循環型完全自給自足の実現

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Re:足踏み発電

投稿者: dainihonteikokubansai 投稿日時: 2010/11/15 16:48 投稿番号: [1924 / 1931]
いずれ遠い将来、横須賀の牛丼店が無くなってしまうのでは?

Re:足踏み発電

投稿者: ooppuutt 投稿日時: 2010/11/14 19:10 投稿番号: [1923 / 1931]
太古の昔から黄砂が日本に降り続けているということは日本列島は黄砂で出来ているのですか>?
日本の土は黄色くないですね。
いずれ遠い将来、中国の土が無くなってしまうのでは?

Re:足踏み発電

投稿者: gjimpactz 投稿日時: 2010/11/13 14:04 投稿番号: [1922 / 1931]
これからの社会への希望は、ネットに載せるほどの内容が自分にはありませんf^_^;
船井幸雄氏のサイトをたまに覗いて、今後の成り行きをあれこれ推測している程度です。
昨日は国内で黄砂の飛来が観測されたそうですが、雨水には注意してください。
最近の黄砂には、汚染物質がそうとう付着しているそうです。
急激に増えた中国の工業地帯上空を通ってくる影響で、雨水を飲まなくても黄砂アレルギー疾患急増中です(゚-゚)

Re:足踏み発電

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/11/12 19:39 投稿番号: [1921 / 1931]
あー、そうだったんですね。

早とちりしました。

そんなものがあるのは知らなかったです。

こんなのでしょうか?

http://www.int-connect.com/stepcharger/

こういうの、二つを並べて改造して、その場で足踏みして高齢者の運動不足解消とかにいいかもしれないね。

パソコン!キー打つだけでパソコンが普通に使えるなら欲しくなるりそうです。

パソコンと扇風機とLEDライトの電力だけでも、世界中の人が使えるようになって、それを無理なく快適な運動で人力発電でまかなえたらいいな〜と思ったりします。

短時間利用ならいけますが、必要十分には足りないかな。。。

gjimpactzさんは、これからどんな社会(世界)になるといいなと思いますか?

Re:足踏み発電

投稿者: gjimpactz 投稿日時: 2010/11/07 01:09 投稿番号: [1920 / 1931]
やあf^_^;…。
僕の書き込んだ足踏み発電とは、自転車発電の類ではありません。
例えば床を踏めば発電する、いわば圧力発電です。
去年あたりからメディアに登場し始めてまして、すでに試験的に実用化されています。
近い将来、ケータイやパソコンは、キイを打つだけで発電可能になるとのことです。
発電靴とかも登場するんでしょうね(^^)
太陽電池の将来は、今より数倍性能が上がれば、持ち運び可能なサイズのパネルでこと足りるでしょう。
そもそもあまり電気に依存しない社会ななってほしいです。

Re: 足踏み発電

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/11/06 18:53 投稿番号: [1919 / 1931]
足踏み発電、いいと思います。

いろいろ実験しましたよ。

自転車のダイナモを10個くらい集めて発電したりしていたことがあります。
本を読みながら、ブンブン音を出して運動がわりにもしながら。。。
僕は、一般の自転車ダイナモを使いましたが、専用の効率のいい直流のダイナモなど使えば、かなりいけるはずです。
乾電池の充電くらいは楽勝でした。

さすがに、パソコンくらいになると、なかなか難しかったですが、
要は、電池に貯めればいいので、使用時間が短ければ使えます。

電池にためれば、あとはインバーターやで変圧回路でなんとでもなります。

んっと、そんで、今流行の電気自転車も使えます。
これは、サンヨー(今はパナソニックになったのかな)のエナクルという
やつですが、充電モードで走れば、ニッケル水素電池に電気が貯まります。
24V使用なので、24V用のインバーターで利用すれば、パソコンも使えます。
(ただ、電池をちと改造しないといけないので、電気工作などが得意な人で
ないとお勧めできないです。ですが、そうした足踏み発電は、きちんと製品化すれば、安全なものが、確実に実現すると思います。)

