南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実
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Re: 快楽としての戦争2
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 18:46 投稿番号: [23997 / 29399]
右向け右で左を向く兵隊は、除隊して貰わないと。
世界共通だよね。
これは メッセージ 23995 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 18:45 投稿番号: [23996 / 29399]
軍隊が狂気ではなく、君が狂気なんだよ。
良く考えなさい。
これは メッセージ 23990 (anthony_749 さん)への返信です.
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快楽としての戦争2
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/11 18:41 投稿番号: [23995 / 29399]
http://d.hatena.ne.jp/amadamu/20080903/1220396109
戦争には、じつは愉楽もあった。かつて日中戦争に出征し、詩人でもある
井上俊夫が、この書に一老兵として語り出すのは、その愉楽である。
「頭ァ、右ィ!」という中隊長の号令一下、「われら年若き兵士が一斉に注目する
光輝ある軍旗の遙か彼方に、白馬にまたがった大元帥陛下の幻影がおわしまし、
われらは生きて再び内地の土は踏むまいと誓い合ったのだった。ああ、あの時の
オルガスムスに似た陶酔感」。だからこそ、敗戦後の昭和天皇の言動は赦しがた
い裏切りとなる。
本書冒頭の散文詩とも言うべき「日中戦争で戦死した大阪生まれの英霊の声」
では、二十一歳で出血多量で戦死した英霊が、臨終の床で老いた天皇がおびただ
しい輸血を続けながら延命しているさまを「まことにあさましい限りでおます」
と、大阪弁でつぶやく。靖国神社に祀られた二百三十三万九千九百六十柱一同は、
「頭ァ、右ィ!」の大号令の下「一斉に天皇をお恨み申上げたのでおます」と告白し、
死後もなお軍務から解き放たれない苦痛を訴える。肺腑を突く「天皇の戦争責任論」
「靖国神社批判」だ。
かつて軍服を着せられ、小銃・弾薬・帯剣をもたされ、輸送船で戦場に向う兵士
たちは、高揚感につつまれていた。制服は人間を画一化するけれども、一方
「何か目に見えない大きなもの(それは大日本帝国とか日本陸軍といったものかも
しれない)に、しっかと抱きとめられているような安堵感」があり、異国のどんな
場所にいってもこわくないと感ずるようになるという。軍服や武器は別個の人格を
醸成し、「俺は強いオトコに変身できた」という異常なまでの自負心がわき上がって
来る。そして、口伝えに囁かれた「毛色の違った女が抱ける」期待に胸をはずませる。
初年兵訓練の総仕上げには、夜中にたたき起こされ、「ワタシ、コロス、イケナイ!」
と片言の日本語で叫ぶ中国人捕虜を、銃剣で突くよう総勢二十三名に命令が下る。
このとき若き初年兵井上俊夫は、えらいことになった、自分も人殺しをやらなければ
ならないと思いつつ「しかし、これも俺が男らしい男になるための試練」だ、こんな
経験を積む機会はめったにない、と信じて突進するのである。
収容所から随時払い下げられ配給された中国人捕虜を使って、初年兵教育の仕上げ
には刺殺訓練が、見習士官には軍刀による斬首訓練が、組織的に行われ、上官将校の
なかにはその惨殺場面に性的な愉楽を覚える者さえいた。「怖ろしいことだが、兵士は
一度残虐行為がもたらす愉楽を覚えてしまうと、もう病みつきになり何度でもやりたく
なってくるのだ。殺人だけではない、略奪然り、放火然り、強姦然りである」。
しかも、彼らは徹頭徹尾「日本人として善良な市民」であった。井上俊夫は、戦場で
狂気に陥ったなどという解釈を、全面的に否定する。それが証拠に、上官に殺傷などの
暴行に及んだ者はほとんどいなかった。軍規はしっかり守られたのである。
これは メッセージ 23991 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 快楽としての戦争
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 18:33 投稿番号: [23994 / 29399]
軍律厳しい中なれど
軍歌にもあるように
これは メッセージ 23991 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 快楽としての戦争
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 18:33 投稿番号: [23993 / 29399]
銃殺した人は、殺人犯です、中国に自首しましょうね。
中国には時効はないようだから。
支那の女と何かをしたというのは、出鱈目だね。
売春婦となら色々あっただろうが。
巡察中に女と遊ぶなど、重営倉ものだからね、馬鹿が出鱈目を言っているだけ。
これは メッセージ 23991 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 18:29 投稿番号: [23992 / 29399]
醜業婦として自分意思でなったんだから、お給金も良かったしね、少しの苦労など、直ぐ忘れるよ。
当時の大臣よりの年俸が多いんだから。
之が売春婦の魅力だね、みんながなりたがるから、規制をした。
これは メッセージ 23990 (anthony_749 さん)への返信です.
