便衣兵処刑違法論に対する論評(1)
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/25 00:11 投稿番号: [8622 / 41162]
本件についてはja2047氏が議論を放棄しましたので、便衣兵処刑に関するNo.8250のレスについて、反論ではなく論評してみましょう。
> 現地の実態とか、残存している資料は全く無視して、机上論で
> 自分の好き勝手な結論へ導いてしまう。
得意の決め付けですね。
「現地の実態」よりも、自分にとって都合のいい資料のみで机上論を展開しているのは、実のところ彼の方なんですが。
> この場合ですと、「違法交戦者を裁判抜きで処刑するのは合法か」
> という論点でのみあなたは話を進めているのですね。
No.7659〜No.7662は便衣兵処刑の合法性を論じた物なのですから、「違法交戦者を裁判抜きで処刑するのは合法か」という論点で論述を展開するのは当たり前なのですが、あたかもこれが偏った態度であるかのように彼は印象操作をしていますね。
そもそも何故、No.7659〜No.7662を引用先として示したかと言うと、
> 正しく選別されたか、というのと、権力下に置いた敵兵を殺すことが合法か、と言う
> 問題があるのですが、
(No.8220)
彼の「権力下に置いた敵兵を殺すことが合法か、と言う問題がある」という発言を受けてのことなのですが。
> 後の東京裁判でのやりとりでも
次に彼は、東京裁判を便衣兵処刑違法性の論拠として持ち出しています。
しかし、これは全くの的外れです。
東京裁判は便衣兵処刑違法性の根拠となりません。
何故ならば東京裁判の争点のうち南京戦に関して争われたのは
訴因54 戦争犯罪行為の命令・授権
訴因55 戦争犯罪防止に対する不作為
の二項目。
弁護側は南京戦における戦争犯罪の不存在そのものについても争おうとしましたが、出鱈目な証拠規則と裁判長ウェッブの恣意的な訴訟指揮により反対尋問を封じられこれを断念(ロヴィン弁護人の質問に対する介入は有名)、仮に戦争犯罪が実在したとしても被告は無罪であると主張する戦術に方向転換しました。
その結果、松井総司令(当時)については訴因55以外無罪を勝ち取ったのです。
残念ながら松井総司令はこの唯一つの有罪判決で死刑にされてしまいましたが、戦争犯罪行為の命令・授権が無かったとあの東京裁判法廷すら認めざるを得なかったという事実には大きな意義があると思います。
しかしこのことは、ここでの論述に直接の関係はありません。
ここで関係があるのは、弁護側が南京戦における戦争犯罪行為の有無を最後まで争わなかったという事実です。(正確に言うなら、最後まで追及することが出来なかった。)
裁判には、判決に不要な争点は採り上げないという原則があります。
このことは、靖国訴訟における高松高裁の判決にも明らかです。(あの高松高裁水野裁判長の判決こそは司法の原則を堅持した卓見だと思います。それに対して大阪高裁、福岡地裁の判決は憲法第81条に明らかに抵触するものです。)
東京裁判においては、南京戦における不法行為が本当にあったかどうかは直接の争点ではなくなっていたのです。
ここにおいて、東京裁判法廷において便衣兵処刑の不法性が争われることもなくなりました。東京裁判法廷が便衣兵処刑の不法性について何を言おうと、それは検察側の一方的な主張に過ぎず、判例とはなり得ないのです。
・・・まあ、東京裁判そのものが司法裁判ではありませんから、そこでどんな判決が下されようと、元々判例とはなり得ないものですが。
> 現地の実態とか、残存している資料は全く無視して、机上論で
> 自分の好き勝手な結論へ導いてしまう。
得意の決め付けですね。
「現地の実態」よりも、自分にとって都合のいい資料のみで机上論を展開しているのは、実のところ彼の方なんですが。
> この場合ですと、「違法交戦者を裁判抜きで処刑するのは合法か」
> という論点でのみあなたは話を進めているのですね。
No.7659〜No.7662は便衣兵処刑の合法性を論じた物なのですから、「違法交戦者を裁判抜きで処刑するのは合法か」という論点で論述を展開するのは当たり前なのですが、あたかもこれが偏った態度であるかのように彼は印象操作をしていますね。
そもそも何故、No.7659〜No.7662を引用先として示したかと言うと、
> 正しく選別されたか、というのと、権力下に置いた敵兵を殺すことが合法か、と言う
> 問題があるのですが、
(No.8220)
彼の「権力下に置いた敵兵を殺すことが合法か、と言う問題がある」という発言を受けてのことなのですが。
> 後の東京裁判でのやりとりでも
次に彼は、東京裁判を便衣兵処刑違法性の論拠として持ち出しています。
しかし、これは全くの的外れです。
東京裁判は便衣兵処刑違法性の根拠となりません。
何故ならば東京裁判の争点のうち南京戦に関して争われたのは
訴因54 戦争犯罪行為の命令・授権
訴因55 戦争犯罪防止に対する不作為
の二項目。
弁護側は南京戦における戦争犯罪の不存在そのものについても争おうとしましたが、出鱈目な証拠規則と裁判長ウェッブの恣意的な訴訟指揮により反対尋問を封じられこれを断念(ロヴィン弁護人の質問に対する介入は有名)、仮に戦争犯罪が実在したとしても被告は無罪であると主張する戦術に方向転換しました。
その結果、松井総司令(当時)については訴因55以外無罪を勝ち取ったのです。
残念ながら松井総司令はこの唯一つの有罪判決で死刑にされてしまいましたが、戦争犯罪行為の命令・授権が無かったとあの東京裁判法廷すら認めざるを得なかったという事実には大きな意義があると思います。
しかしこのことは、ここでの論述に直接の関係はありません。
ここで関係があるのは、弁護側が南京戦における戦争犯罪行為の有無を最後まで争わなかったという事実です。(正確に言うなら、最後まで追及することが出来なかった。)
裁判には、判決に不要な争点は採り上げないという原則があります。
このことは、靖国訴訟における高松高裁の判決にも明らかです。(あの高松高裁水野裁判長の判決こそは司法の原則を堅持した卓見だと思います。それに対して大阪高裁、福岡地裁の判決は憲法第81条に明らかに抵触するものです。)
東京裁判においては、南京戦における不法行為が本当にあったかどうかは直接の争点ではなくなっていたのです。
ここにおいて、東京裁判法廷において便衣兵処刑の不法性が争われることもなくなりました。東京裁判法廷が便衣兵処刑の不法性について何を言おうと、それは検察側の一方的な主張に過ぎず、判例とはなり得ないのです。
・・・まあ、東京裁判そのものが司法裁判ではありませんから、そこでどんな判決が下されようと、元々判例とはなり得ないものですが。
これは メッセージ 8250 (ja2047 さん)への返信です.