エアロアシスタントという自転車も発電できる仕様になっています。

手回し発電機もありますし、ラジオとか充電用の乾電池で使える電気製品はほぼすべて利用できるシステムは実現可能です。

足漕ぎ発電機は、たしか手作りで販売している方もいたはずです。

環境問題のデモンストレーションに、テレビをつける実験などで
車の発電装置を使っているものもありますが、車用ですから、
もっといい自転車に特化したダイナモなら、もっと効率がよくなるはずです。

まあ、強いて言えば、欠点は、発電量ですね。

太陽電池のいいところは、太陽が当たる場所があれば、発電規模を増やせる
ことでしょうか。

足漕ぎでは、ひとりでは発電量が頭打ちです。

両方使うのが健康にも安定利用にもいいのかな。

火山灰や豪雪のある地域は、確かに太陽電池はお勧めできないかもしれませんね。

しかし太陽電池が破壊されるほどの巨大雹が降って太陽電池が破壊されたと
いう話はまだあまり聞いたことがありませんが、そんなのが振ってきて人間の
頭に当たると大怪我です。ほとんどの、陶器タイプのかわらも砕けるのではないでしょうか。
降らないようにお祈りしておきます。
火山の冬、核の冬などは、さらに。。。

天変地異のないように、みんなで地球環境に配慮した世界にしてゆくことも
大事ですね。

また、なんなりと過去の書き込みで質問などありましたら、質問してくださいませ。

興味をもってくれて、ありがとう。

Re: レスありがとうございます(^^)

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/11/06 18:13 投稿番号: [1918 / 1931]
ありがとうございます。そして、すいません。

いろいろ悩みがあって、最近は、自給自足の研究してても世界平和とかの諸事情が気になってしまってついつい循環型自給自足の実現がおろそかになってしまっていました。

5年前の思いは、今でも大事だとも思っています。

ごご興味を持ってくださってありがとう。

循環型自給自足、みんなでみんなのために実現したいですね。

足踏み発電

投稿者: gjimpactz 投稿日時: 2010/11/01 04:08 投稿番号: [1917 / 1931]
て、かなり有望かと思っていますが、欠点があるとすると何でしょうね?
僕は太陽光発電には欠点が多過ぎると思ってます。
火山噴火による降灰、火山弾の直撃、引いては「火山の冬」。
「核の冬」。巨大雹の直撃。
天変地異の活発化が懸念される時代には非常に不向きです。
宇宙空間で太陽光発電て計画が進んでますが、メンテナンス等、問題山積みなので、実現しても小規模なものになるでしょう(゚-゚)

レスありがとうございます(^^)

投稿者: gjimpactz 投稿日時: 2010/10/28 22:03 投稿番号: [1916 / 1931]
なにぶん まだ五年前のログあたりを読み進めてますので、一通り読破してからまた投稿するかもしれません。
そのせつはまた よろしくお願いしますm(__)m

Re: はじみましてm(__)m

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/10/27 16:14 投稿番号: [1915 / 1931]
書きこみありがとうございます。

そうですね。エコライフや防災の備えは僕も前から意識してきました。
ですが、最近、ちょっと脱線しています。

というのも、エコであることよりも、大事なことがあると感じ始めたからです。
今、世界は、環境問題を世界の重要テーマにしていますが、
世界には、餓死したり、虐待されたり、拷問されたり、いじめられたり、
差別されたり、殺されたり、人身売買されたり、軍隊に無理やり入れられ
いじめられたり、親に虐待されたり、子に虐待されたり、働く場もなく絶望
の日々を暮らしたり、ストリートチルドレンにならざるをえなくなったり、
、、、、

まあ、そういう自分自身として能動的に前向きに生きる意味自体をそもそも否定されているような人(や動物たち)が世界中に山ほどいることが気になりはじめています。

そこを改善できないままに、環境だ、エコだといってもなんだか本気でやる気になれないのです。

まあ、だからといってエコ環境がどうでもいいと思っているわけではないのですが、自然環境がいくらよくなっても、そうしたひどい生活状態の人や動物が
そのままであれば、そのままの状態でひどい扱いを受け、支配され続けるのであれば、誰のための環境か?と思うわけです。