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快楽としての戦争
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/11 18:15 投稿番号: [23991 / 29399]
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1324.html
《敵兵捕獲しては穴を掘って銃殺する事何人と数えきれない程です。……戦火の合間には
町、或は民家へ巡視警備に出動致し、食料の徴発其の他支那人の女美人とも接し本当に
楽しい事も有りました。本当に支那の婦女は美しいです。素敵!尚まだ色々と有りますが
此の位にして置きます》
書いたのは昭和12年8月に中国に出征した元陸軍兵長。大正2(1913)年生まれだから、
戦記発刊時は71歳である。その老人が半世紀近い昔を振り返り、思わず「素敵!」と
身をよじらせるほどの快楽が日中戦争にはあった。紛れもなくこの文はそう告げている。
戦争は悲惨だ。だから絶対してはならないと人は言う。だが、もし戦争が悲惨なだけなら、
とうの昔に世界から戦争などなくなっているはずだ。アウシュビッツやヒロシマ、ナガサキ
という究極の悲惨を経験してもなお、人間が戦争を続けているのは、戦争が我々を陶然と
させてやまない快楽の要素をも併せ持っているからではないか。
思えば南京戦参加兵士の聞き取りを続ける大阪の松岡環さん(60)も「楽しかった
というおじいさんは結構いますよ。つらかったのと楽しかったのと五分五分やなあって」
と言っていた。92歳になる福岡の元戦車隊員も、「面白いことありましたか」との問いに、
「ありましたなあ。当時は口にしてはいけないこととか。食料徴発に行って姑娘(クーニャン)
を追いかけたり……」と、含み笑いをしながら語っていた。
戦争の悲惨さを強調する反戦は、悲惨さを実感できる体験者が厚く社会に存在する間は
有効だろう。だが体験者の多くが世を去り、悲惨さの実感が社会から薄れた今、悲惨さだけに
寄りかかった反戦の訴えはもう、人々の胸に響かなくなりつつあるのではないか。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/11/11 17:29 投稿番号: [23990 / 29399]
>兵隊には天国だったんだろうね
そのとおり。
慰安所がいかに悲惨な状態にあろうとも兵隊には「天国」だったのかもしれない。
一般に兵隊は「残忍」なほど優れているといわれる。敵国人に情けをかけるような兵隊は兵隊として役立たずで失格だからね。
そのため「軍隊」は人間性を徹底的に破壊するところからその「教育」は始まる。人間を戦う機械、悪魔にするために。
では、なぜ人間は誰でも悪魔になれるのか?
精神分析学的にみれば、すべての人間の無意識の中には「リビドー」という快楽を求める悪魔的な部分が存在するからだ。
そしてその欲望的な「リビドー」をコントロールしているのが「超自我」という心の働きで、それは遺伝と環境に左右される「道徳」「理性」「慈愛」的な部分だ。
こうした「リビドー」と「超自我」という二律背反的な心の部分を、葛藤のうちに社会的適応を目指して自分の内界と外界のバランスをとっているのが人間の「自我」なんだね。
そのバランスを人為的に壊して「理性」を喪失させ人間を戦う機械にするのが「軍隊」というところなんだよ。
だから現代の価値観からみたら想像もできないような従軍慰安婦強制連行などという悲惨なできごとも起きたんだね。
そういう「軍隊」の狂気を現代人はもっと想像力を持ってみる必用がある。
いいね、ニャンコ。
これは メッセージ 23987 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 16:51 投稿番号: [23989 / 29399]
これは メッセージ 23988 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/11/11 15:56 投稿番号: [23988 / 29399]
>兵隊には天国だったんだろうね
蒋介石軍は台湾へ逃亡して、軍中楽園というのを各地に作った。軍中楽園か、なるほど。
これは メッセージ 23987 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 11:41 投稿番号: [23987 / 29399]
兵隊には天国だったんだろうね
君が男なら分かるんじゃないかい
これは メッセージ 23985 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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Re: 慰安所はまさに地獄の場所だった・・
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 06:22 投稿番号: [23986 / 29399]
慰安所と同じく郭でも同じ事だよ。
だから給金の額が良いんだよ、当時の大将の年俸の倍あるんだからね。
これは メッセージ 23985 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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Re: 慰安婦のタイプ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/08 07:13 投稿番号: [23984 / 29399]
資料はハードディスクの中で105ギガバイト程度在るようだね。
ページ数に換算するのは君に任せるよ。
これは メッセージ 23974 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 玉砕という美名に隠された真実①
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/08 07:08 投稿番号: [23983 / 29399]
君の脳味噌は単純でいいね、臆病風に吹かれて生きて帰ったもののことだよ。
然し、欧米でも仲間を自分の身を案じ救助せず、見殺しにしたことで、軍法会議にかけられたこともあったよね。
要は、投降しても良し、投降せずとも良し、全力を尽くすことが兵隊には求められているんだよね、命をかけて。
結果死ぬかも知れないし、生き残るかも知れないが、臆病風に吹かれて、戦闘を放棄したものには、非国民の誹りを避けることは出来ないよね、世界共通。
これは メッセージ 23973 (anthony_749 さん)への返信です.
