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任文桓5

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/10/20 21:58 投稿番号: [1274 / 3669]
「やがて外国に亡命していた独立志士達が,老齢の身を以て故国に帰り政権を掌握するに及んで,この老人達と国民の間の激しい断絶が,国の政治を限りなく悪化させるに及んで,バウトクは新しい戦いを開始せざるを得なかった。
  このときの韓国民は,この老人達が国から亡命した三十年前の民衆とは質が変わっているのに,老人達にはこれを評価するだけの能力がなかった。日本体制のさむらいとしての日本人は,理のみに走って無性に冷酷であり且つ陰凶であったが,私人としての日本人は情にも流されることのある,勤勉で節約を信じ,団結を尊ぶ良き手本であった。これを,三六年間の日本統治を通じて,日本体制からではなく,日本人から学び取った韓国民の価値観は,旧韓末の黒い霧におおわれた世の中で,遊泳と策略のみに価値を認めていた時代と比べると,はるかに民族の充実に希望のもてるものに昇華していた。このすばらしい変化を見抜く能力を欠いた老人達の政治策略は,国民の価値観を後退低下させる危険性を含むものであった。
  例えば李承晩博士は大統領就任演説の中で,財務部長官が国務総理よりも重要な地位であると明言して,国民の失笑を買ったのであるが,笑ってのみ済ませることではなかった。金を握っているものが最も大事であるという半世紀前の政治感覚で統治されるであろう国民は,その断絶に抵抗して初めのうちは戦うであろうが,疲れてくると,それに巻かれる可能性は十分にある。
  バウトクは,団結・勤勉・節約という日本統治三六年間に培養された国民の価値観を守るために,戦いを展開せざるを得なかった。人生とは皮肉に充ちたものである。彼は日本体制の吏僚であった間じゅう,その体制の退却を願い,日本的なものを憎しみ通した。それが,日本が退却した今日になってからは,日本人から学んだ日本的な価値観を守り立てるために戦わなければならないのである」

  反日の旗幟を鮮明にした李承晩も,独立後の人材難の中,植民地時代の官吏たちの協力を仰がざるをえなかった。任文桓は,独立後間もない時期に政府に登用され,農林部長官などを歴任した。
  自伝の最終章には,60代になったバウトクの日常生活が綴られる。
  激動の歴史を生き抜き,老境に至ってもなお日本への思いを断ち切れない任文桓。好天ならはるかに対馬が望める釜山に居を構え,海峡を隔てた日本の,韓国に比べて濃い緑に思いを馳せる。ホテルの経営者として悠々自適の生活を営みながら,夜には日本のテレビを楽しむ(釜山には電波が届く)。息子たちは,日本のテレビの影響で坂本九の「上を向いて歩こう」を上手に歌い,相撲取りの名前もたくさん知っている。



  任文桓の文章を読んで,私は前に読んだ本の一節を思い出しました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1&sid=1835396&mid=99
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