金持ちや支配階級や貴族たちだけのための環境など、守る気になれない、
とまで感じることがあります。

いっそ、一回全部終わりにして、まともな食い合いとか生存競走とかしないで
いい良心的な世界から再スタートしたほうがいいのではないか?とすら
思うことがあります。

人口が減るとしたら、きっと弱い立場の人から減ら「される」のでしょう。
そして、そういう立場の人や動物は、たいてい罪のないものたちです。
飢饉で死ぬのは、そうしたものたちになるはずです。

ほんとうに悪いのは、そういう人たちではないように
私には思えるのです。

では、誰のために、何の為に、減らすの?ということです。

私も世界の人口は、もっと
減らすべきとも考えていますが、減らし方は、公平に出産を抑止することで、
そうすべきかと思っています。

それなら、殺さないでも苦しめないでも100年もあれば、劇的に減らせます。

私自身は、このような世界の現状では、子孫を残そうと思っていませんが、
私だけが、自発的にそうしたとしても、他の人が生み増やすならば、問題は
続きます。

人工抑止の世界的合意が必要ですが、不公平な経済格差や領土問題や民族自決権や個人の尊厳や国家主権や宗教の自己中心性など、いろいろな諸問題があります。

戦争や天災で人口を減らすということでは、戦後の生めよ増やせよみたいな反動が
生じるでしょうから、根本解決にはならないでしょう。

理性的に人類が、各国各宗教各民族が世界規模で公平公正にそのアイデンティティを尊重しあい、また個人の独自性やそのアイデンティティも尊重する
ことを合意しつつ、各動物種へのひどい扱いの問題も改善する方向で、
世界規模で、理性的に意識的に変化することが望ましいと感じます。

私は、日常がすでにサバイバルライフ的ですが。。。
奪い合いの生き残り競走などは、見たくはありません。

戦争や天災で、殺されたり、生活基盤を破壊されては、また作らされるのは、まっぴらです。

天災が偶然ではないと感じることがよくあります。

出産繁殖するにあたっての良心的必要十分な資格とその公平性を世界規模で考える必要がありましょう。

はじみましてm(__)m

投稿者: gjimpactz 投稿日時: 2010/10/24 01:35 投稿番号: [1914 / 1931]
先日よりこちらのトピをロム中です(^^)
僕も恒久的なエコライフに憧れてますが、主に災害等による短期〜中期的サバイバルライフに重点を置いてあれこれ検討しています。
先日 テレビの特番で、某学者が「人類の適正人口は20億。」と語ってました(゚-゚)
現在一日に約4万人が餓死してるそうですが、餓死予備群はその数十倍はいることでしょう。
もうじきに人類は70億越えするようですが、この先は50億くらいに激減してもおかしくはないと感じています。
日本の人口も、海の幸山の幸に恵まれてはいますが、本来火山と地震の活発な土地柄ですから、1億以上の人口は異常でしょう。
もう民族としての寿命は尽き始めてきたのかもしれませんが…(゚-゚)

Re: 人類の適正個体数を維持すれば

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/10/20 00:34 投稿番号: [1913 / 1931]
私は個人的にはそれに賛成といいたいところですが、
適正個体数をどのように実現するのかは、非常に難しい問題でもあるかと
思います。
また、どれくらいを適正とするかも。

自ら自発的にそうすべきだと思う人だけが、そうするだけであれば、残る人類は、そうすべきと思わない人類の割合がどんどん増えてゆくことにもなる可能性があります。

また、国家や宗教や民族などのアイデンティティや意識の違いなどにおける
公平性をどのように設定するかも難しい問題になると予測されます。

そのような問題をうまく乗り越えてどういう方法で人類が適正個体数になることを目指せばいいと思われますか?

