快楽としての戦争2
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/11 18:41 投稿番号: [23995 / 29399]
http://d.hatena.ne.jp/amadamu/20080903/1220396109
戦争には、じつは愉楽もあった。かつて日中戦争に出征し、詩人でもある
井上俊夫が、この書に一老兵として語り出すのは、その愉楽である。
「頭ァ、右ィ!」という中隊長の号令一下、「われら年若き兵士が一斉に注目する
光輝ある軍旗の遙か彼方に、白馬にまたがった大元帥陛下の幻影がおわしまし、
われらは生きて再び内地の土は踏むまいと誓い合ったのだった。ああ、あの時の
オルガスムスに似た陶酔感」。だからこそ、敗戦後の昭和天皇の言動は赦しがた
い裏切りとなる。
本書冒頭の散文詩とも言うべき「日中戦争で戦死した大阪生まれの英霊の声」
では、二十一歳で出血多量で戦死した英霊が、臨終の床で老いた天皇がおびただ
しい輸血を続けながら延命しているさまを「まことにあさましい限りでおます」
と、大阪弁でつぶやく。靖国神社に祀られた二百三十三万九千九百六十柱一同は、
「頭ァ、右ィ!」の大号令の下「一斉に天皇をお恨み申上げたのでおます」と告白し、
死後もなお軍務から解き放たれない苦痛を訴える。肺腑を突く「天皇の戦争責任論」
「靖国神社批判」だ。
かつて軍服を着せられ、小銃・弾薬・帯剣をもたされ、輸送船で戦場に向う兵士
たちは、高揚感につつまれていた。制服は人間を画一化するけれども、一方
「何か目に見えない大きなもの(それは大日本帝国とか日本陸軍といったものかも
しれない)に、しっかと抱きとめられているような安堵感」があり、異国のどんな
場所にいってもこわくないと感ずるようになるという。軍服や武器は別個の人格を
醸成し、「俺は強いオトコに変身できた」という異常なまでの自負心がわき上がって
来る。そして、口伝えに囁かれた「毛色の違った女が抱ける」期待に胸をはずませる。
初年兵訓練の総仕上げには、夜中にたたき起こされ、「ワタシ、コロス、イケナイ!」
と片言の日本語で叫ぶ中国人捕虜を、銃剣で突くよう総勢二十三名に命令が下る。
このとき若き初年兵井上俊夫は、えらいことになった、自分も人殺しをやらなければ
ならないと思いつつ「しかし、これも俺が男らしい男になるための試練」だ、こんな
経験を積む機会はめったにない、と信じて突進するのである。
収容所から随時払い下げられ配給された中国人捕虜を使って、初年兵教育の仕上げ
には刺殺訓練が、見習士官には軍刀による斬首訓練が、組織的に行われ、上官将校の
なかにはその惨殺場面に性的な愉楽を覚える者さえいた。「怖ろしいことだが、兵士は
一度残虐行為がもたらす愉楽を覚えてしまうと、もう病みつきになり何度でもやりたく
なってくるのだ。殺人だけではない、略奪然り、放火然り、強姦然りである」。
しかも、彼らは徹頭徹尾「日本人として善良な市民」であった。井上俊夫は、戦場で
狂気に陥ったなどという解釈を、全面的に否定する。それが証拠に、上官に殺傷などの
暴行に及んだ者はほとんどいなかった。軍規はしっかり守られたのである。
戦争には、じつは愉楽もあった。かつて日中戦争に出征し、詩人でもある
井上俊夫が、この書に一老兵として語り出すのは、その愉楽である。
「頭ァ、右ィ!」という中隊長の号令一下、「われら年若き兵士が一斉に注目する
光輝ある軍旗の遙か彼方に、白馬にまたがった大元帥陛下の幻影がおわしまし、
われらは生きて再び内地の土は踏むまいと誓い合ったのだった。ああ、あの時の
オルガスムスに似た陶酔感」。だからこそ、敗戦後の昭和天皇の言動は赦しがた
い裏切りとなる。
本書冒頭の散文詩とも言うべき「日中戦争で戦死した大阪生まれの英霊の声」
では、二十一歳で出血多量で戦死した英霊が、臨終の床で老いた天皇がおびただ
しい輸血を続けながら延命しているさまを「まことにあさましい限りでおます」
と、大阪弁でつぶやく。靖国神社に祀られた二百三十三万九千九百六十柱一同は、
「頭ァ、右ィ!」の大号令の下「一斉に天皇をお恨み申上げたのでおます」と告白し、
死後もなお軍務から解き放たれない苦痛を訴える。肺腑を突く「天皇の戦争責任論」
「靖国神社批判」だ。
かつて軍服を着せられ、小銃・弾薬・帯剣をもたされ、輸送船で戦場に向う兵士
たちは、高揚感につつまれていた。制服は人間を画一化するけれども、一方
「何か目に見えない大きなもの(それは大日本帝国とか日本陸軍といったものかも
しれない)に、しっかと抱きとめられているような安堵感」があり、異国のどんな
場所にいってもこわくないと感ずるようになるという。軍服や武器は別個の人格を
醸成し、「俺は強いオトコに変身できた」という異常なまでの自負心がわき上がって
来る。そして、口伝えに囁かれた「毛色の違った女が抱ける」期待に胸をはずませる。
初年兵訓練の総仕上げには、夜中にたたき起こされ、「ワタシ、コロス、イケナイ!」
と片言の日本語で叫ぶ中国人捕虜を、銃剣で突くよう総勢二十三名に命令が下る。
このとき若き初年兵井上俊夫は、えらいことになった、自分も人殺しをやらなければ
ならないと思いつつ「しかし、これも俺が男らしい男になるための試練」だ、こんな
経験を積む機会はめったにない、と信じて突進するのである。
収容所から随時払い下げられ配給された中国人捕虜を使って、初年兵教育の仕上げ
には刺殺訓練が、見習士官には軍刀による斬首訓練が、組織的に行われ、上官将校の
なかにはその惨殺場面に性的な愉楽を覚える者さえいた。「怖ろしいことだが、兵士は
一度残虐行為がもたらす愉楽を覚えてしまうと、もう病みつきになり何度でもやりたく
なってくるのだ。殺人だけではない、略奪然り、放火然り、強姦然りである」。
しかも、彼らは徹頭徹尾「日本人として善良な市民」であった。井上俊夫は、戦場で
狂気に陥ったなどという解釈を、全面的に否定する。それが証拠に、上官に殺傷などの
暴行に及んだ者はほとんどいなかった。軍規はしっかり守られたのである。
これは メッセージ 23991 (shoujouji さん)への返信です.