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識⑤
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/08 02:32 投稿番号: [23982 / 29399]
デマ・捏造・嘘まみれの「慰安婦」問題
従軍慰安婦の正体は自分の意思で売春婦になったか、ブローカーなどの朝鮮人に騙されて 売られた人達です、慰安婦の斡旋は朝鮮人業者の、商売でもあったからです。
多くの元朝鮮人慰安婦達が、日本軍によって強制連行でないと証言してる。
1.中国に連行された、洪江林は「近所のおばさんに誘われて、奉天の売春宿に入った」
2.洪愛珍は「見習いを経て14歳の時に朝鮮人に騙されて、上海の売春宿に入った」
3.河君子は「1944年、17歳の時に朝鮮人の2人に慰問団と騙されて漢口の売春宿に入った」
文玉珠の証言「顔見知りの朝鮮..人に騙された」
結局、韓国側調査で信憑性があるとされた証言のうち、従軍慰安婦として強制連行されたと認められたものは、ひとつもない、
というのが実態である。
金学順とはこんな人です。
平成3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦
戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦の
うち、一人が」名乗り出たと報じた。
しかし、この女性、金学順は、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、8月14日の記者会見で自ら語っている。
ある韓国紙はそれを次のように報じた。
>生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番に売られていった。
三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった
>「ハンギョレ新聞」'91年8月15日付
当時、内地でもよくあった気の毒な「身売り」の話なのである。
国家による組織的な強制連行とは関係ない。
続いて、4〜5千万円相当の貯金をしたという文玉珠さんの証言。
米軍がレポートした慰安婦の実態も合わせてお読み下さい。
一年後の証言、
「日本と朝鮮の憲兵、刑事に強制連行された」
「しかし、一年後に脱走して帰郷した」
「その後、食堂で働けば金になると騙されて再び慰安婦になった」
また、文玉珠は、自分の不注意で失効した郵便貯金の返還要求し裁判を起こし、その中で1943年 から1945年までの3年足らずで売春業で26,145円を貯金した、現在の貨幣価値で8千万円くらいです。陸軍大将の年収が6,600円の時代に、日本軍の性奴隷が陸軍大将より稼いでいる、どこが性奴隷 なのでしょうか。
「ナヌムの家」の元慰安婦は、生活の糧を得るために「慰安婦芸」を披露して日本を呪うです。
また、「水曜集会」に積極的に参加して、可哀想なお婆さんへの寄付を各地で求め、被害者を 自称し多額の寄付金を得て利権にしている。
「水曜集会」などで騒いでいる元慰安婦は偽者であると、軍事評論家の池萬元に指摘されている。
嘘で塗り重ねて、個人の理由で売春婦になったのに、日本の責任して日本人の心を傷つけても おかまいなしです。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23982.html
◆「慰安婦」問題に関する正しい認識④
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/08 02:31 投稿番号: [23981 / 29399]
●強制連行された慰安婦はいたか?(日本側の調査)
当時、内閣官房副長官だった石原信雄氏は、次のように明らかにしている。強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したがそれもどうしても証言がなかった。納得できる証拠、証言はなかったが(今に至るも発見されていない)「彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しい」という韓国側の強い要請に応えて、河野洋平氏が強制的という言葉を使ってしまったというわけです。もう少し補足しますと、この問題の初期の段階では韓国政府は、この問題をあまり問題にしたくないような雰囲気を感じたんですけれども、日本側のいま申した人物がとにかくこの問題を掘り起こして大きくするという行動を現地へいってやりましてそしてこれに呼応する形で国会で質問を行うと。連携プレーのようなことがあって、韓国政府としてもそう言われちゃうと放っておけないという、そういう状況があったことは事実です。
●強制連行された慰安婦はいたか?(韓国側の調査)
韓国で慰安婦問題の取組みの中心となっている「挺身隊問題対策協議会」は、元慰安婦として登録された55名のうち、連絡可能な40余名に聞き取りをした。論理的に話が合うか、など、検証をしつつ、その中から信頼度の高い19人を選んで、証言集を出版した。今まで何らかの機会に、強制連行されたと主張しているのは9人だが、信憑性があるとしてこの証言集に含められたのは、4人のみ。さらにそのうちの二人は富山、釜山と戦地ではない所で慰安婦にされたと主張していて、「従軍慰安婦」ではあり得ない。残る2人が、金学順さんと、冒頭の4〜5千万円相当の貯金をしたという文玉珠さんなのだが、この証言集では、強制連行されたとは述べていない。結局、韓国側調査で信憑性があるとされた証言のうち、従軍慰安婦として強制連行されたと認められたものは、ひとつもない、というのが実態である。
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識③
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/08 02:30 投稿番号: [23980 / 29399]
韓国人女性、呉善花氏の証言
従軍慰安婦という言葉は最近になって出てきたものです。慰安婦がいたことは事実ですが、強制的に戦地へ連れて行くことなどは絶対にあり得ません。朝鮮も同じ国内でしたから、法治国家として司法の三審制度もあり、無法地帯ではありませんでした。もちろん、警察権力もしっかりしていました。そういう法治主義システムの網をかいくぐって、婦女子を強制的に連れて行くことなど、当時の朝鮮ではとうていできることではありませんでした。
私は韓国で生まれて二十六歳まで韓国で生活していた間、村の女を軍や総督府の官憲が 強制的に連行したといった話はいっさい耳にしたことがありません。
