>:Re^5:百人斬り競争を裏付ける 1/2 -2
投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/06/18 23:23 投稿番号: [5369 / 29399]
>>まず、死者の名誉毀損は指摘された事実が(この場合は、本多氏による)虚偽であることを要します。本多氏は取材や資料・証言を元にして議論しているので、虚偽虚妄による記述でないことは明らかです。
toitatoiさん:>遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで裁判をしているわけです。何か変ですか?
本多氏は「百人斬りが事実である」とは記述していないはずですが...そして、本多氏は実際に掲載された記事、証言などを検証して論考しており、本多氏に虚偽はありません。仮に新聞記事が全くの作り話しであったとして、それは本多氏の虚偽虚妄によるものではありません。どうして、こんなことが分からないんでしょうか?
本多氏の著作の記述が名誉毀損に当たるかどうかであり、「百人斬りが事実である」かどうかを争っているかのように理解していることは、非常に変です。
>証拠能力の低いものを、盾に「真実だ」と述べていることが問題なのでしょう?
私がたびたび引用している『判例時報』は、恐らくご覧になっていないのでしょう。
当時の新聞記事は、本多氏の記述が虚偽虚妄でない証拠になります。また、歴史の議論では複数の史料を突き合わせて判断するのであり、一つの資料を取り上げて「証拠能力」を云々しても意味がありません。裁判でも証拠を総合的に調べます。
>>「中国において中国人民と中国人捕虜を虐殺競争し、それにより銃殺された」について、前段は証拠によってそのように推定することは可能です。
本多氏が言っていないことを論ずるのは、これ以上は止めることにします。
>>本多氏が死者の名誉が毀損したかどうかです。論理がねじれた訴状です。
>本多勝一氏の場合、残念ながら、「現在」も対象となる出版物が出版し続け、られ、積極的に主張している、という事実が、あります。過去の一時期に発言してそれでおしまい、ということとは違います。
本多氏が死者の名誉が毀損したかどうかと、中国でどういう展示がされているかなど、関係ありません。
>>新聞記事では「大きな反響」を呼んでいません。記事の内容から、A,Bが誰のことか分かった人は、まずいないでしょう。翌年、山本七平が本多氏に論争を挑んで「大きな反響」を呼んだのです。訴状は事実を曲げています。
>これは、どのように捉えるか。という問題です。..
>新聞記事がなんらかの反響を呼んで、翌年が存在したとも、言えるからです。
それなら正直に、翌年になって山本七平が A,B と匿名であることが不審だとして議論を始めたと書けばよいのです。山本氏などの論客あっての「百人斬り」論争なのに、山本・鈴木・洞各氏が他界したので、あたかも本多氏が一人で議論をしているかのような錯誤を起こさせる記述がされている訳です。
『正論』平成12年3月号 p.62 の向井千恵子氏からの「聞書き」として、「A・B」であるべきところを、わざわざ『「向井敏明」と「野田毅」』に書き換えています。こうしないと、朝日新聞の記事で「一気に波が立」ったことにならないからです。こういう事実を見れば、原告の訴状の論理にねじれた部分が生じるのは当然だと思われます。
toitatoiさん:>遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで裁判をしているわけです。何か変ですか?
本多氏は「百人斬りが事実である」とは記述していないはずですが...そして、本多氏は実際に掲載された記事、証言などを検証して論考しており、本多氏に虚偽はありません。仮に新聞記事が全くの作り話しであったとして、それは本多氏の虚偽虚妄によるものではありません。どうして、こんなことが分からないんでしょうか?
本多氏の著作の記述が名誉毀損に当たるかどうかであり、「百人斬りが事実である」かどうかを争っているかのように理解していることは、非常に変です。
>証拠能力の低いものを、盾に「真実だ」と述べていることが問題なのでしょう?
私がたびたび引用している『判例時報』は、恐らくご覧になっていないのでしょう。
当時の新聞記事は、本多氏の記述が虚偽虚妄でない証拠になります。また、歴史の議論では複数の史料を突き合わせて判断するのであり、一つの資料を取り上げて「証拠能力」を云々しても意味がありません。裁判でも証拠を総合的に調べます。
>>「中国において中国人民と中国人捕虜を虐殺競争し、それにより銃殺された」について、前段は証拠によってそのように推定することは可能です。
本多氏が言っていないことを論ずるのは、これ以上は止めることにします。
>>本多氏が死者の名誉が毀損したかどうかです。論理がねじれた訴状です。
>本多勝一氏の場合、残念ながら、「現在」も対象となる出版物が出版し続け、られ、積極的に主張している、という事実が、あります。過去の一時期に発言してそれでおしまい、ということとは違います。
本多氏が死者の名誉が毀損したかどうかと、中国でどういう展示がされているかなど、関係ありません。
>>新聞記事では「大きな反響」を呼んでいません。記事の内容から、A,Bが誰のことか分かった人は、まずいないでしょう。翌年、山本七平が本多氏に論争を挑んで「大きな反響」を呼んだのです。訴状は事実を曲げています。
>これは、どのように捉えるか。という問題です。..
>新聞記事がなんらかの反響を呼んで、翌年が存在したとも、言えるからです。
それなら正直に、翌年になって山本七平が A,B と匿名であることが不審だとして議論を始めたと書けばよいのです。山本氏などの論客あっての「百人斬り」論争なのに、山本・鈴木・洞各氏が他界したので、あたかも本多氏が一人で議論をしているかのような錯誤を起こさせる記述がされている訳です。
『正論』平成12年3月号 p.62 の向井千恵子氏からの「聞書き」として、「A・B」であるべきところを、わざわざ『「向井敏明」と「野田毅」』に書き換えています。こうしないと、朝日新聞の記事で「一気に波が立」ったことにならないからです。こういう事実を見れば、原告の訴状の論理にねじれた部分が生じるのは当然だと思われます。
これは メッセージ 5329 (toitatoi さん)への返信です.