人類の適正個体数を維持すれば

投稿者: puncyan225 投稿日時: 2010/10/18 17:20 投稿番号: [1912 / 1931]
環境問題は解決します。200年で適正個体数を目指して頑張りましょう。

少子化対策は即時廃止。政治家が無能だから現在の人口構成による社会システムに縋るのです。

Re: 平和な自給自足

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/10/12 12:15 投稿番号: [1911 / 1931]
この世界の選択肢には、毒など入っていません。というが、じゃあ、そのメニューを全部食べるという前提で立場を交代してもいい?と言うと支配者一同、非常に否定的な反応をするのはなぜなの?

平和的な自給自足という選択肢が、誰でも選べるメニューにないと、そのとき支配者一同きっと、困るだろうと思うよ。

Re: 平和な自給自足

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/10/05 19:34 投稿番号: [1910 / 1931]
世界中の多数の人間が、自分で自分の内的な状態を自分で理解して自由に選べない状態は問題である。

また、選べても、毒入りのメニューしか選べないで、どれでも選べるのに、何を言っている?などとすることも改善すべきことであろう。

平和な自給自足

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/09/29 09:37 投稿番号: [1909 / 1931]
世界中で平和に無理なく自給自足して満たされて生きることが、かくも難しい
現状は、問題だ。

Re: こんにちは

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/09/21 13:34 投稿番号: [1908 / 1931]
あげます

Re: こんにちは

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/09/18 15:11 投稿番号: [1907 / 1931]
こんにちは。

いびつな形態とは、おそらく生命同士が食い合いをしなければならない状態
ではないかと私などは、思ったりします。

つまりは、望みもしない体験を、生き物たちは、互いに強制しあわないと
ならないという生存競争の世界のこと。。。。

生命のうんこのほとんどは、自然の微生物が分解し、また植物に利用されます。

肥溜めは、それが植物に吸収されるまで、微生物に分解されたら使っていた
そうです。

落ち葉と各生物の排泄物を混ぜておくと自然にそうした発酵分解が進みます。

人間だから、だめというわけではないでしょう。

各家庭が距離をもって点在する田舎であれば、堆肥化して循環利用するのがいいなと私などは、思います。

こんにちは

投稿者: kunasiriii 投稿日時: 2010/09/14 14:41 投稿番号: [1906 / 1931]
今日の新聞を見てたら、10年前から野ぐそを実践してる人に感心してる哲学者の記事が載ってたので興味を惹かれました。

ご自信が実践しようと力んでも、出来なかった話とか。

私が子供の頃は外で遊んでて、うんこしたくなったら、藪の中でするのが当たり前、始末は葉っぱ草でしてました。

数年前山登りで、途中我慢出来なくなったので適当にしました、何十年ぶりかですけど、出来ない事など思いも付きませんでしたね。
始末はさすがにティッシュでしたが、ティッシュはリックに入れて持ち帰りました。

野ぐその検索をしたら、未だに野ぐそ人口が多いんですね。
インドなんか53%が未だ野ぐそ。
インド最大都市のムンバイでは、野ぐそ法が出来て禁止されたらしいですが、成果は怪しいそうで、第一罰金刑なんて意味の無い貧困者だらけだからですね。

それで思ったのですが、人間は一日どれだけのうんこをするんだろうか?
って計算してみタンですが、大体100万トン位だろうって計算したんです。
ど素人で、検索して見て、其れを元にですから、怪しいのは怪しいのですが、
人類のうんこの量ではヒットしないし、何処かには在るとは思いますけどね。
でどれだけの大きさになるかこれも計算してみたら100Mのキューブって感じですね。

それで、人のうんこと他の生き物のうんこ量の比較が知りたいですが、全く検討が付きません、夫々の専門化の方は牛とか鯨とかハタマタ蟻とか、それらの全生物中で人はどれだけのうんこ量なのかご存知?

人が100Mキューブだと、其れを凌駕する生きもが居るんだろうか?
私が思うに其れは無い、多分人が他の生き物より遥かに量が多いだろうって。
それでこの100Mキューブが生命循環の中に在るのか?如何だろう?

