増田手記――安全区外は無人
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/02/18 00:26 投稿番号: [8946 / 41162]
> おもしろおかしく書くための脚色はあるのかもしれないが、基本的な事実は押さえているものと考えます。
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「南京城攻略要領」
三、城内掃蕩戦二於テハ作戦地域ヲ指定シ之ヲ厳二確守セシメ以テ友軍相撃ヲ防キ且不法行為二対スル責任ヲ明カナラシム
(南京戦史P145)
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歩七作命甲第一〇七号
歩兵第七聯隊命令
十二月十四日午後一時四十分
於
南京東部聯隊本部
一、各隊ハ共担任掃蕩地区内二兵力ヲ集結シ掃蕩ヲ続行スヘシ尚ホ掃蕩地区内ニハ歩七(配属部隊ヲ含ム)外ノ部隊ノ勝手ナル行動ヲ絶対二禁止スヘシ
(南京戦史資料集P621)
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この様に、担当地区外の活動は厳重に禁止されていました。
> 十二月十四日
掃討
> 外国租界ニ入リ避難民中ニ混リテ居ル敗残兵ノ掃討ス
第四中隊ノミニテモ五百人ヲ下ラス
玄武門側ニテ銃殺セリ
各隊ニテモ又同シト云ウ
おそらく、増田六助上等兵は安全区の正確な境界を知らなかったということでしょう。
こういうことは指揮官が知っていればいいのであって、兵卒一人一人が知っておく必要はありませんから。
そういう知識を必要としない、見聞に関しては「基本的な事実は押さえている」ということですね。
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増田六助手記
・・・其処を引揚げて中山北路へ出る道中一帯には敗残兵の捨てた兵器、弾薬、被服の類から馬や車等が街路一杯に散らかつて居る。建並ぶ商家は支那軍の為にすつかり持去られて何一つなく人影どころか犬ころ一匹居ない死の街であつた。
(南京戦史資料集P521)
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基本的な事実を抑えている増田手記は、安全区外を「人影どころか犬ころ一匹居ない死の街」と書き記しています。
表現に誇張はあるにしても、安全区外は事実上無人だったということです。
これは メッセージ 8896 (ja2047 さん)への返信です.
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