また、私が『生活者の日本統治時代』で、インタビューした植民地世代の韓国人の誰一人として、 そのような光景を見たことも聞いたこともないといっていますにもかかわらず、最近になってそうした話が出るなんて、まったくおかしなことだというしかありません。日本の左翼活動家が反日民族主義の活動家に入れ知恵して以来、 「そういうことがあったらしい」「そういうことがあったに違いない」「そういうことが事実あった」 というようにエスカレートしていったことは明らかです。こうして「従軍慰安婦」問題は、女子挺身他(女性の徴用者たち)と意図的に混同させられ、 大量の女たちが「従軍慰安婦」させられた、強制連行でそうさせられた、という物語がつくられ、 それがあたかも真実であるかのように韓国国内で信じられるまでになってしまったのです。
「台湾人と日本精神」
蔡焜燦(台湾人)著
より
引き揚げ者の中には、海南島から日本兵と共に引き揚げてきた二十名ほどの台湾人慰安婦の姿もあった。彼女達は我々と同じキャンプに収容されて台湾への帰国を待っていた。彼女らは口々に、「海南島は儲かるし、それよりも兵隊さんが喜んでくれたんです」と語っていた。そうした生の声には、日本で騒がれるような強制連行の(悲劇)などは存在しなかったことを、私のこの耳がしっかり聞いている。(略)1999年、8月号の「正論」に掲載された許文龍氏(実業家であり、李登輝総統の国策顧問)の記事も、まさしくそんな氏の客観的な歴史観と実行力の賜物だったと言っていいだろう。日本でくすぶり続ける慰安婦の「強制連行」なる問題に首を傾げた許氏は、戦時中に慰安婦だった女性を集めてその事実を明らかにしたのである。もちろん結果は、日本の一部のマスコミや学識者がヒステリックに訴えるような「強制連行」なる事実は存在しなかった。
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識②
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/08 02:30 投稿番号: [23979 / 29399]
●1989年大分市の青柳敦子氏と在日朝鮮人の宋斗会氏という二人の反日運動家が「慰安婦に日本国家が謝罪と補償をする運動」を起こしました。そして原告を100人と被害者を募集しはじめたわけです。
●1990年韓国梨花大学教授尹貞玉氏は吉田証言を事実と信じ込み、挺身隊と慰安婦を同一視しました。そして日本兵29人に対し、慰安婦1人(ニクイチ)のごろ合わせを用いて、慰安婦の数は朝鮮人だけで17万人から20万人いたと換算しています。大学教授であっても反日とか反体制とかいうイデオロギーに捕らわれると巧みなこじつけをするのは、韓国でも日本でも同じです。
●1991年4月にはソウルの日本大使館が尹氏を呼び、「強制連行の証拠はない」と伝えて韓国挺身隊協議会からの六項目の要求を拒否しました。その六項目とは下記です。
①強制連行を認める
②公式謝罪する
③蛮行の全てを自ら明らかにする
④慰霊碑を建てる
⑤補償をする
⑥歴史教育で語り続ける
●1991年から朝日新聞は従軍慰安婦強制連行に関する一大キャンペーンを開始しました。初めの証言者となった金学順という朝鮮人慰安婦は日本軍に強制連行されたと報ぜられましたが、本人が日本に来て証言したところによれば、14歳の時、家が貧しかったのでキーセンハウスに売られ、17歳になったとき、キーセンハウスの経営者である義父に日本軍の慰安所につれて行かれたことが分かりました。しかし朝日新聞はこれについての訂正記事を出していません。まだ前出の吉田清治の嘘の証言も真実として報道しました。更に宮澤首相訪韓の時に合わせて「挺身隊の名で連行された慰安婦の数は8万人とも20万人とも言われる」という嘘の解説を載せました。その結果、1992年1月宮澤首相は韓国でこの件について謝罪せざるを得ないようになりました。また、その後も河野官房長官談話でこれを追認した形になりました。この二人の日本高官の行った軽率な謝罪が国連に対するクマラワスワミ女史(スリランカ)の「日本軍性的奴隷問題に関する報告書」の中で、日本政府がその犯罪を認めたとされることになったのです。
●1992年1月14日、韓国ではマスコミが一斉に「小学生までが慰安婦にさせられた!」というショッキングなニューズを流しました。ところがこれがまた大言誤報で、真相は女子児童が挺身隊として勤労動員されたというだけの話だったのです。つまり挺身隊=慰安婦というデマを信じたマスコミの判断であったのです。
●1992年11月中央大学教授吉見義明編「従軍慰安婦資料集」が刊行されましたが、その中に「強制連行」を示す資料は一つもありませんでした。その本の解説の中で吉見教授は「一般には、強制連行というと人狩りの場合しか想定しない日本人が多いが、これは狭義の強制連行であり、詐欺などを含む広義の強制連行の問題をも深刻に考えてしかるべきであろう」と述べています。この人はこれまで「強制連行はあった」と論じてきたのに、色々調べていった末、それを裏付ける資料がないことが分かると論点をすり換えて「広義の強制連行」を考えるべきだなどと言い始めました。また「政府が資料を隠しているのかもしれないから、それが出てきたら事情が変わってくる」と暗示しているのも学者らしい狡さを見せつけられます。
●1997年1月3日の「朝まで生テレビ」に出演した吉見義明教授は、「植民地での奴隷狩り的強制連行は確認されていない」ことと、および「挺身隊が慰安婦にさせられた例も確認されていない」ことを認めました。これは日本政府の5年前に調査した公式発表と一致するものです。
従って、従軍慰安婦強制連行問題は、議論が出つくして、調査もしつくして決着していると言わねばなりません。
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識①
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/08 02:29 投稿番号: [23978 / 29399]
●日本ではじめて「従軍慰安婦」を戦争犯罪として世に広めたのが、千田夏光著「従軍慰安婦」(1973年)および「続・従軍慰安婦」(1974年)です。
この本では、千田氏が「挺身隊」として動員された朝鮮人女性20万人のうち、5〜7万人が慰安婦にさせられたと書いています。しかし「挺身隊」とは軍需工場などへ勤労動員された者のことで「慰安婦」とは全く別のものです。
また、挺身隊員で慰安婦になれと強制された例は一つも確認されていません。これは朝鮮の反日運動家が「挺身隊で連れて行かれる者は慰安婦にさせられる」というデマを流したのを、千田氏がろくに検証もせずに書いてしまったようです。
