南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

yominokuni56氏へ

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/02/09 12:31 投稿番号: [7200 / 29399]
>上海から南京へ駆け上がる進軍中、沿道の村々を襲い、略奪、暴行、虐殺を行っています。

証拠(資料)は?

okureteru2005

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/08 22:36 投稿番号: [7199 / 29399]
これだから、単純なお方は困るのですよ。

相手にしてほしかったら、。己の主張をはっきりとしなさいね。

何を言いたいのか、さっぱり解りませんよ。

ほら、、書いてごらん、、怒らないから、、ね。

>yominokuni56

投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/08 12:12 投稿番号: [7198 / 29399]
隣のトピで回答できずに、逃げてきたみたいだな。

逃げるな。
隣のトピの決着をつけなさい。

日支事変の宣戦布告を気にするなら、自分の始めた論争の降伏くらいチャーントしなさい。

> 賠償に「謝罪」の意味はなかった2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/08 06:39 投稿番号: [7197 / 29399]
貴方の論理で行けば「裁判は不必要」でしたね。

調停で和解すべきでしたでしょう。ね。

示談の方が手っ取り早いかも知れなかったですね。

単なるこじつけ、ご都合主義ではなかなか納得はしないものですよ。

結果論にこじつけられても、真実は見えませんね。

賠償に「謝罪」の意味はなかった2

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/02/07 22:23 投稿番号: [7196 / 29399]
>謝罪、慰謝がなければそれは代金である。

実際問題、自前で国家を建設するには金が必要です。(欧米の植民地なら植民地支配のための金は出してくれたでしょうが)

皮肉なことに「日本に対する賠償請求」というのは、さしあたって金を得られる唯一の機会だったわけです。

また、「日本側の窓口はひとつ」であり受け取る側がどう捉えようと、日本の立場としては「全て賠償」です。


>仏も浮かばれまい。

独力では不可能と思われた国家解放を達成した彼らにとって、「日本がどういう存在だったか」は彼ら自身が語っています。

その日本から金を貰うしかないというのでは、確かに仏も浮かばれないかもしれません。


>被害回復の措置

この記述は全て「賠償問題がアジア各国の自発的行動ではなく、アメリカ主導であった」事を明らかにしています。

解放戦争となれば各国内の被害はおびただしいものとなるのは当然ですが、宗主国は例え手を引いても被害回復の措置をするとは考えられません。(実際、誠実に賠償したのは日本だけですし。)

むしろ宗主国は、日本に直接「自分の植民地の賠償」させるのはさすがにはばかるので、「一旦各植民地に賠償させて」おいてから数年以内に「再度実効支配する」心積もりだったと見るべきでしょう。
(「日本が通常の植民地支配をしていた」ならそれは容易いことだったでしょう。)

ところで、太平洋戦争以降、被害回復の措置が実行されたことはあるのでしょうか?
また、極東軍事裁判では「日本の戦争は違法」という「結論先にありき」だったわけで、現在、再度検証してら日本の戦争の違法性はどのように証明されるでしょうか。


>つまりアメリカにつなぎ止める為の方策であり、それに乗じて、日本は経済大国となれたのである。

アメリカが自国の市場から日本を排斥し、仕方が無いので大陸で経済活動を行なえば、今度はあらゆる資源を封鎖して最後通牒を突きつけ、ついには日本を大空襲や核攻撃したわけですから、これは単なるマッチポンプです。

それにアメリカや欧州がブロック化経済をしたために、日本もアジアの国々とブロック化しようとしただけです。

(経済大国になるはずのなかった日本が成ったのではなく、欧米や中国の戦略にアジアごと振り回されて「遠回りした」というだけです。)


要するに、欧米の思惑とアジア各国の切実な状況から、「不本意ながら賠償を求めた」もので、「謝罪を要求したのは、中国、朝鮮(あともしかしたらベトナム)だけだった」ということです。

賠償に「謝罪」の意味はなかった??

