Re: 731部隊裁判記録
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/04/17 23:12 投稿番号: [9540 / 41162]
引き続き、「731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟」のサイトからコピペを繰り返しているだけで全く進歩が見られないな。
>第4部では,ロ号棟の3棟,5棟で,細菌の大量生産が石井式培養缶(甲87)を用いて行われた(篠塚証人調書22ページ)。
元「少年隊」で現在「中帰連」の篠塚良雄証人は大活躍だな!
>人体実験では,細菌を注射・塗布して観察する生体実験を始めとして,動物の血液との交換,人為的な凍傷,減圧実験などあらゆることが行われた。
動物の血液と交換した実験と減圧実験の結果を知りたい!
是非教えてくれ!
((o(^-^)o))わくわく
>細菌兵器のうち最も殺傷力が高いと評価された「ペスト感染ノミ」を撒布する方法は,このような研究・実験から生み出された
ペスト感染ノミの人工増殖が如何に不可能で馬鹿げたことかということは、既に#6289などで説明済みだ。
(抜粋)
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(4)
蚤の増殖方法の研究
一九四三年(昭和十八年)P防疫の余暇に「ケオプス」の増殖を命ぜられたり
(略)
一〇〇瓦の蚤生産に内地よりの白鼠一、六〇〇頭を要する状況にして蚤の大量生産を命ぜられたるも到底不可能なる事であった。
(略)
(Pとはペストのこと。「ケオプス」とはノミの一種)
太田昌克「731免責の系譜−細菌戦部隊と秘蔵のファイル」日本評論社
(ISBN4-535-58260-2)の資料編「田中淳雄少佐尋問録」より引用
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田中淳雄少佐は1913年生まれで、1941年に京大医学部卒業、同年軍医学校で防疫学を学び、翌年関東軍防疫給水部に入隊、終戦まで主としてペスト防疫に従事していた人物。
この尋問録は、1945年10月30日に京都の都ホテルにおいて行われた、米軍のムーレイ・サンダース軍医中佐による、田中少佐への尋問の記録であり、この尋問の前提として、サンダース中佐は「戦争犯罪を云々するもので無く飽くまで科学者として話したい」と田中少佐に語っている。
命ぜられたのが「昭和18年(1943年)」であったことに注目。
1943年、余暇にノミの増殖研究を命ぜられたが、到底不可能であることが判明した。
つまり、1940年〜1942年に731部隊の細菌戦によってペスト被害に遭ったとする「731細菌戦賠償訴訟」は、最初から嘘っぱちのでっち上げだ。
Ψ(´_`)Ψ
現実問題として、細菌戦を実際に行なった支那軍やソ連軍でさえ、使用した細菌は「コレラ菌」や「赤痢菌」であって、ペスト菌ではない。
Ψ(´_`)Ψ
わかったね。
(参考)
「ロシアと中国が細菌を使ったので、日本は防御的生物戦の研究をやらざるをえなくなった」
フェルの尋問に対する石井の答弁
これは メッセージ 9520 (fukagawatohei さん)への返信です.
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