●次に発行されたインチキ本は「私の戦争犯罪−朝鮮人連行−」吉田清治著(1983年)です。この本で吉田氏は韓国済州島で慰安婦にするための女性狩りを度々行ったと告白した上、日本・韓国およびアメリカなどで謝罪講演をして廻りました。
しかし、千葉大学教授の秦郁彦氏が済州島に行って実際に調査したところ、吉田氏が慰安婦にするための女性を1000人近く徴用したとう事実はないことが判明しました。
それに現地の新聞がすでに「吉田証言に該当する事実はない」と報道していたのです。
韓国政府も国際人権委員会も吉田証言を引用して報告書を書いていますが、それは日本の朝日新聞が吉田証言をとりあげて、これを権威付けたからです。
しかし、今日では、吉田証言は全くの嘘であることが証明されて、本人もフィクション(作り話)であることを認めています。
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Re: 中国では、人食いが美談ですから
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/11/08 00:21 投稿番号: [23977 / 29399]
中国にとって不都合な歴史を語ることは禁止すべきであるが、
日本にとって不都合であれば、虚偽でも・捏造でも何でも許されると、クルクルパーが喚いていますね。
「歴史的な事実を率直に語ることが、日中友好への近道である」、なんでしょ、、、、笑い
世界四大文明発祥の地、中国・漢人の食文化・伝統に「人食い」がありますが、遣唐使として渡った日本人の多くが、人食いを目にしたであろう。だから突然、遣唐使が取りやめになったのでしょう。でなければ、文明先進国への交流を突然に中止しません。
三国志の劉備の逸話等など有名ですが、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけですから、最近まで、中国全土の料理店や庶民の食卓に人肉饅頭や人肉シューマイが並んでいた。
文部省推薦の優良図書???の水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。
このように中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。
中国人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。
中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことが東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
人肉の値段も子供・女・男の順で安くなるそうです。中国人は人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されていますが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
この中国四千年の人食い文化・伝統から考えれば、当時南京市内に残った中国人同士が共食いして数万人・数十万人が中国人の胃袋に入ったと考えるべき南京事件です。
本当に
中国人同士の共食い人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も
馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
今も昔も、日本人は中国を異常に美化し、今も学者、坊主、マスコミ、大企業等が当人の飯のタネだからという理由で精力的に美化し続け、人食いを隠蔽し続けています。
例えば魯迅の狂人日記、
中国文学の専門家・学者は、比喩であるとして寝ぼけた・虚偽の解説します。ここから学者を曲学阿世と呼ぶ慣わしとなったでしょう。
しかしながら、中国・漢人の人食いが漢人のDNAであるとすると、人食人種が住む国に旅行したいと考える日本人は今も昔もいないことから、長い目で見て今の中国ブームは、昔の遣唐使と同じ・麻疹と同じで下火になるのでしょう。
これは メッセージ 23965 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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ニャンコの腰巾着♪
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/11/07 22:50 投稿番号: [23975 / 29399]
相変わらずしつこいな〜w
まるで「猫の威を借る狐」だね♪
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Re: 慰安婦のタイプ
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/11/07 22:22 投稿番号: [23974 / 29399]
>戦時中の書類を破棄したと言うが、どの国でも行っているんじゃないかね、それでも日本には一千万頁もの資料が残っているんだよ。
すごいね〜。
で、ニャンコは一千万頁もの資料のうち、何ページ読んだの?
これは メッセージ 23954 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 玉砕という美名に隠された真実①
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/11/07 22:15 投稿番号: [23973 / 29399]
>生きて帰れば非国民とか、意気地無しとか言われるのも各国共通で、例外はない。
は?
玉砕命令が下ったニューブリテン島から、片腕を失いながらも命からがら逃げ帰った水木しげる先生は「非国民」なのかい?
これは メッセージ 23958 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: anthony_749さん
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/11/07 22:10 投稿番号: [23972 / 29399]
>1週間ほど前に返信があったのですね。
気づかなくて申し訳なかったです。
いえいえ、ありがとうございました。(^_^)
これは メッセージ 23962 (gatsdapoo さん)への返信です.
