第20連隊は命令違反を公式に記録したのか?
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/02/08 23:51 投稿番号: [8874 / 41162]
> 第4中隊の公式記録(陣中日誌)に「敗残兵328名ヲ銃殺ス」の記述があり、
あのですね・・・
敗残兵を銃殺した記録が、何故安全区の掃討を担当したことの証明になるんですか。
第20連隊は15日〜16日と城外東方地区の掃討を担当していますが、この「敗残兵328名ヲ銃殺ス」は城外掃討の記述ではないんですか。
> 安全区の中山路沿いの掃討まで歩20が行ったというのが「定説」と言ってよいかと思います。
安全区は中山路の西です。
中山路は安全区と安全区外の東の境界です。
「歩兵第20連隊の担当は軽便鉄道線以西中山路以東」ならば、貴方が言う「安全区を掃討した」とは、中山路の路上をうろうろしていた敗残兵を射殺し、あるいは捕獲したという意味ですか。
安全区の地理的条件が分かっていますか?
作戦区域というものは、常識的には厳密に定められているものです。
担当外の、しかも異なる師団に属する部隊が掃討に入り込むなど明らかに命令違反であり、普通に考えればありえません。
> これと第四中隊陣中日誌から同中隊の掃討は安全区東部の一部を含んでいたと記述しています(P328,361,364)
だったら勿体ぶっていないで、第4中隊陣中日誌を引用したらどうですか?
間違いなく、12/14のことなんでしょうね?
命令違反を陣中日誌に堂々と書き残したというのは、俄には信じ難いんですけど。
これは メッセージ 8871 (ja2047 さん)への返信です.
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