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 21:28 投稿番号: [7195 / 29399]
賠償とは謝罪を含む、金銭に換えての原状回復措置である。

謝罪、慰謝がなければそれは代金である。
戦争中お借りした国土の借用料だとでもいいたのだろうか?(笑)
奪った命の代金か?
仏も浮かばれまい。

被害回復の措置
1.敗戦国経済を含む国際的な経済システムの再編、復興を計る。
2.違法な戦争行為によって生じた損害に対して、その行為に責任ある国家が支払うのが原則である、

戦争法規違反のみならず、非人道的行為の被害、民間人の被害も含まれるものである。

対日講和条約による賠償問題処理は第一の側面が優先し、第二の側面が閑却されている。

ジョン   フォスター   ダレス   は「日本をアジアの工場とみなし、日本と貿易する以外に経済を発展させることは出来ない。ことを悟らせる事が肝要と考え、賠償問題をリンクさせることとし、現物の生産物で賠償を支払うよう要請した」、

彼の思惑は賠償をうける側をなだめると共に、彼らを進行中の新しい関係につなぎとめることであった。

つまりアメリカにつなぎ止める為の方策であり、それに乗じて、日本は経済大国となれたのである。

おいちゃん、一人舞台だな^,,そうだよ!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 21:20 投稿番号: [7194 / 29399]
オマエの頭の悪さは定評があるがな。

書いていることは金正日政権の裁判官が、日本は非人道主義である、、自由を守れ、、と言っているのを信じれるか、、と言うことだよ。

階級差別国の国際法の権威判事が戦争犯罪を認めないと言ったところで、白けるだけだと言うことだ。

わからんか、、このボケナスは、、!

賠償に「謝罪」の意味はなかった

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/02/07 15:39 投稿番号: [7193 / 29399]
>アジア人の代表として戦った日本政府に賠償しろとは、、ど〜〜いうこった?

http://www.nipponkaigi.org/reidai01/Opinion2%28J%29/diplomacy/asia.htm

「アジアの諸国民はなぜ、日本が自由になることを切望しているのか。それは、アジア諸国民と日本との長きにわたる結びつきのゆえであり、また、植民地として従属的地位にあったアジア諸国民が、日本に対して抱いている深い尊敬のゆえである。往時、アジア諸民族の中で、日本のみが強力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ友邦として、仰ぎ見た。私は前大戦中のいろいろな出来事を思い出せるが、当時、アジア共栄のスローガンは、従属諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インドネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されることを希望して、日本に協力した者がいたのである」。よってセイロンは日本に賠償を求めない、とジャヤワルダナ氏は述べている。

  このように、「日本はアジアのために戦ってくれた」という友邦意識をもって、日本への賠償請求権を自発的に放棄した国には、この他、インド、ラオス、カンボジアがある。


当時のタイ側交渉団の最高顧問であったソムアン・サラサス氏はこう述懐している。
「日本国民は餓死寸前でありました。日本中が焼野原でした。そして、皇族も華族もいなくなり、有力な軍人と賢明な役人と高潔な政治家は牢に叩き込まれて誰もいません。アメリカはそっくり返って威張っている。団員は口々に“こんな気の毒な日本を見ていられるか”と言いましたよ」「(こんな値引きに応じて)“国へ帰ったら、殺されるかな”とフッと思った。けれど、“まあいいや、友邦日本は悲惨な状態なんだから”と自分に言いきかせました。団員も同じ気持ちだったのです」。

賠償請求権を放棄しなかった国々においても、日本に「反省」や「謝罪」を求めて賠償を迫った経緯はなかった。

インドネシアの賠償交渉にあたった国会議長のアルジ・カルタウィナタ氏は当時の岸首相に対して、「独立のお祝いというつもりで賠償を払ってください。日本が悪いことをしたから賠償をくれというわけではありません」と述べている。当時のインドネシアには、「経済力がないのだから助けてほしい」という声とともに、一部には「独立できたのは、日本軍が軍隊(PETA)を作ってくれ、戦後も日本人が残って独立運動に参加してくれたからだ。むしろ日本に感謝使節団を送るべきだ」という声があったほどだという。

おいちゃん、一人舞台だな^^

投稿者: dream180jp 投稿日時: 2005/02/07 10:42 投稿番号: [7192 / 29399]
おい、虐殺を証明しろよ、だれがカースト制度を説明しろと言った(爆)お前は論点を替えて、とにかく日本を批判する事が目的で虐殺や慰安婦を持ち出してるんだろう、お前一人が有った有ったと騒ぐほど誰も信じなくなるんだヨ・・馬鹿。幽霊がいたとか、雪男見たとか・・と同じ類で、何でも存在しなければ自分が困るから言い張るだけで、根拠も無ければ、事実も無い、大文明国「日本」の国民?なら、乞食中国の代弁者になるよりそろそろ目覚めろよ(嘲)何時まで世をスネて生きるんだ(笑)、論点を変えず虐殺を証明してみるんだな。
まぁ出来ないだろう・・・。

>ベトナム編韓国軍?より日本軍

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 06:43 投稿番号: [7191 / 29399]
ベトナム、インドシナでは100万人に達するで在ろうという、餓死者を日本政府は作り出している。

撃ち殺されるのと、餓死とどちらを選らぶ、、?

