南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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手抜きロボットfukagawatohei  (笑

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/27 23:22 投稿番号: [20329 / 29399]
これは、No.20315 をまた写しただけ    (笑い

手抜きか?   ロボットのくせに、ノータリン    (笑

ネタが切れたのなら申し開きをせーよ    (笑

>私はインド生まれの、中国系アメリカ人で母は韓国人じゃよ。<
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ
投稿No.8370   投稿者 : fukagawatohei

>ちなみに、私の父は帝国陸軍の軍人だった時に広島で、原爆に被爆し、奇跡的に生き残りましたが<
「神風特攻隊」のトピ   
投稿No.83   投稿者 : fukagawatohei

>母に確認したところ、父は召集されてから一度九州に行ったそうです。
そこで、持病の結核が悪化したため広島の病院に入院しました。<
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ  
  投稿No.23653   投稿者 : fukagawatohei

どうしてこんなことになるんだ、あほう    (怒

Re: 戦争当事者

投稿者: anthony2008x 投稿日時: 2008/06/27 23:06 投稿番号: [20328 / 29399]
>暗奔丹は基本的な事が分かっていないからそう思う、暗奔丹。

ニャンコは南京大虐殺で殺された人は何万人と思うの?
基本的なことだ、答えてみろ。

Re: 昭和天皇弟の証言

投稿者: anthony2008x 投稿日時: 2008/06/27 23:01 投稿番号: [20327 / 29399]
>>「1943年1月、私は支那派遣軍参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任しました。そして1年間在勤しました。
その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました」

>↑これは本当なのかね?


昭和天皇の弟が自叙伝で書いてるのだから本当なんじゃないの?

それとも昭和天皇の弟が嘘つきだと思うの?

Re: 松井石根の証言2

投稿者: anthony2008x 投稿日時: 2008/06/27 22:53 投稿番号: [20326 / 29399]
>増して守秘義務がある人間の伝聞とは呆れる話しだな、

松井石根が南京大虐殺について反省するような証言というものは、職業上の守秘義務にあたるのか?

Re: 松井石根の証言2 横ー秘守義務

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/06/27 22:40 投稿番号: [20325 / 29399]
まあ〜、こういう基地外が日本にいる限り本当の事を言える人はもう
いないでしょ〜ね。

(google参照)

「その、南京のね、場内突入して、女子供殺したと。いっこない、いるわけのない女子供殺したってのは、じゃあお前はやったのかと。そんなことやるわけないはずなのに、そういうことやったって言う。

だったら自分は腹を切れって。もっと言えば、私たちは、ほんとにこういう人たち、ヌケヌケ出てきて、やった人たちを、徹底的に検証して、ほんとにあの我々は、この人達こそ戦犯として。まあ時効なんかないですよ、これ。日本をおとしめた連中として、処刑したいと思います、これは。ほんとにそういう感じです… 」

(朝まで生テレビより)

Re: 松井石根の証言2

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/27 22:16 投稿番号: [20324 / 29399]
>ってことは南京大虐殺の当事者であった兵隊たちには守秘義務があるから、

虐殺についての話は墓場まで持って行けってことなの?

↑職業上の守秘義務だよ、暗奔丹。

兵隊にはあるのかな、暗奔丹。

Re: 松井石根の証言2

投稿者: anthony2008x 投稿日時: 2008/06/27 20:39 投稿番号: [20323 / 29399]
>増して守秘義務がある人間の伝聞とは呆れる話しだな、暗奔丹。

ってことは南京大虐殺の当事者であった兵隊たちには守秘義務があるから、

虐殺についての話は墓場まで持って行けってことなの?

Re: 戦争当事者

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/27 20:31 投稿番号: [20322 / 29399]
暗奔丹は基本的な事が分かっていないからそう思う、暗奔丹。

戦争の当事国は何処なんだい、暗奔丹。

Re: 戦争当事者

投稿者: anthony2008x 投稿日時: 2008/06/27 20:22 投稿番号: [20321 / 29399]
ニャンコは論点のすり替えばかりしてるなあ(呆)

だからみんなに相手にされないんだぜ。

わかってるか?