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照査したり確証を得るをしないanthony
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/11/07 22:08 投稿番号: [23971 / 29399]
anthonyの結論を導き出すプロセスが、以下の如くであることが伺える投稿だね。
彼が権威を感じる人が残した文言を拾い集め、
それを脳味噌にペタペタ貼って思い廻らせ、
涌いて出てくる観念を捏ね繰り回し、
そうやって無意識のうちに出来上がった捏造話を頑なに信じ込み、
それが衆知の事実だと思い込んで前提とした投稿を録な知識を蓄えないまま繰り返す。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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◆世界も認める 『アジア解放の聖戦』
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/07 21:47 投稿番号: [23970 / 29399]
『大東亜戦争を世界はいかに評価しているか』
仙頭
泰
自存自衛と大東亜の解放を掲げて戦われた日本の戦争はアジアの諸国民や各国の識者からどのように受け止められているのだろうか。これは終戦五十周年を迎え、大東亜戦争の意義を考えてみるために、外国の要人たちの評価を集めたものであり、自虐史観に捕らわれている日本人に訴えているものを見抜き、われわれの指針としたいと思いここに紹介する。
マレーシア・ャー・ダト・ノンチック 元上院議員
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。」
マレーシア・ガザリー・シャフィー 元外務大臣
「日本はどんな悪いこ事をしたと言うのか。大東亜戦争でマレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。日本は敗れたが英軍は再び取り返すことができずマレーシアは独立したのだ。」
インドネシア・モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
インドネシア・アラムシャ 元第3副首相
「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り幾度か屍山血河の闘争を試みたがオランダの狡知なスパイ網と強靱な武力と苛酷な法律によって圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し感謝感激したのは当然である。」
インド・ハビブル ・ラーマン 元インド国民軍大佐
「ビルマ、インドネシア、フィリピンなどの東アジア諸国の植民地支配は一掃され、次々と独立し得たのは日本が育んだ自由への炎によるものであることを特に記さなければならない。」
イギリス・アーノルド・J・トインビー 歴史学者
「第2次大戦において日本人は日本の為というよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々の為に偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は西洋人以外の人類の面前においてアジアとアフリカを支配してきた西洋人が過去200年の間に考えられていたような不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」(1956年10月28日/英紙「オブザーバー」)
アメリカ・ジョージ・S・カナへレ
政治学博士
「日本占領軍がインドネシア民族主義の為に行った種々の仕事の中で最も重要なものの一つは正規軍及び準軍事組織を創設して、それに訓練を与えたことである。このような機会がなかったならば戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。」(「日本軍政とインドネシア独立」)
オランダ・サンティン・アムステルダム市長
現内務大臣
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、その誇りを取り戻すべきであります。」(1985年日本側傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時、行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)
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◆世界連邦の礎石を置いた大東亜戦争
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/07 21:46 投稿番号: [23969 / 29399]
アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)
日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。(中略) (日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。(「魂を失った日本」未央社、57〜65ページ)
ブン・トモ(インドネシア、元情報・宣伝相)
我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。日本が敗北したとき、”これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる”と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。
朱
耀翰 {韓国
元国会議員
ゴーマニズム宣言第六巻p232}
「アメリカ大統領ルーズベルト君、君は口を開けば必ず正義と人道を唱えるが、パリ講和条約の序文に人種差別撤廃文案を挿入しようとしたときこれに反対し削除したのはどこの国だ?黒人と東洋人を差別待遇して同じ席にも着かせずアフリカ大陸で奴隷狩りをしたのはどこの国であったか?しかし君らの悪運はもはや尽きた。一億同胞なかんずく半島の二千四百万は渾然一体となって大東亜聖戦勇士とならんことを誓っている!」
ニミッツ元帥(アメリカ
太平洋艦隊司令長官)
この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。故郷に帰ったら伝えてくれよ。この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!
スリム中将(イギリス第十四軍司令官)
たたかれ、弱められ、疲れても自身を脱出させる目的でなく本来の攻撃の目的を以て、かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、史上にその例を殆ど見ないであろう。(「敗北から勝利へ」)
かくの如き望みのない目的を追求する軍事上の分別を何と考えようとも、この企図を行った日本軍人の最高の勇気と大胆不敵さは疑う余地がない。私は彼等に比肩し得べき如何なる陸軍も知らない。(同書)
蒋介石
ラモウ・騰越を死守しある日本軍人精神は、東洋民族の誇りたるを学び、範として我が国軍の名誉を失墜せざらんことを望む
ベルナール・ミロー(フランス
ジャーナリスト)
これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れ去られてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである。(『神風』)
H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)
「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」
世界連邦の礎石をおいた!
