間抜け(1)
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2002/12/27 18:17 投稿番号: [1236 / 2453]
どうも marchingpeople さん、師走だというのに本音をご苦労さん
:-)
>アラブ側はロンドン会議の結果からシオニストに妥協する意志がないことを完全に悟る。さらに、国連─当時は日本も加盟しておらず、戦時中の原加盟国+6カ国での決議だから訳語としては連合国の方が実状を表している─によるアラブから見たら不当な決議阻止も不可能と判断、アラブ連盟は決議の1カ月前に武力闘争で阻止すると決断、アラブ連盟の書記長は、シオニストが独立宣言をすれば「この戦争は絶滅のための戦争であろう」と警告。
>しかし、ここで気づくのは、国連と米国が分割に向けた信託統治を行う意志があり、宣言を遅らせればもっと穏やかな分割独立の可能性が高かった。では何故、シオニストは英国委任統治が終了する時点で独立を宣言したのか?
>
>ここでもう一度、シオニストから見た分割案の問題点を列記する。
>・領土が狭い、エルサレムが含まれていない。
>・決議案はユダヤ国家宣言に際して主に以下を求める、宗教の自由、公共目的以外の土地収用の禁止、市民権の保証。
>
>領土拡張は交渉では不可能、アラブ住民の移住も補償金を考えると難しく、そもそも住民に移住の意志がなければ不可能だった。そしてもし、信託統治が始まってしまえば、武力闘争の道もふさがれる。ユダヤ系アメリカ人の支援金を当てにしていたシオニストにとって国連軍、すなわち米軍との戦いは不可能だからだ。
>故に、問題解決が可能なのは、国連が介入する以前の武力闘争だけだった。48年3月18日に米国の承認の確約を得ていたシオニストは、万一戦争に負けても当時のユダヤ人への同情から分割案に準じた独立は果たせるだろうと考えたはず。だからシオニストはアラブと同様に戦争を求めた。
▲marchingpeople さん、この
『3月12日パレスチナ国連特別委員会は英国委任統治が終了すれば、現地で流血の惨事が起こるだろうと懸念。』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834682&tid=4hda5a4la5a4a59a5ia5a8a5ka1aa&sid=1834682&mid=1233
の、時代背景を無視しちゃダメだよ。 都合の良いように「間を抜くな」って(笑)。
もう一度なぞってよ。
▲marchingpeople さんの
『万一戦争に負けても当時のユダヤ人への同情から分割案に準じた独立は果たせるだろうと考えたはず。だからシオニストはアラブと同様に戦争を求めた』
は、フセイニの民族運動が高まった時期でもあり、PLO主流派ファタハの記章(イスラエル全土になっているのはどういうこと?)からも、後から独立出来ると思ったなんて言わないでおくれ(苦笑)。
http://www.fateh.net/
「シオニストは戦争を求めた」には、プッですな(笑)。
独立宣言直前までパレスチナの治安を無視しちゃダメだよ。 それまで英国軍が治安を受け持ち、英国軍の撤退に合わせて治安はアラブ人に取って代わっていたのでは。
だから、小火器の武器しか持たないユダヤ人に対し、戦車などの重火器を擁するアラブ連合軍は『アラブ連盟の書記長は、シオニストが独立宣言をすれば「この戦争は絶滅のための戦争であろう」と警告』と脅しを入れたんだろうに。
まあ、アラブ側の民族運動の高まりを考慮すれば、独立のチャンスはそのときしかない、との結論に達したのだと思っております。
無理して、当時の軍事バランスの間を抜く marchingpeople さんであることが明らかとなった形だ♪
▲『この流れの中で4月9日から翌10日にかけて「デイル・ヤシンの虐殺」が起こる。この虐殺に震え上がったパレスチナ・アラブ人は戦果を逃れて難民となる。その結果、停戦時のユダヤ:アラブの人口比が理想的になる』
も、ヤシン村の事件前にアラブ人がユダヤ人に対してやったことの歴史の間を抜くなって。
分割案が国連に承認されたとはいえ、まだ英国の統治下であり、あたま数でもアラブ人が優勢であるから、それはユダヤ人の一部の過激派地下組織によるものとなるのです。
だからノイズって言われるんだよ(嘲)。
英国が統治のサジを投げた理由の間を抜く marchingpeople さんであることが明らかとなった形だ♪
>アラブ側はロンドン会議の結果からシオニストに妥協する意志がないことを完全に悟る。さらに、国連─当時は日本も加盟しておらず、戦時中の原加盟国+6カ国での決議だから訳語としては連合国の方が実状を表している─によるアラブから見たら不当な決議阻止も不可能と判断、アラブ連盟は決議の1カ月前に武力闘争で阻止すると決断、アラブ連盟の書記長は、シオニストが独立宣言をすれば「この戦争は絶滅のための戦争であろう」と警告。
>しかし、ここで気づくのは、国連と米国が分割に向けた信託統治を行う意志があり、宣言を遅らせればもっと穏やかな分割独立の可能性が高かった。では何故、シオニストは英国委任統治が終了する時点で独立を宣言したのか?