戦争当事者

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/27 11:25 投稿番号: [20320 / 29399]
処で、日本が宣戦布告した国と、日本に宣戦布告した国を知っているのかな、暗奔丹共は。

もし知っていれば正確な日時を書けるかな、暗奔丹共は。

序でに日本と国交断絶した国を知っているのかな、暗奔丹共は。

もし知っていればその日時を正確に知っているのかな、暗奔丹共は。

Re: 松井石根の証言2

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/26 22:43 投稿番号: [20319 / 29399]
肝心の話しは何時も伝聞だな、暗奔丹。

増して守秘義務がある人間の伝聞とは呆れる話しだな、暗奔丹。

逃げ回るfukawagatoheiへ

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/26 22:39 投稿番号: [20318 / 29399]
お前がしなきゃならんのは申し開きだろう。

はよせーよ    (怒

>私はインド生まれの、中国系アメリカ人で母は韓国人じゃよ。<
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ
投稿No.8370   投稿者 : fukagawatohei

>ちなみに、私の父は帝国陸軍の軍人だった時に広島で、原爆に被爆し、奇跡的に生き残りましたが<
「神風特攻隊」のトピ   
投稿No.83   投稿者 : fukagawatohei

>母に確認したところ、父は召集されてから一度九州に行ったそうです。
そこで、持病の結核が悪化したため広島の病院に入院しました。<
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ  
  投稿No.23653   投稿者 : fukagawatohei

どうしてこんなことになるんだ、あほう    (怒

Re: ある映画監督の叫び

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/26 22:33 投稿番号: [20317 / 29399]
これもコピペ、かよ    (笑

コピペロボット    (笑

Re: 松井石根の証言2

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/26 22:29 投稿番号: [20316 / 29399]
おりょっ!?

fukagawatoheiが別トピでコプペしていたものと、

まったく同じ内容ではないか!?

fukagawatoheiのは(google参照)がついていたけど。

おりょりょ、おりょりょ、おりょりょろりょ    (笑

そう言えばukagawatoheiの投稿が途絶えている。

おりょりょ、おりょりょ、おりょりょろりょ    (笑

ある映画監督の叫び

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/06/26 22:23 投稿番号: [20315 / 29399]
「その、南京のね、場内突入して、女子供殺したと。いっこない、いるわけのない女子供殺したってのは、じゃあお前はやったのかと。そんなことやるわけないはずなのに、そういうことやったって言う。

だったら自分は腹を切れって。もっと言えば、私たちは、ほんとにこういう人たち、ヌケヌケ出てきて、やった人たちを、徹底的に検証して、ほんとにあの我々は、この人達こそ戦犯として。まあ時効なんかないですよ、これ。日本をおとしめた連中として、処刑したいと思います、これは。ほんとにそういう感じです… 」

(朝まで生テレビより)

松井石根の証言2

投稿者: kinjiraretaasovi 投稿日時: 2008/06/26 22:11 投稿番号: [20314 / 29399]
松井は処刑を前にした1948年12月9日、花山老師に南京事件について最後の述懐をなした。


「南京事件はお恥ずかしい限りです。…私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などと比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争のときはシナ人に対してはもちろんだが、ロシア人に対しても俘虜の取り扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。

慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。そのときは朝香宮もおられ、柳川中将も軍司令官だったが、折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落としてしまったと。ところが、このあとでみなが笑った。甚だしいのは、ある師団長如きは「当たり前ですよ」とさえ言った。

従って、私だけでもこういう結果になることは当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味でたいへんに嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている。」

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/26 07:06 投稿番号: [20313 / 29399]
死体の重さ60キロとして、60万屯の処理をどうしたのか。

60万㎏に訂正。

因みに、600噸という事だな。

巷で言われている30万人であれば、30萬×60㎏=1800万㎏、つまり1萬8千屯の処理をしなければならない。

千人で処理しても、一人頭18屯の処理を数日で行うと言うのは物理的に不可能。因みに1万人で処理しても1.8屯。

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/26 06:52 投稿番号: [20312 / 29399]
>12月18日   「午後五時、残敵一万三千人を銃殺す」(戦闘で敵を殺すのは「銃殺」と言わない事は軍事知識が少しでもあれば分かる)

↑軍事知識があれば、嘘だと直ぐ分かる。

日本人は兵隊の知識がなさ過ぎる。

死体の重さ60キロとして、60万屯の処理をどうしたのか。

これを焼くなどと言うのは、物理的に不可能。

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: kanbaku9999 投稿日時: 2008/06/26 05:50 投稿番号: [20311 / 29399]
>其れからね、みんなが知っているノルマンディー上陸作戦で、死んだ兵隊の数を知っているかな、暗奔丹。

ノルマンディー上陸作戦と日本軍による南京大虐殺との関係がよく分からんのですが、説明をしていただけますか?