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◆植民地解放の端緒を開いた大東亜戦争
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/07 21:45 投稿番号: [23968 / 29399]
第二次世界大戦後の世界の大きな流れの一つが、世界各地の植民地解放運動である。そのきっかけが日本の大東亜戦争であった。
東南アジアにおける英米仏蘭の植民地は、日本軍の占領によって白人支配から解放され、新国家の建設が始まったのである。日本が負けると、白人は一時的に植民地に戻ってきたものの、もはや過去のように支配を続けていくことはできなかった。
日本の戦いぶりに励まされ、民族意識、国家意識に目覚め、そして日本人によって国家運営の訓練を施されていた諸民族は、もはや白人支配に甘んじることはなかった。かくして東南アジアでは独立戦争が展開され、この新しい時代の潮流は、地球上の植民地に拡散していった。その結果として、敗戦国だけでなく戦勝国だったはずの列強も、次々と植民地を手放さざるを得なくなった。
もちろん大東亜戦争の目的は「東亜の解放」だけではない。しかしアジアから列強勢力を駆逐し、諸民族と共存共栄を図らなければ、日本の国家としての生存権は守り難いとの認識は国民に一般的だった。そこから生まれたのが大東亜共栄圏の構想であり、それを実現するために「東亜の解放」が必要不可欠だと考えられたのだ。
<日本軍によって白人世界帝国が終焉した事実>
・東南アジアの抵抗運動には、白人と提携していた華僑の反抗もあったし、日本の敗色が濃いと見て、イギリス側に寝返ったビルマ軍の例もあった。日本軍を「支配者」というなら、たしかに支配者として君臨していたし、当然のことながら統制も行い、作戦遂行中ゆえ、軍事的にも動員も行った。アジアの防衛戦争を継続中なのだから、独立を与えてすぐさま撤退するなどできるはずがない。
日本人は、実直すぎる民族で、外交が下手である。東南アジアの住民は、歓迎の熱が冷めれば、厳格な日本軍は「嫌な存在」に変わったことは想像に難くない。しかし長く付き合えば無二の友邦にもなったであろう。そもそもわずか3年にも満たない進撃、占領期間で、前記も後期もあるまい。
中国にいたっては、1951年に、「農奴解放」を大義名分に人民解放軍がラサに入り、チベットを軍事占領した。1959年には反中国暴動が発生しているが、いまだに占領は解かれていない。
それに対して日本は、わずか3年足らずの間で、東南アジアの住民に近代国家のあるべき姿を教育し、次々と政府を樹立させていった。
アジア諸国の独立は、やがて連鎖的にアフリカ植民地の独立をも誘発する。日本の植民地解放戦争は、白人世界帝国解体への起爆剤となったのだ。
アメリカのJ・C・レブラ『東南アジアの解放と日本の遺産』
「日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということを、イギリス、オランダは戦後になって思い知ることになる」ー東南アジア全域の独立運動について、日本軍占領期間中に身につけた自信、軍事訓練、政治能力が、西洋植民地支配に対抗する決定力になったことを指摘している。
A・トインビー
「アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間、信じられてきたような不敗の神でないことを、西洋人以外の人種に明らかにした」−日本人が歴史に残した功績である。
パラディ・デサイ博士(インド法曹界の長老)1947(昭和22)年
「インドはまもなく独立する。この独立の機会を与えてくれたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで三十年も早まった。インドだけでなく、ビルマもインドネシアもベトナムも、東亜民族はみな同じである。インド国民はこれを深く心に刻み、日本の復興には惜しみない協力をしょう」
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◆しかし、そこには何かが残った
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/07 21:45 投稿番号: [23967 / 29399]
ルイス・マウントバッテン大将(イギリス軍東南アジア総司令部司令官)
「かつて不敗を誇った日本軍も、半年の死闘に、戎衣も靴もボロボロとなり、ささえるものが不屈の精神力だけだった。
指揮の崩壊と飢餓に追いつめられたとき、前途に横たわるものは生地獄だった。
日本軍はインパールにおいて、また全ビルマにおいて敗れるべくして敗れた。
兵理である。
しかし、そこに何かが残った。」
尚、その「何か」についてマウントバッテン大将は次のように言っている。
「それは史学の権威トインビーが、いみじくも喝破した通りである。
もし、《日本について、神が使命をあたえたものだったら、それは強権わがもの顔の西欧人を、アジアその地位から追いおとすことにあったのだ》]
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◆敵将も讃えた日本軍の栄えある玉砕
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/11/07 21:44 投稿番号: [23966 / 29399]
ニミッツ元帥(アメリカ
太平洋艦隊司令長官)
「この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。
故郷に帰ったら伝えてくれよ。
この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。
その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!」
スリム中将(イギリス第十四軍司令官)
「たたかれ、弱められ、疲れても自身を脱出させる目的でなく本来の攻撃の目的を以て、かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、史上にその例を殆ど見ないであろう」(「敗北から勝利へ」より)
「かくの如き望みのない目的を追求する軍事上の分別を何と考えようとも、この企図を行った日本軍人の最高の勇気と大胆不敵さは疑う余地がない。私は彼等に比肩し得べき如何なる陸軍も知らない。」(同上)
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中国では、人食いが美談ですから
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/11/07 21:33 投稿番号: [23965 / 29399]
中国にとって不都合な歴史を語ることがタブーであって、
日本にとって不都合であれば、虚偽でも・捏造でもよいとする、クルクルパーが喚いていますね。
「歴史的な事実を率直に語ることが、日中友好への近道である」、なんでしょ、、、、笑い
世界四大文明発祥の地、中国・漢人の食文化・伝統に「人食い」がありますが、遣唐使として渡った日本人の多くが、人食いを目にしたであろう。だから突然、遣唐使が取りやめになったのでしょう。
今も昔も、日本人は中国を異常に美化し、今も学者、坊主、マスコミ、大企業等が当人の飯のタネだからという理由で精力的に美化し続け、人食いを隠蔽し続けています。
例えば魯迅の狂人日記、中国文学の専門家・学者は、比喩であるとして寝ぼけた・虚偽の解説しますが事実です。ここから曲学阿世という言葉が一般化したのでしょう。
しかしながら、中国・漢人の人食いが漢人のDNAであるとすると、人食人種が住む国に旅行したいと考える日本人は今も昔もいないことから、長い目で見て今の中国ブームは、昔の遣唐使と同じ・麻疹と同じで下火になるのでしょう。
さらに、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけですから、最近まで、中国全土の料理店や庶民の食卓に人肉饅頭や人肉シューマイが並んでいた。
例えば水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。日本でも有名な劉備の関係でも人食いが美談とされています。
中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。
中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことが東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
人肉の値段も子供・女・男の順で安くなるそうです。丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出しますが、人間を「両脚羊」と中国人が呼んでもいました。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されている訳ですが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
この中国4000年の人食い文化・伝統から考えれば、当時南京市内に残った中国人同士が共食いして数万人・数十万人が中国人の胃袋に入ったと考えるべき南京事件です。
本当に
中国人同士の共食い人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も
馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
これは メッセージ 23960 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23965.html
Re: 中国では、人食いが美談ですから
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2010/11/07 21:09 投稿番号: [23964 / 29399]
シナ人て、ゴロツキ国家でしょ〜。
真実を捻じ曲げているシナ人は、世界で嫌われて当たり前!