大体、うんこは生命循環に組み入れられてる物で、ゴミじゃないですね、人のうんこも生命の糧。
多分膨大な命の元です。

つまり、人が自然の生命循環をいびつな物にしてしまった。
人は何故そうしたか?

疫病の防止ですね、赤痢コレラとか有名です。
他にも色々在るでしょう。

兎に角うんこは肛門から出たら直ちに隔離、人にとって無害な物に処理される。
その処理エネルギーも環境に負荷を与えてる。
自然じゃ在り得ない形態ですね。

何時かはこのいびつな形態は是正されるのは間違い無いですが、つまり人類が滅びると言う事です。

人としては其れは悲しい、出来るだけ先に延ばしたい。

其の為にはうんこは大事ですね。
出来るだけ本来の機能に近づける事が、人の寿命を延ばすことに成りはしないかって、そうもうのです。

Re: 生命本能

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/09/12 22:53 投稿番号: [1905 / 1931]
えーん泣

http://www.youtube.com/watch?v=cyaC_5kMeXs

生命本能

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/09/05 17:46 投稿番号: [1904 / 1931]
人間のためにと思えば、動物がつらい目に遭うままで助からない。

動物たちのためにと思えば、人間たちから苦情が出る。。。

この世界は、生命本能は、なんでこんなに悲しい設定なの?

Re: 平和生存の選択肢と人間内面支配者の関

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/08/30 21:29 投稿番号: [1903 / 1931]
ただ、みんなが平和的に自由に合意を持って楽しく気持ちよく生きれるように、
したいだけなんだ。

その願いが否定されないとならない理由はないだろう?

Re: 平和生存の選択肢と人間内面支配者の関

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/08/25 21:26 投稿番号: [1902 / 1931]
人間は、内面状態を操作する支配装置(システム)から、そうそう簡単に自由になれないようにされているらしい。

平和生存の選択肢と人間内面支配者の関係

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/08/18 12:06 投稿番号: [1901 / 1931]
畑大地土地と小屋と蚊帳やテントと炊飯器と扇風機とLEDヘッドライトと樽やバケツとPETボトルと衣装ケースとミキサーとビニール袋とタオルと塩と掃除機と3セット以上の衣類と防寒着と寝袋や布団や毛布と、乾燥ハウスと乾燥袋(掛け布団カバー)とビニールハウスシートとロープと農具と太陽電池システムと、ノートと
筆記用具と食器と鍋とマッチライターと脚立と大工道具と延長コードと自転車と
、、、
などが、あれば、それなりに苦痛のない平和生存が可能だと思われる。

その地点にまではおおよそ、きた。


だが、そこで気がついた。

一番大きな問題は、人間にある本能や欲望や気分や生命エネルギーや思考や記憶や夢見や、、、、に存在する自分でどうすることもできない内面状態への
合意されない支配が厳然とあることであった。

人間は、そうした内的状態の大部分を自分でコントロールできないのだ。
できないように、「されて」いるのだ。

そして、それをそうしないようにしようとそれを支配するものたちに「思われて」いないのだ。

だから、物理的な希望を作っても、内面を操作されて、それを望めなくする
ことは、いともたやすいことだったのだ。

肉食を止めれば、環境にも、健康にも、動物にもいいことがわかりきっていても、感情が、気分が、欲望が、衝動が、、、それを「望めなく」させてしまう。

そうしたことが前から問題だと思ってはいたが、その支配力の問題がここまで
大きいとは思っていなかった。

つまりは、そうした支配意思が、人間を本当に平和に自由にしようと思わない限りは、人間全体は、特別な一部を除いて、自由にも平和にも生きれない。。。

ならば、私は、何をしているのか。。。

住む人のいない家を作っても仕方がない。

だが、まあ、ごくまれに住みたいというものもいるから、意味はないことはないし、支配者がそれを望むようになれば、一気に需要が生まれることもないともいえないから意味はある。