それはともかく、南京大虐殺は賛否両論出尽くした感がありますが、それでもまだ新資料が発見されています。   過日の日テレ番組で、福島県のある人が郷土の歩兵第62連隊の生き残り兵士たちとのインタビューや残された従軍日誌を丹念に追っていました。   南京大虐殺と言えば南京城内だけの様に言われますが、南京攻略作戦に伴って周辺でも大規模な虐殺がありました。

「まぼろし派」は被害を受けた中国人たちの話はまったく聞く気がない、当時現地にいた外国人たちの証言はみんなウソ、日本陸軍や外務省の資料は無視、実戦に参加した兵士たちの証言はみんな中帰連のウソ、つまり大虐殺があったと言う資料はみんなウソ。   「なかった」と言えばなんでも真実、、、ユニークな人たちです。

多少の重複はあるでしょうが、捕虜の大虐殺は明瞭です(TVでは証言者の名前は仮名で顔はぼかし。   皆さん御自分で日テレ番組を確認して下さい)

12月16日   「捕虜二万のうち三分の一、7000人全部の処分を終る。   生き残りを銃剣にて刺殺する」   「最初、試しというか千人くらいやってみろ、と言われてね。   桟橋に並べて機関銃でダダダーッと千人くらいやったんですよ」   「捕虜一万7千25名、夕刻より軍命令により三分の一を揚子江岸に引き出し、第一大隊において射殺す」   「山となっている死人の上にあがって突き刺す時は、、、ウーン、ウーン、とうなる支那兵の声、年寄りもいれば子供もいる、一人残らず殺す。   刀を借りて首も切ってみた」

12月17日   「捕虜の処分に加わり出発す。   二万以上の事とて、、、」   「我々歩兵隊は両側から撃った。   銃声と阿鼻叫喚がすごかったですよ」   「ガソリンをかけて火をつけ、、、死骸を突いて歩け、と。   命令だから着剣してザッカ、ザッカと突いて歩いた」   「何千人の死体が重油をかぶって死んでいるでしょう、それを引きづって揚子江に流すんですよ。   今でもあの匂いは忘れられません」

12月18日   「午後五時、残敵一万三千人を銃殺す」(戦闘で敵を殺すのは「銃殺」と言わない事は軍事知識が少しでもあれば分かる)

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/26 01:43 投稿番号: [20310 / 29399]
其れからね、みんなが知っているノルマンディー上陸作戦で、死んだ兵隊の数を知っているかな、暗奔丹。

因みに連合軍の兵隊の数約19万人、独逸軍の数約38万人、之等が累々と死体が横たわると言われているがどれ位の戦死者数と思う、暗奔丹。

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/26 01:37 投稿番号: [20309 / 29399]
>そうですね。

戦闘詳報と言う【馬鹿ウヨがよく要求する公文書】に記載されているのですから、

【無かった】等と本来言えるはずが無いのです。

この記載だけでも、8万人だったか。

↑戦闘詳報に記載されている遺棄死体は、全て兵隊の死体、暗奔丹。

兵隊以外の遺棄死体が書かれている物があったら、その戦闘詳報とやらを示そうな、暗奔丹。

Re: 【あんぽはんたい】731部隊戦後も隠蔽

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/26 01:35 投稿番号: [20308 / 29399]
>はいはい、【日本国内では、隠蔽された】という事。

だから、【731部隊の医師などが、戦後のうのうと医学部教授や、ミドリ十字の社長になれた】


日本政府は【戦後もずっと隠蔽】し続け   ↓

↑アメリカに接収された文書は返還されている、暗奔丹。

アメリカに現在残っているのは、返還前に翻訳された物、内容は公文書館にある物と同じ、どちらにも巷で言われている事を証明する物はない、暗奔丹。

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/26 00:31 投稿番号: [20306 / 29399]
  >「常識」が通らないのが南京大虐殺の議論です。   日本軍は敗戦時に貴重な資料を焼却してしまったが、わずかに残った公式文書である戦闘詳報にすら捕虜の大量虐殺の記録がある(「処分」「処置」「処理」)、そして南京攻略部隊の師団長が戦闘直後に書いた手記まであるのに、「南京大虐殺のまぼろし」などと言う人たちがまだいます。   大虐殺を肯定する資料はすべてウソと決め付け、なかったと言う為には常識で考えれば誰にでもすぐ分かるウソをつく、、、