>
>ここでもう一度、シオニストから見た分割案の問題点を列記する。
>・領土が狭い、エルサレムが含まれていない。
>・決議案はユダヤ国家宣言に際して主に以下を求める、宗教の自由、公共目的以外の土地収用の禁止、市民権の保証。
>
>領土拡張は交渉では不可能、アラブ住民の移住も補償金を考えると難しく、そもそも住民に移住の意志がなければ不可能だった。そしてもし、信託統治が始まってしまえば、武力闘争の道もふさがれる。ユダヤ系アメリカ人の支援金を当てにしていたシオニストにとって国連軍、すなわち米軍との戦いは不可能だからだ。
>故に、問題解決が可能なのは、国連が介入する以前の武力闘争だけだった。48年3月18日に米国の承認の確約を得ていたシオニストは、万一戦争に負けても当時のユダヤ人への同情から分割案に準じた独立は果たせるだろうと考えたはず。だからシオニストはアラブと同様に戦争を求めた。
▲marchingpeople さん、この
『3月12日パレスチナ国連特別委員会は英国委任統治が終了すれば、現地で流血の惨事が起こるだろうと懸念。』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834682&tid=4hda5a4la5a4a59a5ia5a8a5ka1aa&sid=1834682&mid=1233
の、時代背景を無視しちゃダメだよ。 都合の良いように「間を抜くな」って(笑)。
もう一度なぞってよ。
▲marchingpeople さんの
『万一戦争に負けても当時のユダヤ人への同情から分割案に準じた独立は果たせるだろうと考えたはず。だからシオニストはアラブと同様に戦争を求めた』
は、フセイニの民族運動が高まった時期でもあり、PLO主流派ファタハの記章(イスラエル全土になっているのはどういうこと?)からも、後から独立出来ると思ったなんて言わないでおくれ(苦笑)。
http://www.fateh.net/
「シオニストは戦争を求めた」には、プッですな(笑)。
独立宣言直前までパレスチナの治安を無視しちゃダメだよ。 それまで英国軍が治安を受け持ち、英国軍の撤退に合わせて治安はアラブ人に取って代わっていたのでは。
だから、小火器の武器しか持たないユダヤ人に対し、戦車などの重火器を擁するアラブ連合軍は『アラブ連盟の書記長は、シオニストが独立宣言をすれば「この戦争は絶滅のための戦争であろう」と警告』と脅しを入れたんだろうに。
まあ、アラブ側の民族運動の高まりを考慮すれば、独立のチャンスはそのときしかない、との結論に達したのだと思っております。
無理して、当時の軍事バランスの間を抜く marchingpeople さんであることが明らかとなった形だ♪
▲『この流れの中で4月9日から翌10日にかけて「デイル・ヤシンの虐殺」が起こる。この虐殺に震え上がったパレスチナ・アラブ人は戦果を逃れて難民となる。その結果、停戦時のユダヤ:アラブの人口比が理想的になる』
も、ヤシン村の事件前にアラブ人がユダヤ人に対してやったことの歴史の間を抜くなって。
分割案が国連に承認されたとはいえ、まだ英国の統治下であり、あたま数でもアラブ人が優勢であるから、それはユダヤ人の一部の過激派地下組織によるものとなるのです。
だからノイズって言われるんだよ(嘲)。
英国が統治のサジを投げた理由の間を抜く marchingpeople さんであることが明らかとなった形だ♪
これは メッセージ 1234 (marchingpeople さん)への返信です.
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