これは メッセージ 23961 (yangyuanyue1668 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23964.html
Re: 玉砕という美名に隠された真実①
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/07 21:03 投稿番号: [23963 / 29399]
硫黄島を占領して帰還した、馬鹿でも英雄だよ、脳無し君。
これは メッセージ 23959 (anthony_749 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23963.html
anthony_749さん
投稿者: gatsdapoo 投稿日時: 2010/11/07 20:23 投稿番号: [23962 / 29399]
1週間ほど前に返信があったのですね。
気づかなくて申し訳なかったです。
これは メッセージ 23773 (anthony_749 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23962.html
Re: 中国では、人食いが美談ですから
投稿者: yangyuanyue1668 投稿日時: 2010/11/07 20:17 投稿番号: [23961 / 29399]
貴方様は、脳みそが無いのでしょうか。中国で暮らしたことないくせに何も根拠ないのにネットで中国の悪口を言って悪いイメージを与えて一体どういうつもりなのでしょうか。貴方は、まるで70年前の日本の侵略者のように思えます。人間を食べるのは中国人ではなくて日本の元軍人つまり、貴方みたいな悪い日本人たちです。もし、またこのサイトで中国人の悪口を言ったら貴方だけではなくて貴方のご家族やご親戚たちは天罰が下る可能性が大きいですよ。
これは メッセージ 23960 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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中国では、人食いが美談ですから
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/11/07 19:55 投稿番号: [23960 / 29399]
世界四大文明発祥の地、中国・漢人の食文化・伝統に「人食い」がありますが、遣唐使として渡った日本人の多くが、人食いを目にしたであろう。だから突然、遣唐使が取りやめになったのでしょう。
今も昔も、日本人は中国を異常に美化し、今も学者、坊主、マスコミ、大企業等が当人の飯のタネだからという理由で精力的に美化し続け、人食いを隠蔽し続けています。
例えば魯迅の狂人日記、中国文学の専門家・学者は、比喩であるとして寝ぼけた・虚偽の解説しますが事実です。ここから曲学阿世という言葉が一般化したのでしょう。
しかしながら、中国・漢人の人食いが漢人のDNAであるとすると、人食人種が住む国に旅行したいと考える日本人は今も昔もいないことから、長い目で見て今の中国ブームは、昔の遣唐使と同じ・麻疹と同じで下火になるのでしょう。
さらに、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけですから、最近まで、中国全土の料理店や庶民の食卓に人肉饅頭や人肉シューマイが並んでいた。
例えば水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。日本でも有名な劉備の関係でも人食いが美談とされています。
中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。
中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことが東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
人肉の値段も子供・女・男の順で安くなるそうです。丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出しますが、人間を「両脚羊」と中国人が呼んでもいました。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されている訳ですが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
この中国4000年の人食い文化・伝統から考えれば、当時南京市内に残った中国人同士が共食いして数万人・数十万人が中国人の胃袋に入ったと考えるべき南京事件です。
本当に
中国人同士の共食い人数まで日本の責任にされちゃ、叶わんな。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も
馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
これは メッセージ 23927 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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Re: 玉砕という美名に隠された真実①
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/11/07 19:30 投稿番号: [23959 / 29399]
>生きて帰れば非国民とか、意気地無しとか言われるのも各国共通で、例外はない。
硫黄島から生きて帰った米兵が英雄となったのは有名。
これは メッセージ 23958 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 玉砕という美名に隠された真実①
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/07 19:25 投稿番号: [23958 / 29399]
第二次世界大戦も其の後も、どの国の軍隊も全滅すれば名誉の戦死と言うことは、コモンセンス。
日本だけが特別なものではない。
生きて帰れば非国民とか、意気地無しとか言われるのも各国共通で、例外はない。
これは メッセージ 23955 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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