しかし、やはり問題は、その支配者たちの意思にある。

でないと、みんなそうして支配されてしまえば、友達ができる可能性も
少なくなって、個人として自由に平和に生きたい人たちには、
ますます生きにくい世界になるだろう。

なるほど、これが、この世界の真実の一部なのだな。

ならば、やはり、支配者たちをどうにかするしかないのかもしれない。。。

Re: ベジタリアン村

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/08/11 13:05 投稿番号: [1900 / 1931]
個人でベジタリアン村なう。

個人タイプでベジ自給自足できるなら、遠隔での人ともネットつなげてベジタリアンネットワークもできる。

問題は、やはりこの世界のいじめ問題か。。。

これだけは、自分だけいじめないからといっても解決しないものな。。。

ベジタリアンになって動物をいじめないようにするってこと。。。

そこが超えれないと人類に希望が見えないから。。。

今すぐには、いろんな壁が高くて、超えれなくても、せめて、「超えたい」と思えない人類では。。。

Re: ベジタリアン村

投稿者: tabibito9jp 投稿日時: 2010/08/04 05:11 投稿番号: [1899 / 1931]
エコ村とベジ村は共存できるから、合体させます。

フリースクールもあるといいね。

でもインターネット環境って、巨大図書館みたいなもので、
学習意欲があれば、これフリースクールとなっているよね。

すごいよ、インターネット。
でもまあ、生身のフリースクールもまたいいのだろうな。

フリーインターネットスペースを作れば、そこを不登校の居場所、ニートや
失業者の居場所にでいたら、さらには寝袋宿泊可能として、
食事は農作業4時間で三食付になるとすれば、
なんかいっぺんにいろいろな切実な人たちの切実な必要を満たせるものができそうな。。。

ところで、そんな場所がなんで見渡してないの?

うじゃうじゃあってもいいはずなのに。

みんなで作ろうぜー。

Re: ベジタリアン村

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/07/28 15:26 投稿番号: [1898 / 1931]
ベジタリアン村、すでに始動しはじめました。

参加者募集〜♪ゆるベジも可。

みんなで、世界規模で100万人の生産消費一体型以上に成長させましょう。

ベジタリアン村

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/07/21 18:46 投稿番号: [1897 / 1931]
これからの未来の希望のために、

犬猫動物保護シェルターつきの、ベジタリアン的ライフスタイル主体の自給自足村の実現を目指してゆきます。

あと、クリーンエネルギー利用とフリースクール的なものもあるといいかなと。

インターネット環境を利用したいじめなくしのためのNPO的活動。

光熱費通信費、固定資産税、移動費用など、二人以上集まれば、
負担を減らせるメリットもあり。

平和的自給自足ネットワークの実現化へ

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/07/14 15:06 投稿番号: [1896 / 1931]
平和的な自給自足のお金を使わない自給自足ネットワークができるといいな。

そのために個人でできる自給自足プラスαが可能になる個人型自給自足を
研究してきた。。。

まだ未完成ではあるが、100%とはすぐには無理なので、これを基礎に
100万人以上規模の平和的自給自足ネットワークを目指したいなと思う。

基本スタンスは、自分が自給自足プラスαを目指すことからかな。

プラスαの部分で、同志や困っている人に、その生き方を伝えれればいいのだろう。

現実的に実現するには、その目標を共有する、すでに社会的経済的に、ゆとりがある人たちが、その希望を作ってゆけばいいのだな。

Re: 乾燥野草粉

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/07/07 10:10 投稿番号: [1895 / 1931]
乾燥ルームを建設中。。。

コウリャンと大豆の混植栽培実験中。

タルトイレ実験中。

バケツ洗濯、タオル風呂も継続中。

自由な平和的個人自給自足の夢。。。まだこれからだ。

乾燥野草粉

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/29 22:43 投稿番号: [1894 / 1931]
乾燥野草粉で生きれないだろうか。。。

光と闇

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/22 00:04 投稿番号: [1893 / 1931]
昔、自由と可能性を求めて原始的な自給自足的生活を試していたとき、
どんどんとシンプルになる自分の生活に何かしら喜びを感じていたように
思う。
電灯から焚き火に変わり、夜の闇の中で、わくわくどきどきしていたように
思う。

