農奴システム
投稿者: bakajaps 投稿日時: 2003/05/21 09:46 投稿番号: [22036 / 35788]
>縄文系と弥生系が完全な別系統だったかどうかは、まだ分からないんじゃないかな?
え、別系統って事はもう常識だろ。こないだのNHKの遺伝子に関する番組(日本人のルーツだったっけ)でも、縄文と弥生を別の血統と見なした気がするが。俺は勿論違うルーツを持つと思ってるが、、
>縄文時代には日本にはすでに一定の人口があったから、弥生人と縄文人が完全に別系統としても、弥生人が縄文人を殲滅しない限り文化的断絶ということは起き得ない。
ある程度僕も同意するが、文化の流れは、水みたいなもので上から下へ、高いところから低いところへとながれ、結局は水平をなすと観るのが僕の見解。日本人の根幹となるのは、稲作。稲作が日本人の文化、生活にどれだけ多大な影響を与えたのかは、言うまでもない。しかし、我々が縄文と弥生を区別する際の基準となるのは稲作。稲作を中心として暮らしてる人間が、縄文人の採集や猟などを中心にして暮らしていた縄文人の文化を取り入れるとは思えない。むしろ、縄文人の方が稲作の弥生人の文化に同化された可能性はあるが。
>弥生系の源流が半島側にあったと仮定して、半島からの大規模な征服活動が弥生人拡大の歴史と言うのは、ちょっと無理がある。日本海という天然の防壁があるわけだから。
弥生人のルーツを朝鮮半島と見なすか、大陸と見なすか、確かに色んな意見がある。君のいう通り日本海(韓国の方は東海と呼ばれる海)は天然の防壁になれる。しかし、俺が弥生人が中国からではなく半島からだと思うには、以下の理由から。
Ⅰ 米の品種。中国の南部の米はジャポニカじゃなくインディカだよね。しかし、日本、朝鮮半島、華北はジャポニカ。
Ⅱ 潮流のこと。潮流の流れで日本に自然に着くのは、フィリピン、中国南部、朝鮮半島が上げられる。しかし、中国南部、フィリピンとなるとジャポニカの品種じゃなくインディカになるはずなのに、日本はジャポニカ。
以上からみても、弥生人は中国南部って可能性より、朝鮮半島及び中国の華北になる可能性が高い。しかし、華北から日本に流れるには、かなりの海洋技術が必要となるが、当時そのような技術があったんだろうか。
朝鮮半島→対馬島→壱基島→九州という割と短距離で結ばれたルーツを考えるのが常識上無難だろ。
こういうわけで、僕は弥生人は朝鮮半島から日本に渡り来た人間と見なすわけよ。
>「日本側に渡った、それほど多数でもなかった弥生人の祖先が人口を増大させつつ、先住の縄文人を時間をかけて吸収していった」
俺は、弥生人は一時的に大量に入ってきたんのではなく、時間をかけて流れ来たと思っている。最初は縄文人の方が数の面でも優勢だから、弥生人を逼迫した可能性が高いが、次第に数を増やし、しかも高度の技術ー銅器や鉄器を使った弥生人の勢力が優勢になって、縄文人を支配下に収めたか、東の地に追い払ったと思う。東が日本の歴史に編入されるのは、平安時代になってからだよね。
>まあ、古代日本が朝鮮のコピー社会でないというのは、朝鮮の伝統文化が中国のコピー文化でないというのと同じだよ。
僕は日本文化の発祥が朝鮮だという説にはあまり同意しない。但し、朝鮮文化、半島経由の大陸文化が日本の地に入り、更に和風と化し、発展したことまで否定する説にも同意しない。
>朝鮮王朝時代の半島社会は、両班が支配する農奴システムでしょ
われらが農奴システムと言われると、ロシアの農奴制度を思い出してしまう。朝鮮の社会とロシア社会と大きな違いがあるし、朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまう。だから、朝鮮社会への理解が全くない君には、これ以上朝鮮社会に対する話は進まない気がするね。もっと理解を深めてから非難すること!
