>Re: 岩倉使節団と韓国近代化
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2005/12/27 08:08 投稿番号: [93246 / 99628]
>要するに、ここには、日本の積極性と韓国の消極性が対立され、その比較を通して両者の民度が語られている、そう理解されますね。
これは僕の例えが悪かったんですかね?それとも相対史観ですとそういうようにしか理解できないんでしょうか?
日本の積極性とか韓国の消極性とかもうここまで書かれると。
岩倉使節団を例示した僕が悪かったです。申し訳ありません。あなたの能力では理解するのは無理でした。知識レベルの低い人にはレベルの低い例えしかわからないということですもんね。
>ま、論理破綻したら焦点を変える、これは致し方ないことかもしれないですが、素直にこれまでの間違いは認めて下さいね。
認めて「補足」しますよ。面倒くさいですけど。
科挙を導入した朝鮮の国力が科挙を導入しなかった日本の国力に比べ著しく劣ると言う結果になり、日本が韓国を併合した。ということまで書かないと理解できないのなら仕方ないです。しかし「間違い」ではなく「あなたの理解能力不足」であることもまた理解して下さい。
>。「自己愛」史観で育つと、それを素直に認めることも困難な作業だとは思いますが……。
まんまあなたのこと。史観が違う人とやり取りをしていて、全く反駁不可能な状況に今のあなたはいるわけですよ。もう崖っぷち。あなたは一つすらも例示できない。人の例示を無理解(曲解?)して言葉尻をつかまえるという作業に終始しているだけ。
文字のところでは
>ここでの持説の論証は成功しているかと思われます。なるほど、文字の浸透という点に絞って比較すれば、たしかに、日本は優れ、韓国朝鮮は劣る、そういう結論は妥当と判断されますね。
かろうじて理解してもらったようですけど、あなたに理解度があればもうこれ以上の説明は必要ないでしょう。
>「自己愛」史観というのは、自分に都合のよい歴史だけを見つめ、それ以外には頬かむりします。しません、とは言わせません。
観てますよ。「敗北」の歴史を。「しません」とは言わせませんじゃなくて、お願いしますよ。
>自国の兵士の勇敢な「魂」には共振しても、その兵士に殺された無辜の民の「魂」には無関心で、お気の毒とだけ言って片付ける。ま、卑近な例を出せば、そういうことを指して言ってます。
自虐史観も同様。「日本兵」の魂は軽視、殺された側だけいたずらに強調。戦争責任にしても「指導者」ばかりを強調。国民が世論を形成して選挙で選んだという事実には無関心。
もちろん「史観」ですから重点的なポイントはありますよ。どこに重点が置かれているかということ。まぁ「自己愛史観」の場合「日本人」にベクトルの向きがあるのは否定はしません。何故なら、「自分は日本人」で今後の人生訓になるのは「価値観が同じ日本の歴史」が教訓になるから。
自分ではイスラムの価値観は理解できませんから、それは「知識」としては吸収することはあっても「魂」を感じることは出来ません。ですから「教訓」とするのはいささか心もとない。
逆に自虐史観ですとどういう理由でベクトルの向きを決めるのかは言いませんけどね、「ベクトルの向き」があって重視、軽視はあるんですよ。
これは僕の例えが悪かったんですかね?それとも相対史観ですとそういうようにしか理解できないんでしょうか?
日本の積極性とか韓国の消極性とかもうここまで書かれると。
岩倉使節団を例示した僕が悪かったです。申し訳ありません。あなたの能力では理解するのは無理でした。知識レベルの低い人にはレベルの低い例えしかわからないということですもんね。
>ま、論理破綻したら焦点を変える、これは致し方ないことかもしれないですが、素直にこれまでの間違いは認めて下さいね。
認めて「補足」しますよ。面倒くさいですけど。
科挙を導入した朝鮮の国力が科挙を導入しなかった日本の国力に比べ著しく劣ると言う結果になり、日本が韓国を併合した。ということまで書かないと理解できないのなら仕方ないです。しかし「間違い」ではなく「あなたの理解能力不足」であることもまた理解して下さい。
>。「自己愛」史観で育つと、それを素直に認めることも困難な作業だとは思いますが……。
まんまあなたのこと。史観が違う人とやり取りをしていて、全く反駁不可能な状況に今のあなたはいるわけですよ。もう崖っぷち。あなたは一つすらも例示できない。人の例示を無理解(曲解?)して言葉尻をつかまえるという作業に終始しているだけ。
文字のところでは
>ここでの持説の論証は成功しているかと思われます。なるほど、文字の浸透という点に絞って比較すれば、たしかに、日本は優れ、韓国朝鮮は劣る、そういう結論は妥当と判断されますね。
かろうじて理解してもらったようですけど、あなたに理解度があればもうこれ以上の説明は必要ないでしょう。
>「自己愛」史観というのは、自分に都合のよい歴史だけを見つめ、それ以外には頬かむりします。しません、とは言わせません。
観てますよ。「敗北」の歴史を。「しません」とは言わせませんじゃなくて、お願いしますよ。
>自国の兵士の勇敢な「魂」には共振しても、その兵士に殺された無辜の民の「魂」には無関心で、お気の毒とだけ言って片付ける。ま、卑近な例を出せば、そういうことを指して言ってます。
自虐史観も同様。「日本兵」の魂は軽視、殺された側だけいたずらに強調。戦争責任にしても「指導者」ばかりを強調。国民が世論を形成して選挙で選んだという事実には無関心。
もちろん「史観」ですから重点的なポイントはありますよ。どこに重点が置かれているかということ。まぁ「自己愛史観」の場合「日本人」にベクトルの向きがあるのは否定はしません。何故なら、「自分は日本人」で今後の人生訓になるのは「価値観が同じ日本の歴史」が教訓になるから。
自分ではイスラムの価値観は理解できませんから、それは「知識」としては吸収することはあっても「魂」を感じることは出来ません。ですから「教訓」とするのはいささか心もとない。
逆に自虐史観ですとどういう理由でベクトルの向きを決めるのかは言いませんけどね、「ベクトルの向き」があって重視、軽視はあるんですよ。
これは メッセージ 93236 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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