しかし、ふと思うに、昔の人たちは、その夜の闇の中で不安や怖れを感じて
いたのではなかったのだろうか、、、と。

だからこそ、電灯を生み出し、それを使うようになったのではないかと。

私の喜びがどこからきたものだったか、昔の人の不安や怖れがどこからきた
ものだったか。。。

私が、それを生み出したわけではなかった。
昔の人々が、その不安や光ある夜への欲望を自ら生み出したとも思えない。

そう感じる内面は、なぜそうなるのか。。。

精神世界の光と闇がまだ残り続けている。

われわれの目指すべき共通の目標は、そこにあるのかもしれない。

みんなが満足できる内面世界、精神世界の共通目標。。。
それがそもそもはじめから不可能になっているとしたら、
誰が、そうなるようにしたのか?

それがまだ解明されてはいない。

とても大事な問題なのに、その問題に光を当てる人は実に少ない。

人間が自由になるために

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/14 21:25 投稿番号: [1892 / 1931]
家畜存在を良心的な思いで人類が自由にすること。

平和的に個人レベルで自給自足自治が自由にできるようにする世界革命の必要。


内的体験を自己否定にならない範囲で、自由に選べるように設定を変えること。

そのための具体的な選択肢を探している。

その目的のためのひとつの実験が、遺跡発掘型開墾。

そうして、私は、本当の自由と幸せの可能性をずっと探している。

ベジタリアンからビーガンになった。

自然農業を学び、平和的な食物生産方法を調べ、、、
生きるためには、どうしても他の命を犠牲にしないと無理であるように
されていたことに気がついた。

自分の内面の真実を見つめて調べ、、、
そして、人間の弱さや、その受動性、欲望や気分や感情の支配束縛、生命エネルギーへの遠隔操作、思考操作、恋の意味やその真実、、、いろいろなことに気がついた。

支配者たちが人間の平和的自給自足自治の実現を望んでいないことにも。

だけど、それは、支配者自らのその権利や可能性を否定することにつながる。。。

そうならねばならないという強い意志が、私の中にも他の意識の中にも存在している。

そんな情けない世界ではあるが、不自由な内面があるが、
僕たちは、しかし、皆で自由になろう。

それを意志しよう。

遺跡発掘型開墾作業

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/08 22:01 投稿番号: [1891 / 1931]
遺跡発掘型開墾作業とは、

できるだけ大地の生き物を傷つけないよう、殺さないようにと、
各種、鎌、クワ、使い、すこしずつ荒地山林などを開墾し、畑に
してゆく作業である。

草や笹を刈り、しばし放置し、落ち葉腐食を取り去り、しばし放置し、
表面に生き物姿ほとんどなきを確認し、いれば、避けつつ、
表土5〜20センチ、堀り、そこを起点にして、周囲の表土を少しづつ
削るようにしながら、探査しつつ、畑にしてゆく。
その作業速度は、かなり遅くなるが、生き物の逃げる時間や確認がしやすく
殺生傷害を普通の開墾作業方法よりも減らすことはできる。


しかし、完璧は、無理。どうやってもうっかり生き物を傷つけてしまう。私たちすべての祖先や私たち自身は、誰かが、どこかでこうしたことをしなければならなかったのだなと思う。
何十年放置された山林状態の鬱蒼とした笹野原の地下茎がひどいと、畑作物は、まともに育てれないと実感。
普通の5年くらい放置し荒れたような、元畑などなら、そんな作業などしないでも表面土壌作業だけで、どうともなりそうだが、何十年放置され、笹一面生い茂る山林では、手の打ちようがないと感じ、仕方なしと感じての作業である。


誰かが、どこかで、これをしていないと自然界の多くの場所では、食べ物すらまともに得られないのだ。
原始の自然なら、そして人口が少ないなら、狩猟採集もできたかもしれない。
だが、すでにそうした自由な原始の自然は、ほとんど残っていない。
残っていても、誰かの所有地となっていて、自由にできない。