インド編,,おもしろいな!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 06:40 投稿番号: [7190 / 29399]
>ボースはここではっきりと、アメリカとイギリスを「帝国主義者」と呼び、その「侵略の軍隊」をアジアから追い出さなければ、アジアの自由はないのだと言っています。

>日本軍の勝利はアジアのインド人に感銘を与え、自由獲得の戦いに参加することを可能にした。日本政府は単に自己防衛のために戦うだけでなく、英米帝国主義のアジアからの撲滅を期し、さらにインドの完全な独立を援助するものである。

早い話が結果論に都合良く、こじつけたのとちゃうの、、、!

完全なる独立を援助したようだが、ご承知の様にインドには「カースト制度」という階級差別主義が厳然として残っている。
人民の解放はまだ、行われてはいない。
先日の「スマトラ沖地震の被災者に届くはずの援助物資もこの制度の最下層には届かず、また、制度にも組み入れられないさらにその下層の人民もいると言うことを初めて知った。

彼らは魚市場での下働き(おそらくはトサツ場などなどの下働きだけ)しか出来ず、金を貯めて舟を買い、漁に出ることは出来ない社会なのだ。

こんな社会でいいのかね。
民主主義にはまだまだ、ほど遠い国だね。

>その彼の墓が、日本の蓮光寺というお寺にあることは、日本でもあまり知られていません。

インド国内に引き取る者がいなかったのか?
仏教の国にして、、どうなんだろうか?


さらに、東京裁判における、パール判事とか言う人も、この国の国際法の権威だと、、、言うじゃ〜無い!!
どうして、東京裁判を否定し、己の国の差別主義を批判しないのでしょうかね

おかしな、判事さんでしたね。
日本人も相当おかしい人がいますが、、ね。

それから「軍国歌」の歌詞の作詞者は?
日本人?
誰なんでしょうかね?
どちらでもいいか、、どうせ、書かせた物だろうから、、、

戦時賠償を頂いた、そして、それも無償援助多額の輸入品を頂いたわけですから、その資金で我が国は豊かになりました。ありがとう、日本のお父さん、お母さん、これからも援助をお願いします。
と言うことでしょう。

在日・強制連行の神話

投稿者: kirakira_tori 投稿日時: 2005/02/07 00:17 投稿番号: [7189 / 29399]
在日・強制連行の神話【鄭   大均】

■内容紹介■
在日は強制連行されてきた人々とその末裔だとする主張がある。が、
一世の証言に丹念にあたれば、それが虚構にすぎないことが分る


在日コリアンのほとんどは、戦前、日本が行なった強制連行の被害者及びその末裔だ、という「神話」がある。拉致問題で北朝鮮を非難する声に対し北擁護派がしばしば持ち出すのが、昔、日本はもっと大規模な拉致を行なったではないか、というこの「神話」だ。が、著者は在日一世の証言を多数提示する。それらを読むと、大多数は金をもうけにあるいは教育を受けに、自らの意志で海峡を越えたことがわかる。本書はこの「神話」が政治的プロパガンダの産物であることを明らかにする。(SH)


http://www.bunshun.co.jp/book_db/html/6/60/38/4166603841.shtml

ベトナム編

投稿者: kirakira_tori 投稿日時: 2005/02/07 00:06 投稿番号: [7188 / 29399]
私の村は地獄になった

韓国軍がベトナムで行った残虐行為の
被害者たちが真実を語りはじめた


1理由なき無差別の殺戮

2見つかったのは肉片だけ

3「首を切り落としてやる」

4補償より謝罪の言葉を

http://210.160.208.40//search/20000412/wa_sug1.html

インド編

投稿者: odennzuki77777 投稿日時: 2005/02/06 23:59 投稿番号: [7187 / 29399]
1945年(昭和20)8月18日、台湾の台北空港で「天皇陛下と寺内さん(寺内寿一・南方総軍総司令官)によろしく」という言葉を残して、日本と共に戦ったインドの英雄がこの世を去りました。日本の敗戦から3日後のことでした。