そうですね。

戦闘詳報と言う【馬鹿ウヨがよく要求する公文書】に記載されているのですから、

【無かった】等と本来言えるはずが無いのです。

この記載だけでも、8万人だったか。



そういえば、あの【インチキ学者・・東中野教授】は、

【南京裁判】には、出廷してこないそうです。


【インチキ本】で儲けているんでしょうから、是非出廷して、【自論を展開】すべきでした。

Re: 【あんぽはんたい】731部隊戦後も隠蔽

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/26 00:24 投稿番号: [20305 / 29399]
>>石井が、【人体実験の資料を日本に持ち帰らせて、これを米国に渡して、戦犯を逃れた】からねー、731部隊の大罪も隠蔽された。

>アメリカの公文書館の731(石井部隊)部隊に関する書類が公開されているけれども、



はいはい、【日本国内では、隠蔽された】という事。

だから、【731部隊の医師などが、戦後のうのうと医学部教授や、ミドリ十字の社長になれた】


日本政府は【戦後もずっと隠蔽】し続け   ↓



★   (1) 「731部隊の活動状況を示す資料はない」という被控訴人国の答弁
  731部隊に関する資料について、「これまでの政府部内の調査では政府保存の文書中にいわゆる731部隊の活動状況を示す資料は見つかっていない」(1998年4月2日村岡官房長官答弁、甲40)、「具体的な活動状況やご指摘の生体実験に関する事実を確認できる資料は確認されていない」(1999年2月18日野呂田防衛庁長官、甲129)というのが、被控訴人国の回答である。


・・


  すなわち、関東軍防疫給水部という部隊が存在していたことを示す資料は何点かあり、その存在は認めるが、その活動状況や細菌戦との関連を示す資料は存在していない、したがってわからない、これが現時点の被控訴人国の立場である。1982年時の回答と何ら変わっていない。



  しかし、被控訴人国のこの回答が嘘であることは明らかである。井本日誌等4つの業務日誌の存在が、「731部隊の活動状況についての資料はない」と言ってきた被控訴人国の国会答弁が嘘であったことを暴露したのである。

  (2) 井本日誌に関する「一切ノーコメント」という被控訴人国の答弁
  この井本日誌の存在については、98年4月7日の国会質疑でとりあげられたが、そこでの被控訴人国の答弁は、質問の趣旨を意図的にはぐらかすものであった。以下、質疑の内容を引用する。


  栗原「この井本日誌には731部隊の中国中部地方への細菌戦攻撃が計 画から実行まで詳しく述べられております。(略)このような記載が井本日誌にあることは政府は認識をしていらっしゃいますか。」


説明員(大古)「ご指摘の井本日誌につきましては、いわゆる公文書に 該当するものではなくて個人の日誌であるということで理解しております。


・・


  被控訴人国が井本日誌の存在を知っていたことは明らかであるが、「知っている」とも「知らない」とも答えず、1959年以来自らが保持し『戦史叢書』編纂に活用してきた文書を「個人の日誌」等と強弁し、「コメントはしない」と回答を拒否しているのである。


  被控訴人国は、「資料はない」と言ってきたものが、井本日誌の細菌戦記載について、資料はあるではないかとつきつけられて、「一切ノーコメント」という。まさに1国の政府として恥ずべき態度というほかにない。


  このような被控訴人国の態度が、細菌戦の被害者である死者を冒涜し、生存者や遺族に新たな精神的苦痛を与えているのである。


  ・・


  (3) ハッチャー証言(アメリカからの返還記録)否定の被控訴人国の答弁
  この井本日誌等4つの業務日誌の他にも、97年からの国会質疑の中で、被控訴人国が隠蔽している資料の存在が明らかになっている。


1986年アメリカの下院公聴会で明らかになった、「731関連文書は1950年代末か1960年代初めに箱詰めにして日本に送り返した」というハッチャー証言である。


・・


  97年12月17日の国会質疑での「この資料は現在どこに保存しているのか」という栗原議員の質問に対して、被控訴人国は、次のように回答している。



説明員(佐藤)「昭和33年に米国が押収した旧軍資料の返還を受けま して、(略)約4万件の資料を保存しておりますが、この中には(略)活動状況や当該部隊と細菌戦の関連を示すような資料は存在しないと承知しております」
・・

・・

当時のアメリカの陸軍記録管理部長ハッチャーが嘘をついているか、日本政府が嘘をついているか、そのどちらかしかない。


  (4) 731部隊の活動内容断定は困難という被控訴人国の答弁

  731部隊の戦争犯罪の事実について、被控訴人国(政府)は、「現時点で政府としていわゆる731部隊の具体的な活動内容について断定することは困難と考えている」(98年4月7日村岡官房長官答弁、甲41)と言う。


・・



http://www.anti731saikinsen.net/saiban/2shin/jk7.html#prt2chp1sec5

Re: 松井石根の証言

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/25 22:26 投稿番号: [20304 / 29399]
もう一匹、

コピペロボット!

