Re: はじみましてm(__)m
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/10/27 16:14 投稿番号: [1915 / 1931]
書きこみありがとうございます。
そうですね。エコライフや防災の備えは僕も前から意識してきました。
ですが、最近、ちょっと脱線しています。
というのも、エコであることよりも、大事なことがあると感じ始めたからです。
今、世界は、環境問題を世界の重要テーマにしていますが、
世界には、餓死したり、虐待されたり、拷問されたり、いじめられたり、
差別されたり、殺されたり、人身売買されたり、軍隊に無理やり入れられ
いじめられたり、親に虐待されたり、子に虐待されたり、働く場もなく絶望
の日々を暮らしたり、ストリートチルドレンにならざるをえなくなったり、
、、、、
まあ、そういう自分自身として能動的に前向きに生きる意味自体をそもそも否定されているような人(や動物たち)が世界中に山ほどいることが気になりはじめています。
そこを改善できないままに、環境だ、エコだといってもなんだか本気でやる気になれないのです。
まあ、だからといってエコ環境がどうでもいいと思っているわけではないのですが、自然環境がいくらよくなっても、そうしたひどい生活状態の人や動物が
そのままであれば、そのままの状態でひどい扱いを受け、支配され続けるのであれば、誰のための環境か?と思うわけです。
金持ちや支配階級や貴族たちだけのための環境など、守る気になれない、
とまで感じることがあります。
いっそ、一回全部終わりにして、まともな食い合いとか生存競走とかしないで
いい良心的な世界から再スタートしたほうがいいのではないか?とすら
思うことがあります。
人口が減るとしたら、きっと弱い立場の人から減ら「される」のでしょう。
そして、そういう立場の人や動物は、たいてい罪のないものたちです。
飢饉で死ぬのは、そうしたものたちになるはずです。
ほんとうに悪いのは、そういう人たちではないように
私には思えるのです。
では、誰のために、何の為に、減らすの?ということです。
私も世界の人口は、もっと
減らすべきとも考えていますが、減らし方は、公平に出産を抑止することで、
そうすべきかと思っています。
それなら、殺さないでも苦しめないでも100年もあれば、劇的に減らせます。
私自身は、このような世界の現状では、子孫を残そうと思っていませんが、
私だけが、自発的にそうしたとしても、他の人が生み増やすならば、問題は
続きます。
人工抑止の世界的合意が必要ですが、不公平な経済格差や領土問題や民族自決権や個人の尊厳や国家主権や宗教の自己中心性など、いろいろな諸問題があります。
戦争や天災で人口を減らすということでは、戦後の生めよ増やせよみたいな反動が
生じるでしょうから、根本解決にはならないでしょう。
理性的に人類が、各国各宗教各民族が世界規模で公平公正にそのアイデンティティを尊重しあい、また個人の独自性やそのアイデンティティも尊重する
ことを合意しつつ、各動物種へのひどい扱いの問題も改善する方向で、
世界規模で、理性的に意識的に変化することが望ましいと感じます。
私は、日常がすでにサバイバルライフ的ですが。。。
奪い合いの生き残り競走などは、見たくはありません。
戦争や天災で、殺されたり、生活基盤を破壊されては、また作らされるのは、まっぴらです。
天災が偶然ではないと感じることがよくあります。
出産繁殖するにあたっての良心的必要十分な資格とその公平性を世界規模で考える必要がありましょう。
そうですね。エコライフや防災の備えは僕も前から意識してきました。
ですが、最近、ちょっと脱線しています。
というのも、エコであることよりも、大事なことがあると感じ始めたからです。
今、世界は、環境問題を世界の重要テーマにしていますが、
世界には、餓死したり、虐待されたり、拷問されたり、いじめられたり、
差別されたり、殺されたり、人身売買されたり、軍隊に無理やり入れられ
いじめられたり、親に虐待されたり、子に虐待されたり、働く場もなく絶望
の日々を暮らしたり、ストリートチルドレンにならざるをえなくなったり、
、、、、
まあ、そういう自分自身として能動的に前向きに生きる意味自体をそもそも否定されているような人(や動物たち)が世界中に山ほどいることが気になりはじめています。
そこを改善できないままに、環境だ、エコだといってもなんだか本気でやる気になれないのです。
まあ、だからといってエコ環境がどうでもいいと思っているわけではないのですが、自然環境がいくらよくなっても、そうしたひどい生活状態の人や動物が
そのままであれば、そのままの状態でひどい扱いを受け、支配され続けるのであれば、誰のための環境か?と思うわけです。
金持ちや支配階級や貴族たちだけのための環境など、守る気になれない、
とまで感じることがあります。
いっそ、一回全部終わりにして、まともな食い合いとか生存競走とかしないで
いい良心的な世界から再スタートしたほうがいいのではないか?とすら
思うことがあります。
人口が減るとしたら、きっと弱い立場の人から減ら「される」のでしょう。
そして、そういう立場の人や動物は、たいてい罪のないものたちです。
飢饉で死ぬのは、そうしたものたちになるはずです。
ほんとうに悪いのは、そういう人たちではないように
私には思えるのです。
では、誰のために、何の為に、減らすの?ということです。
私も世界の人口は、もっと
減らすべきとも考えていますが、減らし方は、公平に出産を抑止することで、
そうすべきかと思っています。
それなら、殺さないでも苦しめないでも100年もあれば、劇的に減らせます。
私自身は、このような世界の現状では、子孫を残そうと思っていませんが、
私だけが、自発的にそうしたとしても、他の人が生み増やすならば、問題は
続きます。
人工抑止の世界的合意が必要ですが、不公平な経済格差や領土問題や民族自決権や個人の尊厳や国家主権や宗教の自己中心性など、いろいろな諸問題があります。
戦争や天災で人口を減らすということでは、戦後の生めよ増やせよみたいな反動が
生じるでしょうから、根本解決にはならないでしょう。
理性的に人類が、各国各宗教各民族が世界規模で公平公正にそのアイデンティティを尊重しあい、また個人の独自性やそのアイデンティティも尊重する
ことを合意しつつ、各動物種へのひどい扱いの問題も改善する方向で、
世界規模で、理性的に意識的に変化することが望ましいと感じます。
私は、日常がすでにサバイバルライフ的ですが。。。
奪い合いの生き残り競走などは、見たくはありません。
戦争や天災で、殺されたり、生活基盤を破壊されては、また作らされるのは、まっぴらです。
天災が偶然ではないと感じることがよくあります。
出産繁殖するにあたっての良心的必要十分な資格とその公平性を世界規模で考える必要がありましょう。
これは メッセージ 1914 (gjimpactz さん)への返信です.
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