その人の名はスバス・チャンドラ・ボース、インドの独立運動の指導者「ネタージ(指導者)」と呼ばれ、現在でもインドで尊敬を集めている有名な人物です。

しかし、その彼の墓が、日本の蓮光寺というお寺にあることは、日本でもあまり知られていません。

また、カルカッタにある彼の邸宅を改装したボース記念館では、彼の残した演説や、彼が指揮したインド国民軍の愛唱歌の入ったテープが販売されていますが、愛唱歌のなかには、なんとヒンズー語で歌われた日本の歌「愛国行進曲」が収められています。

さらに、ボースがインド人民に向けて訴えた演説の一節をご紹介しましょう。「…大東亜戦争開始以来、歴史に較べるもののない日本軍の勝利はアジアのインド人に感銘を与え、自由獲得の戦いに参加することを可能にした。日本政府は単に自己防衛のために戦うだけでなく、英米帝国主義のアジアからの撲滅を期し、さらにインドの完全な独立を援助するものである。いまやインド国民軍は攻撃を開始し、日本軍の協力を得て、両軍は肩を並べ、共同の敵アメリカ・イギリスの連合国に対し、共同戦線を進めている。外国の侵略の軍隊をインドから駆逐しない限り、インド民衆の自由はなく、アジアの自由と安全もなく、英米帝国主義との戦争の終結もない。」(1944.3.20自由インド放送より)このボースの演説内容に驚かれる方も多いことでしょう。無理もありません。私たちの多くは、先の大戦をアメリカ・イギリスなどの自由主義・民主主義陣営と、自由を抑圧するドイツ・日本のファシズム陣営の戦いであったと教えられてきたからです。しかし、ボースはここではっきりと、アメリカとイギリスを「帝国主義者」と呼び、その「侵略の軍隊」をアジアから追い出さなければ、アジアの自由はないのだと言っています。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A03_4.html

ミャンマー(旧ビルマ)編

投稿者: odennzuki77777 投稿日時: 2005/02/06 23:57 投稿番号: [7186 / 29399]
“♪守るも攻むるも鋼鉄の   浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の   皇国の四方を守るべし
まがねのその艦日の本に   仇なす国を攻めよかし♪”

この歌を知っている人いますか?歌詞は知らなくってもメロディーを聴けば誰でも分かる、実はこれ軍艦マーチなんです。“軍艦マーチ”??という人も、パチンコ屋さんで威勢良くかかっている曲って言えば、分かってもらえるんではないでしょうか。

このような説明をしなければならなくなってしまったこの曲は、日本が戦争に負けるまでは海軍の誇りであった名曲でした。しかし、今ではなんだか情けない役割にされています。ところが驚くなかれ、この曲が今でも誇りとともに演奏される名誉ある存在でいられるのは、遠くミャンマーの“国軍記念日”という晴れ舞台なのです。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A03_3.html

マレーシア編

投稿者: odennzuki77777 投稿日時: 2005/02/06 23:54 投稿番号: [7185 / 29399]
1991(平成3)年12月、マレーシアのコタバルを首都とするケランタン州政府は、日本軍の上陸50周年を記念して特別式典を開催し、さらに戦争博物館を設立しました。その館長でケランタン州副知事のロザリー・イソハック氏はこんなふうに言っています。

「1991年、私達は日本のコタバル上陸50周年を祝いました。これがケランタン、つまり当時のマラヤにとって、意義ある出来事であったからです。ここコタバルは、日本軍最初の上陸地です。私は、戦争博物館の館長として記念行事を担当しましたが、多くの人がこの重要な出来事を、長く記憶に留めていただきたいと願っています。」

マレーシアの人々が祝う1991年から50年前といえば、1941(昭和16)年の12月。しかし、わたしたち戦後世代の日本人にとっての昭和16年12月8日は“戦争を始めた日”としてなんとなくマイナス・イメージを持たされているのではないでしょうか?そこで語られるのはアジアへの侵略であったり、現地住民の虐殺といったことばかりだったのではないのでしょうか。しかし当のマレーシアでは日本軍の上陸を祝って記念式典が行われていたのです。こんな重要なこと、私たちはまったく知らされていません。これは一体どういうことなのか、なぜ日本軍のマレー上陸がマレー人に祝福されるようなことなのか、やはり知っておかなければ恥かしいことですので、ここで少し勉強しておきましょう。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A03_2.html