そんなことを思いながら、ミミズや小さな生き物を避けつつ、強制!避難させつつ、、、それでも事故が起こり、悩み心持ちつつ、遺跡発掘型開墾作業をした。

一日一㎡として、一年毎日やれば、、、365㎡か。
この面積畑があれば、個人自給自足は余裕で可能になる。

そんなことも考えたりする。

悲しく、だが、いかに平和に作業するかを一生懸命に考え、うまくいったら、嬉しい。
僕は悩みながら、試行錯誤し間違え、避けれない殺生をし、生き物を傷つけながら、考えながら、条件の悪い自然大地からでも個人が自給自足する方法を探し、そうした作業をしている。。。

それをしないで、お金で買った食べ物も、この作業以上に殺生多き過程
から生み出されてきたものなんだと思う。
それなら、その責任は、変わらない。と思うから、この作業をする。
100点満点が無理でも、30点から40点、50点へと向かうことなら可能だと思うから、最終安定平和レベルが高得点になるようにと思いつつ、
なんとかならないかと空を見上げつつ、大地を見つめつつ、心に悩みつつ。。。この作業をする。
いい方法が見つかり、そうした方法を皆でやれば、人類全体の点数があがるかもしれないと期待しつつ、試行錯誤を続けている。

もっといい方法はないだろうか?>ALL

自給生活の献立。

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/01 21:13 投稿番号: [1890 / 1931]
水道、ガスなし、電気は太陽光発電であり。
風呂なし、タオルで体を拭くのみ。
石鹸シャンプー洗剤未使用。
洗濯はバケツにて、手足もみ洗い。排水は畑に肥料として散水。
省エネPC利用、LEDヘッドライト利用、蛍光灯ひとつ利用。
稲麦雑穀大豆栽培、雑草野草利用。
ストレッチ。
バケツトイレ。
整理と掃除。ゴミ分別わけ。

そろそろ再スタートし、
まだまだ高見を目指さねば。。。

Re: 野草の栄養分

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/25 07:45 投稿番号: [1889 / 1931]
牧草や野草を工夫して食べてみる。まあ、うまくはないが、それなりに、うまいものもある。

工夫次第でなんとかならないか。。。

野草の栄養分

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/17 18:05 投稿番号: [1888 / 1931]
牛などは、牧草だけで元気に生きている。
ということは、牧草にも栄養がある。

牧草だけでなく、毒のないほとんどの植物には、栄養がある。
いや、栄養はすべての植物にある。
ただ、毒が一緒になっている場合だけ食べれない。
固すぎたりして食べれない。

だが、栄養は、植物総合には、みなあると考えられる。

それを、うまく人間や動物に必要な栄養分の割合に抽出することができれば、
雑草で野草で、森の葉っぱで、生きれる可能性は十分にある。

ふと、そんなことを思った。

無理だろうか?

問題は、味や今までの食習慣や襲い来る禁断症状だな。

人間全体が、特定食物群中毒になっていた。。。なんておちもあったりして。。。

タケノコ

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/12 08:22 投稿番号: [1887 / 1931]
タケノコ

それだけを主食にはできそうにないが、実に手の掛からない食べ物のひとつ。

体に流れる生命エネルギー

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/05 12:22 投稿番号: [1886 / 1931]
は、食べ物から生まれるものだけではないみたい。

Re: 食べないで生きる人類的な可能性

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/04/28 21:54 投稿番号: [1885 / 1931]
食べずに生きれる人が、僅かに存在したって、それが誰もがストレスなく気軽に選べる選択肢にならないのなら、あまりこの世界の根本的な希望にはならない。。。かな。。。

特権貴族的な人だけにしか、それが可能ではないとしたら、
差別やいじめに繋がるかもしれないし。。。

もし、食べずに生きるための必要十分条件があれば、教えてくれないか?
神様たち。

自分に無意識に盲目的に従うものにだけその特権を与える、、、とかでは、本当の自由を願う魂たちの希望になんてならないのだが。。。
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