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負けたよ、このハゲ野郎(笑)。

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/12/26 22:03 投稿番号: [1233 / 2453]
1948年
2月12日、フォレスタル国防長官は国家安全保障会議の場で、如何なる分割の実施も米軍の派遣を必要とするだろうと意見。
2月19日、マーシャル長官は記者会見で米国は分割を支持するのかと尋ねられ、まだ考慮中と答える
2月22日、大統領、国務長官に緊急時の国連信託統治の可能性を指示、これは分割支持からの後退を示唆するもの。
3月8日、クリフォード大統領顧問、分割は米国の政策と完全に一致すると大統領に意見。
3月9日、国務長官、オースティン国連大使に、臨時総会が招集されれば、米国は国連信託統治を支援すると伝える。
3月12日パレスチナ国連特別委員会は英国委任統治が終了すれば、現地で流血の惨事が起こるだろうと懸念。
3月13日、大統領、ジェイコブソンの懇願を聞き入れる「負けたよ、このハゲ野郎。彼と合おう。」
3月18日、大統領、ワイツマンと会見。決議に準じた独立宣言がされれば、承認すると約束。
* ジェイコブソンはトルーマンの旧友のユダヤ人。第一次大戦前からの知り合いで大戦中は同じ砲兵隊に所属、退役後は
  共同事業を行う。ユダヤ人組織「神約の子ら」が彼の存在を知り、トルーマンの説得とトルーマン-ワイツマン会見の実現を
  託す。
    このタイムテーブルを見れば分かるように、私はトルーマンが言われるほど政治的打算からイスラエル建国を支持したとは
  思えない。もっと個人的な部分が彼の決断を導いたのだと思う。
    ちなみに48年の大統領選はトルーマンの所属していた民主党が分裂し、リベラル派の進歩党と、公民権政策に反対の
  州権民主党の3つに分裂。それぞれ、トルーマン、ウォーレス、サーモンドを、一方の共和党はデゥーイを大統領候補とする。
  そのため大方の予想はデゥーイだったが、大票田のニューヨーク州などを制したトルーマンが「奇跡の大逆転」を起こした。
  「デゥーイ、トルーマンを破る」という一面を飾った新聞を掲げ、トルーマンが勝利を喜んでいる写真はあまりにも有名。
  しかし、慢心したデゥーイに対し、トルーマンがそれより熱心な選挙活動をしたのも事実。
3月18日、現地の混乱を考慮し、国連特別委員会は国連信託統治を勧告。
3月19日、オースティン国連大使は米国の立場として分割は不可能と表明。
3月20日、国務長官、米国は国連との協力を模索している、それは分割までの臨時の信託統治であると公表。
3月25日、大統領も同じ主旨のことを発言。
5月12・13・14日、クリフォード大統領顧問とロヴェット国務次官がユダヤ国家を承認するべきかで討議。
5月14日、東部時間5月14日午後6時11分、米国は『合衆国政府に、「パレスチナでユダヤ国家が宣言された」と通知が
  あった。それについて、暫定政府による承認要請があった。合衆国は暫定政府を事実上の新イスラエル国家の権力として
  承認する。』と発表。直後に、オースティン国連大使が抗議の辞任。
http://www.trumanlibrary.org/whistlestop/study_collections/israel/large/1947.htm
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