インドネシア編

投稿者: odennzuki77777 投稿日時: 2005/02/06 23:52 投稿番号: [7184 / 29399]
こんな歌を知っていますか?インドネシアで50年間歌い継がれてきた「祖国防衛義勇軍(PETA=ペタ)マーチ」です。

“アジア、すでに敵に向かい、蜂起せり   己を捨てて全力を尽くす
連合国を粉砕せんと   玉散ることもいとわず
進め   進め   義勇軍   アジアとインドネシアの英雄   清き東洋に幸あれ
古きアジア   不幸に苦しむ   烈しき圧制に   幾世紀も忍ぶ
大日本   雄々しく立てり   アジアを救い   我らを守る
進め   進め   義勇軍   アジアとインドネシアの英雄   清き東洋に幸あれ…”



http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A03_1.html

おっよよ! なんてこった。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 21:01 投稿番号: [7183 / 29399]
インドネシア
>モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」

>インドネシア
モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです

アジアの希望だった日本、、、?
アジア人の戦争を日本が代表して、、、?

これほどまでに持ち上げて、、、およよよ!!!

それは戦時賠償金を受け取ったからなのか?
それとも戦時賠償金を受け取る前なのだろうか?

日本に戦時賠償金を請求した国は
1954年   ビルマ
1956年   フィリッピン
1958年   インドネシア
1959年   南ベトナム

アジア人の代表として戦った日本政府に賠償しろとは、、ど〜〜いうこった?

いい加減にしてほしいね。(笑)

”ヒロシ   です”
物を貰うと、口も軽くなるとです。

世界は大東亜戦争をいかに評価しているか

投稿者: llkenta_gonran78 投稿日時: 2005/02/06 19:27 投稿番号: [7182 / 29399]
オランダ
サンティン・アムステルダム市長   現内務大臣
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、その誇りを取り戻すべきであります。」(1985年日本側傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時、行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)


タイ
ククリット・プラモード 元首相
「日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは一体誰のお陰であるのか。
それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。我々この2つの日を忘れてはならない。」

マレーシア
ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。」

ガザリー・シャフィー 元外務大臣
「日本はどんな悪いこ事をしたと言うのか。大東亜戦争でマレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。日本は敗れたが英軍は再び取り返すことができずマレーシアは独立したのだ。」


ザイナル・アビディーン 歴史学者
「日本軍政は東南アジアの中で最も政治的意識が遅れていたマレー人に、その種を播き、成長を促進させ、マラヤにおける民族主義の台頭と発展に大きな“触媒”の役割を果たした。」

インドネシア
モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」

インドネシア
モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」

http://www.kokusairinri.org/database/30.html

●捏造はシナ人の常套手段!大嘘南京虐殺

投稿者: chiyandan2004 投稿日時: 2005/02/06 11:29 投稿番号: [7181 / 29399]
シナって呼ぶな、礼儀もないやつが他人を説得すんな!
南京にいたか、お前こそ捏造すんな!!

●捏造はシナ人の常套手段!大嘘南京虐殺

投稿者: dokusaiwotatake 投稿日時: 2005/02/05 22:11 投稿番号: [7180 / 29399]
南京虐殺なんて捏造に決まってるだろ!
アホか??

シナ人が主張する「証拠」はどれもこれも
いいかげんなものばかりで信憑性0!!
バカバカしい!

こんなものを信じ込むなんてもはや洗脳であり単なるアホだ1

共産党独裁国のシナは歴史も体制も
すべて独裁維持に都合がいいように作られていて、捏造は当たり前!
歴史は政治と独裁の道具。

なんで、こんな邪悪なやつらに騙されるなつーの。。

南京虐殺なんか捏造だよ!ちょっと調べりゃすぐにわかるだろ!!

小中華思想の韓国にも騙されるな!

