玉砕という美名に隠された真実①
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2010/11/07 18:50 投稿番号: [23955 / 29399]
旧日本軍の情報統制を
象徴するのは
「大本営発表」だ。
現代、大本営発表といえば、事実を歪曲した 偽り報道の代名詞だが、
かつて ヤスクニ神社が 国家の施設として 権威をもっていた時代、
半世紀前には それを疑う人間は 例外なく 「非国民」 とされた。
日本は負けるのではないかなどと 一言でも漏らせば、国賊扱いだった。
戦時中、798万人の軍人、軍属を動かしていた 大本営。
政府からも独立した 天皇直属の 最高統帥機関として、
絶大な権力を 握っていた。
長野修身海軍大将、杉山元陸軍大将を 中心に、
エリート参謀が すべての作戦計画を 立案していた。
アッツ島守備隊の全滅を 「玉砕」と発表したのが 大本営だった。
「アッツ島守備隊の わが部隊は、ついに ことごとく玉砕しました」
「山崎部隊長は、ただの一度も 兵の増援を要求したことがないし、
また 一発の弾薬の補給をも 願ってまいりません」 と。
しかし 実際には、緊迫した やり取りが 行われていた。
アッツ島守備隊長 山崎大佐は、米軍上陸直後から 厳しい戦況を
次のように 伝えていた。
「敵は、全面に渡り 上陸をねらっているものと 思われる。」
「その兵力は 一個師団を くだらないであろう。敵飛行機、間断なく
執拗に わが上空に飛来、かつ銃撃を 加えていく」
大本営は 直ちに電報を送った。 記録が 防衛省に 残っている。
「大本営は、アッツ島を 確保し 敵の狙いを 打ち砕くため、
あらゆる方途を講じているところである。 緊急必要とする兵力、
軍需品を 至急報告ありたし― 」
米軍を撃退するための 必要な兵力を送ると 伝えていたのだ。
電報を受け 山崎大佐は、すぐさま 増員兵力と物資を 要請した。
歩兵一個大隊半 約1500人、機関銃、手榴弾、高射砲の弾薬、
さらに、底をつきかけていた 食料の補給を 求めていた。
しかし 大本営は、隣の キスカ島からの撤収は するものの、
アッツ島守備隊を 見捨てる事を決定、援軍も補給も送らなかった。
守備隊からは 何の要求もなかった と、大本営は 偽りの発表を
していたのだ。 さらに 大本営は、アッツ島守備隊が名誉を重んじ、
自ら 玉砕を決断した と強調していた。
「山崎部隊長は、状況の推移を達観し、最期の決心を いたしました」
「それは 敵に大鉄槌を下し、皇軍の真髄を 発揮せんというので
あります」 と。
しかし 守備隊には、事実上の玉砕命令が 出されていた。
防衛省に保管されていた アリューシャン作戦記録がある。
この中には 守備隊に届いた 電文の内容が 記されていた。
「軍は海軍と万策を尽くして人員の救出に務むるも、地区隊長以下
凡百の手段を講じて、敵兵員の燼滅を図り、最後に至らば潔く玉砕し
皇国軍人精神の精華を発揮あらんことを望む―」 というものだった。
これは、1943年5月23日のものだ。
現代、大本営発表といえば、事実を歪曲した 偽り報道の代名詞だが、
かつて ヤスクニ神社が 国家の施設として 権威をもっていた時代、
半世紀前には それを疑う人間は 例外なく 「非国民」 とされた。
日本は負けるのではないかなどと 一言でも漏らせば、国賊扱いだった。
戦時中、798万人の軍人、軍属を動かしていた 大本営。
政府からも独立した 天皇直属の 最高統帥機関として、
絶大な権力を 握っていた。
長野修身海軍大将、杉山元陸軍大将を 中心に、
エリート参謀が すべての作戦計画を 立案していた。
アッツ島守備隊の全滅を 「玉砕」と発表したのが 大本営だった。
「アッツ島守備隊の わが部隊は、ついに ことごとく玉砕しました」
「山崎部隊長は、ただの一度も 兵の増援を要求したことがないし、
また 一発の弾薬の補給をも 願ってまいりません」 と。
しかし 実際には、緊迫した やり取りが 行われていた。
アッツ島守備隊長 山崎大佐は、米軍上陸直後から 厳しい戦況を
次のように 伝えていた。
「敵は、全面に渡り 上陸をねらっているものと 思われる。」
「その兵力は 一個師団を くだらないであろう。敵飛行機、間断なく
執拗に わが上空に飛来、かつ銃撃を 加えていく」
大本営は 直ちに電報を送った。 記録が 防衛省に 残っている。
「大本営は、アッツ島を 確保し 敵の狙いを 打ち砕くため、
あらゆる方途を講じているところである。 緊急必要とする兵力、
軍需品を 至急報告ありたし― 」
米軍を撃退するための 必要な兵力を送ると 伝えていたのだ。
電報を受け 山崎大佐は、すぐさま 増員兵力と物資を 要請した。
歩兵一個大隊半 約1500人、機関銃、手榴弾、高射砲の弾薬、
さらに、底をつきかけていた 食料の補給を 求めていた。
しかし 大本営は、隣の キスカ島からの撤収は するものの、
アッツ島守備隊を 見捨てる事を決定、援軍も補給も送らなかった。
守備隊からは 何の要求もなかった と、大本営は 偽りの発表を
していたのだ。 さらに 大本営は、アッツ島守備隊が名誉を重んじ、
自ら 玉砕を決断した と強調していた。
「山崎部隊長は、状況の推移を達観し、最期の決心を いたしました」
「それは 敵に大鉄槌を下し、皇軍の真髄を 発揮せんというので
あります」 と。
しかし 守備隊には、事実上の玉砕命令が 出されていた。
防衛省に保管されていた アリューシャン作戦記録がある。
この中には 守備隊に届いた 電文の内容が 記されていた。
「軍は海軍と万策を尽くして人員の救出に務むるも、地区隊長以下
凡百の手段を講じて、敵兵員の燼滅を図り、最後に至らば潔く玉砕し
皇国軍人精神の精華を発揮あらんことを望む―」 というものだった。
これは、1943年5月23日のものだ。
これは メッセージ 23918 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.