南京あたま?

松井石根の証言

投稿者: kinjiraretaasovi 投稿日時: 2008/06/25 22:07 投稿番号: [20303 / 29399]
松井石根は1947年11月24日極東軍事裁判で自身により証言台に立った。以下はその口述である。

「予の南京占領に関する周到なる配慮に係わらず、占領当時の倥惚たる状勢に於ける一部若年将兵の間に、忌むべき暴行を行いたる者ありたるならむ。これ予の甚だ遺憾とするところなり。

因みに南京陥落当時、予は南京を去る40哩の蘇州に於いて病臥中にて、予の命令に拘わらず、之等非行の行われたることにつき之を知らず、又、何等の報告に接せず。17日、南京入城後、初めて憲兵隊長より之を聞き、各部隊に命じて即時厳格なる調査と処罰を為さしめたり。(中略)

予は南京陥落後、昭和13年2月まで上海に在任せるが、其間、昭和12年12月下旬、南京に於いて只若干の不法事件ありたりとの噂を関知したるのみにて、何等斯かる事実に就き公的報告を受けたることなく、当法廷に於いて検事側の主張するが如き大規模なり虐殺・暴行事件に関しては、1945年終戦後、東京に於ける米軍の放送により初めて之を聞知したるものなることを茲に確信す。」

 

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/25 10:01 投稿番号: [20302 / 29399]
>まさにその通りですね。   ウソだという事を自分で言っている、そしてそれに気が付いていないのです。   「常識」が通らないのが南京大虐殺の議論です。   日本軍は敗戦時に貴重な資料を焼却してしまったが、わずかに残った公式文書である戦闘詳報にすら捕虜の大量虐殺の記録がある(「処分」「処置」「処理」)、そして南京攻略部隊の師団長が戦闘直後に書いた手記まであるのに、「南京大虐殺のまぼろし」などと言う人たちがまだいます。   大虐殺を肯定する資料はすべてウソと決め付け、なかったと言う為には常識で考えれば誰にでもすぐ分かるウソをつく、、、

↑兵隊の遺棄死体と虐殺死体をどうやって見分けたんだね、教えてくれないかね。

Re: 大量の死体は実際にあった

投稿者: kanbaku9999 投稿日時: 2008/06/25 03:15 投稿番号: [20301 / 29399]
>南京戦は激戦であり、中国側の戦死者だけでも万単位に上る。大量の死体は実際に存在したのであり、虐殺がなかったと言いたいあまりに、あったはずのものまで否定するようでは説得力は皆無である。

まさにその通りですね。   ウソだという事を自分で言っている、そしてそれに気が付いていないのです。   「常識」が通らないのが南京大虐殺の議論です。   日本軍は敗戦時に貴重な資料を焼却してしまったが、わずかに残った公式文書である戦闘詳報にすら捕虜の大量虐殺の記録がある(「処分」「処置」「処理」)、そして南京攻略部隊の師団長が戦闘直後に書いた手記まであるのに、「南京大虐殺のまぼろし」などと言う人たちがまだいます。   大虐殺を肯定する資料はすべてウソと決め付け、なかったと言う為には常識で考えれば誰にでもすぐ分かるウソをつく、、、

Re: 昭和天皇弟の証言

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/24 19:32 投稿番号: [20300 / 29399]
おりょ、かぼちゃか?

南京かぼちゃ。

岡村寧次中将の証言 

投稿者: kinjiraretaasovi 投稿日時: 2008/06/24 12:53 投稿番号: [20299 / 29399]
日本軍が南京事件の国際的反響の大きさに衝撃を受け、その再発防止に苦慮したのは、1938年8月に大本営から攻略命令が出された武漢攻略戦のときだった。

第11軍司令官   岡村寧次中将の証言   (岡村寧次大将陣中感想録より)

「中支戦場到着後先遣の宮崎参謀、中支那派遣軍特務部長原田少尉、抗洲特務機関長萩原中佐などにより聴取するところによれば、従来派遣軍第一線は給養困難を名として俘虜の多くはこれを殺すの悪弊あり。
南京攻略時において約4、5万に上がる大殺戮、市民にたいする掠奪強姦多数ありしことは事実なるがごとし。
最近湖口付近において捕獲せる中国将校は、われらは日軍に捕らえらるれば殺され、後方に退却すれば督戦者に殺さるるにより、ただ頑強に抵抗するあるのみと言えりという…」