それよりも、今チベットやウイグルで日常的に拷問と強制労働と虐殺がおこなわれているぞ!

http://www.history.gr.jp/nanking/

●捏造はシナ人の常套手段!大嘘南京虐殺

投稿者: dokusaiwotatake 投稿日時: 2005/02/05 22:09 投稿番号: [7179 / 29399]
南京虐殺なんて捏造に決まってるだろ!
アホか??

シナ人が主張する「証拠」はどれもこれも
いいかげんなものばかりで信憑性0!!
バカバカしい!

こんなものを信じ込むなんてもはや洗脳であり単なるアホだ1

共産党独裁国のシナは歴史も体制も
すべて独裁維持に集うがいいように作られていて、捏造は当たり前!
歴史は政治と独裁の道具!

なんで、こんな邪悪なやつらに騙されるなつーの。。

南京虐殺なんか捏造だよ!ちょっと調べりゃすぐにわかるだろ!!

http://www.history.gr.jp/nanking/

>>強制連行も南京大虐殺も史実なのに

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/02/05 20:21 投稿番号: [7178 / 29399]
>上海から南京へ駆け上がる進軍中、沿道の村々を襲い、略奪、暴行、虐殺を行っています。

証拠(資料)は?

日本軍による南京市民虐殺を目撃したと主張する当時ニューヨーク・タイムズ記者ダーティンは、小森義久のインタビューで以下のように言っているようですが。

>――上海から南京近郊に到達するまでの過程で日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという話しは当時あったのですか。

  「いや、それはありませんでした。中国軍は日本軍に正面から戦いを挑まず、撤退していたし、地元の住民もみな避難していたからでしょう。
  私は当時、虐殺に類することはなにも目撃しなかったし、聞いたこともありません。虐殺は日本軍が南京を占領してからなのです」
 
  ダーティン氏のこの言葉は「上海から南京までの間で日本軍による大規模な殺害や略奪があった」という一部の説とはくいちがっている。
http://www.history.gr.jp/nanking/dathin.html
 
>   ――どうしてですか。
 
  「日本軍は上海周辺など他の戦闘ではその種の虐殺などまるでしていなかったからです。
  上海付近では日本軍の戦いを何度もみたけれども、民間人をやたらに殺すということはなかった。
  漢口市内では日本軍は中国人を処刑したが、それでも規模はごく小さかった。
  南京はそれまでの日本軍の行動パターンとは違っていたのです。南京市民にとっても、それはまったく予期せぬ事態でした」

http://www.history.gr.jp/nanking/dathin.html

>>。。。

投稿者: chiyandan2004 投稿日時: 2005/02/05 01:11 投稿番号: [7177 / 29399]
すげえまずかった。。。

アジアにおける大東亜戦争

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 23:39 投稿番号: [7176 / 29399]
日本の為に、また、アジアの為に
戦った下さった英霊たちよ・・安らかに・・・。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A03.html

★国旗をクリックして下さい

dorawasabi5001さん

投稿者: ilovejapan20031102 投稿日時: 2005/02/04 21:54 投稿番号: [7175 / 29399]
どうしたんですか?

どうぞご説明を

克明に映像に記録されている南京の様子

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 20:51 投稿番号: [7174 / 29399]
東宝文化映画部作品
戦線後方記録映画「南京」。

南京大虐殺が有ったとされる期間、南京陥落の翌日の昭和12(1937)年14日の昼から翌年の1月上旬に至るまでの間、南京城内外周辺を克明に撮影した記録映画が存在します。
  それが東宝文化映画部製作「南京」です。


http://www.history.gr.jp/nanking/video.html

証拠として通用せず 

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 20:31 投稿番号: [7173 / 29399]
「南京大虐殺」流布写真143枚、証拠として通用せず   東中野・亜大教授検証

