Re: 南京事件の国際的認識
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/31 20:41 投稿番号: [8789 / 41162]
ja2047:
> このあと、エスピーの陥落後の南京の実状報告が南京の外へ発送されたのが2月2日。
> 駐日大使ジョセフグルーが南京の大使館員に対する日本軍人の暴行に抗議したのも
> この時期になってのこと。
(No.8183)
nmwgip:
> 印象操作はやめましょう。
> 南京の大使館員に対する日本軍人の暴行(アリソン事件のことですか?)についてはともかく、南京における日本軍の不法行為に関するグルーの抗議に対する広田の回答は1938年1月19日に示されています。
> いわゆる「南京大虐殺」(ここでは南京事件と呼ぶ方が適当か)に関するアメリカ大使の抗議は、2月以降のことじゃありません。
(No.8231)
ja2047:
> たとえば、1/26のアベンド記事によれば、
> 「一月二十四日、上海発。軍事的必要その他の日本側の口実をすべて剥ぎ取ってみるに、日本軍の中国前首都攻撃から一月と十日経った南京の現状は、日本当局が外交官以外のいかなる外国人の南京訪問をも許可できないほど無法で蛮虐であるという赤裸々な事実が残る。」
> と、書き始められており、
> 情報の途絶に外部がいぶかっている事情を伝えています。
(No.8245)
ja2047:
> 1月6日以降に各国大使館員が南京に帰任したことは、私としては繰り返し
> 指摘しています。
> 私が言ってるのは、ダーディン記事、スティール記事以上に詳しい報告が
> 外部に発信され、知られているかどうかであり、それがせいぜい顧維鈞演説と
> 同じ時期でしかないと言う意味ですので、お間違えなく。
(No.8692)
なるほどなるほど、道理でNo.8231の私の指摘に対して、直接反論しなかった訳です。
第100回理事会開催時点で、ダーディン記事、スティール記事より詳細な情報を得ることのできる外交官が南京で活動しており、本国政府は当然その情報を得ていたはずであることが分かっていたから、アベンドの記事で誤魔化したということですね。
外交官が本国に発信しようとした情報を日本軍が妨害したら、それだけで敵対行為です。
列強の介入を何とかして回避したかった日本軍がそんな真似をするはずはありません。
現にアメリカ駐日大使は、南京に帰還した外交官からの情報に基づき日本政府に抗議しているのですから、南京からの情報が途絶していたという事実は考えられません。(アメリカの抗議が12/19以前の情報に基づくものではなく、1月以降の情報に基づくものであるというのも貴方の主張でした。)
1/6以前の情報についても、国際委員会から色々と聴取する機会があったことでしょう。
国際委員会は帰還した外交官にせっせと告げ口の手紙を送っていますから。(『南京安全地帯の記録』第二部)
例えマスコミは知らなくても、南京に外交官を置いていた列強政府は、少なくとも1月中旬の時点で南京の実情を知っていたということです。
このことは、グルーの抗議に対する広田の回答が1/19だったことから明らかです。
決してグルーの対日抗議は顧維鈞演説と同じ時期などではなく、それより少なくとも半月以上前です。
この点については明らかに、貴方はNo.8183で虚偽を述べていますね。
アリソン事件以前にもアメリカから抗議が行われた事実を隠し、アリソン事件に関する抗議が南京に関するアメリカから日本に向けた最初のアクションであるかのように偽装しています。
それに、「情報の途絶に外部がいぶかっている」と言いますが、アベンドの記事以前に無線電報が通じていたことは『南京安全地帯の記録』第42号文書で明らかです。
このように、情報が遮断されていた為に、国際連盟第100回理事会で南京事件に関する決議が行われなかったという仮説には、根拠がなくなりました。
> このあと、エスピーの陥落後の南京の実状報告が南京の外へ発送されたのが2月2日。
> 駐日大使ジョセフグルーが南京の大使館員に対する日本軍人の暴行に抗議したのも
> この時期になってのこと。
(No.8183)
nmwgip:
> 印象操作はやめましょう。
> 南京の大使館員に対する日本軍人の暴行(アリソン事件のことですか?)についてはともかく、南京における日本軍の不法行為に関するグルーの抗議に対する広田の回答は1938年1月19日に示されています。
> いわゆる「南京大虐殺」(ここでは南京事件と呼ぶ方が適当か)に関するアメリカ大使の抗議は、2月以降のことじゃありません。
(No.8231)
ja2047:
> たとえば、1/26のアベンド記事によれば、
> 「一月二十四日、上海発。軍事的必要その他の日本側の口実をすべて剥ぎ取ってみるに、日本軍の中国前首都攻撃から一月と十日経った南京の現状は、日本当局が外交官以外のいかなる外国人の南京訪問をも許可できないほど無法で蛮虐であるという赤裸々な事実が残る。」
> と、書き始められており、
> 情報の途絶に外部がいぶかっている事情を伝えています。
(No.8245)
ja2047:
> 1月6日以降に各国大使館員が南京に帰任したことは、私としては繰り返し
> 指摘しています。
> 私が言ってるのは、ダーディン記事、スティール記事以上に詳しい報告が
> 外部に発信され、知られているかどうかであり、それがせいぜい顧維鈞演説と
> 同じ時期でしかないと言う意味ですので、お間違えなく。
(No.8692)
なるほどなるほど、道理でNo.8231の私の指摘に対して、直接反論しなかった訳です。
第100回理事会開催時点で、ダーディン記事、スティール記事より詳細な情報を得ることのできる外交官が南京で活動しており、本国政府は当然その情報を得ていたはずであることが分かっていたから、アベンドの記事で誤魔化したということですね。
外交官が本国に発信しようとした情報を日本軍が妨害したら、それだけで敵対行為です。
列強の介入を何とかして回避したかった日本軍がそんな真似をするはずはありません。
現にアメリカ駐日大使は、南京に帰還した外交官からの情報に基づき日本政府に抗議しているのですから、南京からの情報が途絶していたという事実は考えられません。(アメリカの抗議が12/19以前の情報に基づくものではなく、1月以降の情報に基づくものであるというのも貴方の主張でした。)
1/6以前の情報についても、国際委員会から色々と聴取する機会があったことでしょう。
国際委員会は帰還した外交官にせっせと告げ口の手紙を送っていますから。(『南京安全地帯の記録』第二部)
例えマスコミは知らなくても、南京に外交官を置いていた列強政府は、少なくとも1月中旬の時点で南京の実情を知っていたということです。
このことは、グルーの抗議に対する広田の回答が1/19だったことから明らかです。
決してグルーの対日抗議は顧維鈞演説と同じ時期などではなく、それより少なくとも半月以上前です。
この点については明らかに、貴方はNo.8183で虚偽を述べていますね。
アリソン事件以前にもアメリカから抗議が行われた事実を隠し、アリソン事件に関する抗議が南京に関するアメリカから日本に向けた最初のアクションであるかのように偽装しています。
それに、「情報の途絶に外部がいぶかっている」と言いますが、アベンドの記事以前に無線電報が通じていたことは『南京安全地帯の記録』第42号文書で明らかです。
このように、情報が遮断されていた為に、国際連盟第100回理事会で南京事件に関する決議が行われなかったという仮説には、根拠がなくなりました。
これは メッセージ 8692 (ja2047 さん)への返信です.