Re: 昭和天皇弟の証言

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/24 01:14 投稿番号: [20297 / 29399]
>「1943年1月、私は支那派遣軍参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任しました。そして1年間在勤しました。
その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました」

三笠宮崇仁自叙伝「古代オリエントと私」より

↑一寸一言。

三笠宮様が満州視察に行かれた折の警備費用。

三笠宮殿下御警備諸費   107344円
関東軍特別会計      150000円
本義迄支出累計額     127126円
差し引き予算減額     22874円

南京総司令部勤務に就きどれ程の警備予算が言ったのだろうね。

Re: 昭和天皇弟の証言

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/23 23:40 投稿番号: [20296 / 29399]
>「1943年1月、私は支那派遣軍参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任しました。そして1年間在勤しました。
その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました」

↑これは本当なのかね?

1943年(昭和18年)枢密院職員名簿に載っているんだけどね。

枢密院会議にも出席の記録が残っている。

崇仁親王   三番。

有効及び文化協力に関する日本国「ブルガリア」国間条約締結の会議。

東宝文化映画部製作 「南京」

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2008/06/23 22:59 投稿番号: [20295 / 29399]
南京陥落の翌日の昭和12(1937)年14日の昼から翌年の1月上旬に至るまでの間、南京城内外周辺を撮影したものだそうだ。

中華民国、許世英大使

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2008/06/23 22:46 投稿番号: [20294 / 29399]
が帰国したのは、昭和13年1月20日

それまでは、麻布飯倉町の青天白日旗の翻る中華民国大使館にいた。


南京事件をどう扱っていたのだ?

昭和天皇弟の証言

投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/06/23 21:58 投稿番号: [20293 / 29399]
「1943年1月、私は支那派遣軍参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任しました。そして1年間在勤しました。
その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました」

三笠宮崇仁自叙伝「古代オリエントと私」より

Re: 外務省東亜局長の証言

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/23 21:46 投稿番号: [20292 / 29399]
なんだ?

南京虫か?

外務省東亜局長の証言

投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/06/23 21:19 投稿番号: [20291 / 29399]
当時、外務省の東亜局長であった石射猪太郎は、戦後の1947年に東京裁判に弁護側証人として出廷した際に、こう供述している。

(1937年)12月13日頃、わが軍が南京に入城する、そのあとを追って、わが南京総領事代理(福井淳氏)も上海から南京に復帰した。
同総領事代理から本省への最初の現地報告はわが軍のアトロシテーズ(残虐行為)に関するものであった。
この電信報告は遅滞なく東亜局から陸軍省軍務局宛に送付された。当時、外務大臣はこの報告に驚きかつ心配して、私に対し早く何とかせねばならないとお話があったので、私は電信写はすでに陸軍省に送付されていること、陸海外三省事務当局連絡会議の席上、私から軍当局に警告すべきことを大臣におこたえした・・・・・


アトロシテーズ(残虐行為)の意味について、弁護人に問われた石射は「それは南京に入城したわが軍による強姦・放火・略奪というようなことを含んでおりました」と説明している。

Re: 政府や軍部の上層の人たちは知っていた

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/06/23 20:12 投稿番号: [20290 / 29399]
>南京事件の情報は発生と同時に南京の日本総領事館から外務省に報告が送られ、さらに、陸軍省、海軍省当局に伝えられた。

↑南京領事館には誰がいたの。

南京領事館とは何処の領事館なの。

日本だけしかなかったの領事館は。

Re: 政府や軍部の上層の人たちは知っていた

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/06/23 20:06 投稿番号: [20289 / 29399]
なんだ?

南京あたまか?

政府や軍部の上層の人たちは知っていた

投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/06/23 19:51 投稿番号: [20288 / 29399]
南京事件が発生した日中戦争当時ならびに太平洋戦争時には、政府や軍部が厳しい報道・出版・言論の統制と弾圧を加え、日本軍の行為については「皇軍の威信を失墜する・として日本国民に知らないようにしていたために、一般国民が南京事件について知ることは困難であった。
しかし、情報を知って統制する立場にあった政府や軍部の上層の人たちは知っていた。
南京事件の情報は発生と同時に南京の日本総領事館から外務省に報告が送られ、さらに、陸軍省、海軍省当局に伝えられた。
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