明らかな合成/日本兵と違う軍服
  「南京大虐殺」の証拠として流布する写真の検証作業を続けていた東中野修道・亜細亜大学教授は三十一日、都内で会見し、証拠写真として入手しうる百四十三枚のうち、証拠として通用するものは一枚もなかったとする検証結果を発表した。
  東中野教授は「大虐殺」に触れた著作物を可能な限り収集、そこに掲載されていた約三万五千点の写真の中から「大虐殺」の証拠とされるものを抽出して検証した。「虐殺の有無を検証しようとしたのではなく、虐殺の証拠に使われている写真が、証拠として通用するものかどうかを検証した。そこを理解してほしい」と東中野教授。
  検証の結果、今日流布する証拠写真の多くは、昭和十二年十二月の南京攻略戦から七カ月後に出版された「日寇暴行実録」(国民政府軍事委員会政治部編)と「外人目撃中の日軍暴行」(ティンパーリー編)の二冊を源流としていたことが明らかになった。
  この二冊に掲載された七十枚は、いつ、どこで、だれが撮ったものか不明なものが大半であり、細部を詰めてゆくと、明らかに合成と分かるもの▽軍服が日本兵のものでないもの▽初夏に撮られたとみられるもの−が多数あった。さらには、日本の写真雑誌に掲載された写真のキャプションを改竄(かいざん)して掲載した例も。
  東中野教授によれば、こうした写真が「大虐殺」の証拠として検証されることなく次々に使用されていったという。典型的な例は、昭和十二年十二月五日発行の「朝日版支那事変画報」の裏表紙に掲載された、代価を払って鶏を買った兵士の写真。「日本軍の行くところ略奪されて鶏も犬もいなくなった」とキャプションを改竄されて「日寇暴行実録」に掲載され、さらに朝日新聞記者だった本多勝一氏の著作に「ヤギや鶏などの家畜は、すべて戦利品として略奪された」という説明をつけて掲載された。
  「源流の二冊は、反日プロパガンダとして作成されたもの。そこに掲載された写真を検証なしで流布したマスコミの責任は極めて重い」と東中野教授は話している。
  検証をまとめた「南京事件『証拠写真』を検証する」は、草思社から二月三日に刊行される。
      ◇
  「南京大虐殺」   昭和12年12月に南京を占領した日本軍が起こしたとされる虐殺・略奪事件。中国側は犠牲者を30万−40万人と主張するが、日本側には虐殺はなかったという意見もある。その真相をめぐって現在も論争が続く。
(産経新聞) - 2月1日2時57分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050201-00000021-san-soci

南京大虐殺・・・。

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 20:25 投稿番号: [7172 / 29399]
どうして日本軍が中国の首都の南京を攻めたのですか?。

中国軍が上海で戦争をしかけて、日本と戦争になったからです。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A06.html

こんばんは。史料です・・・。

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 20:18 投稿番号: [7171 / 29399]
大虐殺派のウソ写真と証言

★(悲惨な写真ですので、自己責任でご覧下さい。責任は負えません)

http://www.history.gr.jp/nanking/lie.html

タイムマシーンがあれば一目瞭然ですが・・・。

>南京陥落後に撮影された風景とヒロシ

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/04 18:17 投稿番号: [7170 / 29399]
”ヒロシです”
南京の写真はすべてねつ造されたものじゃなかっとですか?

”ヒロシです”
シナ人と日本人は戦争していたのじゃナカトですか。

”ヒロシです”
何か物をもらうと、よかとです。

おいちゃん、偉そうに^^

投稿者: dream180jp 投稿日時: 2005/02/04 11:24 投稿番号: [7169 / 29399]
お前が戦争判ってんのか(爆)、お前の言い分だと、今度は「上海〜南京大虐殺」かい(嘲)何処まで広げるんだ。まるで乞食中国の代弁者じゃないか、証拠写真も捏造と鑑定され、昨今圧倒的に「虐殺」に疑問を持つ人が増えてきた。お前のレスには具体的な根拠が何も無い・・頑張れよ!!呆痴国家・・大中国の為に(笑)

資料の一つとしてどうぞ・・・。

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 11:20 投稿番号: [7168 / 29399]
あなたは在日韓国・朝鮮人の真実を
どこまでご存知ですか?

http://posting.hp.infoseek.co.jp/#label1

南京陥落後に撮影された風景

投稿者: sakurasaku787878 投稿日時: 2005/02/04 10:41 投稿番号: [7167 / 29399]
昭和12(1937)年12月13日、南京事件が起きたとされる時期である陥落以降に撮影された写真ばかりを集めました。
  陥落当時には120名をこえる報道陣が南京に滞在していました。(外国人記者達を含めて)
  彼らの多くは戦争が終わり、南京が平和に復興する様子を写真などによって撮影、記録しています。
  日本兵と中国人との心温まる交流も多数記録されているのです。


http://www.history.gr.jp/nanking/fukei.html

>強制連行も南京大虐殺も史実なのに

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/04 06:56 投稿番号: [7166 / 29399]
>南京城区で6週間という人もいれば、上海から南京特別市の範囲で2ヶ月と言ってる人もいます。