え、別系統って事はもう常識だろ。こないだのNHKの遺伝子に関する番組(日本人のルーツだったっけ)でも、縄文と弥生を別の血統と見なした気がするが。俺は勿論違うルーツを持つと思ってるが、、
>縄文時代には日本にはすでに一定の人口があったから、弥生人と縄文人が完全に別系統としても、弥生人が縄文人を殲滅しない限り文化的断絶ということは起き得ない。
ある程度僕も同意するが、文化の流れは、水みたいなもので上から下へ、高いところから低いところへとながれ、結局は水平をなすと観るのが僕の見解。日本人の根幹となるのは、稲作。稲作が日本人の文化、生活にどれだけ多大な影響を与えたのかは、言うまでもない。しかし、我々が縄文と弥生を区別する際の基準となるのは稲作。稲作を中心として暮らしてる人間が、縄文人の採集や猟などを中心にして暮らしていた縄文人の文化を取り入れるとは思えない。むしろ、縄文人の方が稲作の弥生人の文化に同化された可能性はあるが。
>弥生系の源流が半島側にあったと仮定して、半島からの大規模な征服活動が弥生人拡大の歴史と言うのは、ちょっと無理がある。日本海という天然の防壁があるわけだから。
弥生人のルーツを朝鮮半島と見なすか、大陸と見なすか、確かに色んな意見がある。君のいう通り日本海(韓国の方は東海と呼ばれる海)は天然の防壁になれる。しかし、俺が弥生人が中国からではなく半島からだと思うには、以下の理由から。
Ⅰ 米の品種。中国の南部の米はジャポニカじゃなくインディカだよね。しかし、日本、朝鮮半島、華北はジャポニカ。
Ⅱ 潮流のこと。潮流の流れで日本に自然に着くのは、フィリピン、中国南部、朝鮮半島が上げられる。しかし、中国南部、フィリピンとなるとジャポニカの品種じゃなくインディカになるはずなのに、日本はジャポニカ。
以上からみても、弥生人は中国南部って可能性より、朝鮮半島及び中国の華北になる可能性が高い。しかし、華北から日本に流れるには、かなりの海洋技術が必要となるが、当時そのような技術があったんだろうか。
朝鮮半島→対馬島→壱基島→九州という割と短距離で結ばれたルーツを考えるのが常識上無難だろ。
こういうわけで、僕は弥生人は朝鮮半島から日本に渡り来た人間と見なすわけよ。
>「日本側に渡った、それほど多数でもなかった弥生人の祖先が人口を増大させつつ、先住の縄文人を時間をかけて吸収していった」
俺は、弥生人は一時的に大量に入ってきたんのではなく、時間をかけて流れ来たと思っている。最初は縄文人の方が数の面でも優勢だから、弥生人を逼迫した可能性が高いが、次第に数を増やし、しかも高度の技術ー銅器や鉄器を使った弥生人の勢力が優勢になって、縄文人を支配下に収めたか、東の地に追い払ったと思う。東が日本の歴史に編入されるのは、平安時代になってからだよね。
>まあ、古代日本が朝鮮のコピー社会でないというのは、朝鮮の伝統文化が中国のコピー文化でないというのと同じだよ。
僕は日本文化の発祥が朝鮮だという説にはあまり同意しない。但し、朝鮮文化、半島経由の大陸文化が日本の地に入り、更に和風と化し、発展したことまで否定する説にも同意しない。
>朝鮮王朝時代の半島社会は、両班が支配する農奴システムでしょ
われらが農奴システムと言われると、ロシアの農奴制度を思い出してしまう。朝鮮の社会とロシア社会と大きな違いがあるし、朝鮮末期になると両班の比率が9割を越してしまう。だから、朝鮮社会への理解が全くない君には、これ以上朝鮮社会に対する話は進まない気がするね。もっと理解を深めてから非難すること!
これは メッセージ 22027 (J_Fooker さん)への返信です.