どちらも正解です。

上海から南京へ駆け上がる進軍中、沿道の村々を襲い、略奪、暴行、虐殺を行っています。

ほとんどの認めたくない輩は、南京城内だけを特定し、虐殺は無かったと都合良く解釈していますが、南京城外での虐殺が頻繁に行われていました。

当時   20万にしか居なかったということも南京城内に限ってのことでしょう。
この人数にしても確証が在るわけでもありません。

当時   南京特別市には近郊を含め150万人の人口を抱える都市を形成しており、日本政府の「宣戦布告も警告も無し」、いきなりの空爆により、富裕階層からの南京脱出が始まりその数ヶ月後には上海派遣軍の侵略が始まったのです。

その人口動勢を誰が調査し、人口20万人となったのか?疑問の残る問題です。
上海派遣軍も、上海制圧した段階で日本に帰る予定で、招集された兵士(予備役、後備役の兵士)は突然、南京攻略へ向けて、作戦変更を強いられたのです。
食料など持ち合わせなど在るわけ無いですよ。

食料は「現地調達主義」と言うことです。
日本軍は南京に限らず、戦場、戦地においては「食料は現地調達」を通達しております。
ですから、電撃進軍、攻撃が可能ということでした。

貴方のように「ここからは虐殺、ここからは通常の戦闘」などと分けること自体が戦争を解っていないと言うことでしょう。

虐殺の事実を認めたく無いと言うことでしょうね。

>無かったと言い張る輩は哀れ。

投稿者: ilovejapan20031102 投稿日時: 2005/02/03 23:56 投稿番号: [7165 / 29399]
まだこんなのがいるんだ!

ほんじゃその史実とやらの証明は?

以前にも数人に同じ質問したんだけど

誰も答えてくれないんであなたにお願いしちゃっていいかな♪

よろしくね

>。。。

投稿者: ilovejapan20031102 投稿日時: 2005/02/03 23:52 投稿番号: [7164 / 29399]
食ってみてよ♪

おいしいんでしょ?

>強制連行も南京大虐殺も史実なのに

投稿者: tnkhss 投稿日時: 2005/02/03 23:41 投稿番号: [7163 / 29399]
南京大虐殺についてお尋ねします。
史実では、区域や期間はどうなっていますか?

南京城区で6週間という人もいれば、上海から南京特別市の範囲で2ヶ月と言ってる人もいます。

どちらかが間違っているか嘘を言ってる、または両方間違っていることになります。

。。。

投稿者: chiyandan2004 投稿日時: 2005/02/03 18:09 投稿番号: [7162 / 29399]
おもろいこといってるな〜
食ってやるか?

南京虐殺などは中国赤軍の責任転嫁

投稿者: mina_minasts 投稿日時: 2005/02/03 14:09 投稿番号: [7161 / 29399]
一般人の虐殺は南京とは言わず重慶などでもあった。
ただし、その死者の大半は毛沢東率いる中国赤軍に因るものだ。
確かに、日本軍もそれなりの人数を殺しているだろうが、
それらは中国赤軍による蒋介石率いる国民党支持勢力に対する『計画的な虐殺』に比較すると桁違いに少ない。
当時、南京〜武漢〜重慶ルートなど都市部及びそれらに至る経路は国民党が貴重な国宝の避難ルートに使うくらい国民党の勢力が強くかった。
劣勢だった毛沢東率いる中国赤軍が脅迫や洗脳で農村部を手中にした後、
これらの地域で国民党の勢力の殲滅の為に『計画的な虐殺』を行った。
戦後、覇権を握った中国赤軍は過去の大罪を隠蔽すると共に、残った国民党支持勢力を一掃する為に二つの事を行った。
大罪の隠蔽は規模が大きすぎるので隠蔽しきれないので総てを日本軍に転嫁すること。
日本は敗戦国で占領されていたので反論も出来ない状況だった。
国民党支持勢力に対しては『文化大革命』を口実に餓死させて殲滅した。

似たような、同じような事は金日成の北朝鮮やポル・ポトのカンボジアでも行われてきたし、ベトナムでも行われ、
現在ネパールで中国の息の掛かった勢力が平和だったネパール国内で民間人襲撃、虐殺を行っている。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)