ベイツが蒋介石政府から勲章を貰った理由
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/14 11:57 投稿番号: [8322 / 41162]
>「こういう嘘を付くやつのことは工作員というのだし、こいつは工作員なんだから
>嘘を言ってるとしか考えられないじゃないか」
だって嘘を言ってるのは事実だろ。
ベイツは、12月15日、南京において目の前に居てその後も南京に留まる日本の新聞記者や同僚の陳教授には嘘が通用しないから有りの儘の事実を話し、南京に居ない知人や南京を去るダーディンやスティールたちには大嘘宣伝工作をしたのだ。
>同じ時期に同じ街にいて、その様子を見ているのだよ。
>それを踏まえた上で、記者として取材したことについては信憑性を認めて
いるわけだ。
東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言
「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ。
記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」
>>戦闘や便衣兵処刑や懐中電灯掠奪等つまらないネタしかなかったダーディンとスティールは、
>捕虜処刑がつまらないこととはダーディンもスティールも考えてはいなかった
んだよ。
>二人とも無抵抗の中国人が大量に殺害された様子をかなり力を入れて描写
している。
無抵抗の便衣兵に同情するダーディンとスティールは馬鹿なんだろ。
>戦後のダーディンインタビューでも、スティールインタビューでも、見ていないことを
>メモだけ元に書いたとは言ってない。
12月15日以降も長期間南京に滞在したベイツら15人の安全区国際委員会メンバーや圧倒的多数の日本人記者・カメラマンなどが1件も目撃しなかった「日本軍による無辜の一般市民虐殺」を、ダーディンやスティールは3日間のうちに目撃していたと言ったの?
>日本人の記者の証言では兵士の殺害に安全区から狩り出された市民が混入
しており、
じゃー、混入していたのかもね。
便衣になって安全区に潜伏した約1万人の支那軍兵士たち、更には彼らを匿っていた安全区国際委員会の罪は万死に値する。
>新聞記事というものは取材によって書かれるものであるから、直接の目撃で
>なくても報道としての価値はある。
で、ダーディンとスティールは、「日本軍による無辜の一般市民虐殺」を目撃しなかったことは認める訳ね?
>記事に載っていることについてはベイツがこれに近い発言をしたと考えるのが
>自然であるが、触れられていない事柄についてベイツが発言しなかったのか
>どうかは正確に知ることが出来ない。
ベイツは、『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と言って東京日日新聞の記者の手を握ったんだよ。
ベイツが、同じ時に同じ相手に『…日本軍は、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…(略)…南京で示されているこの身の毛もよだつような状態…』と発言したと思う?
>反面、同じ時期の知人宛の書簡は、他の安全区委員達の認識と共通した内容で
あることが確認できる。
それは、安全区国際委員会が安全区嘘吐き宣伝委員会と化していたから。#8067
確認できるのは、寧ろ、安全区国際委員会のメンバーは、だれ一人として日本軍による無辜の南京市民虐殺を目撃しなかったこと。
そして、安全区国際委員会には、検証などせず支那人たちから一方的に聞いただけの殺人事件の記録が僅かに数十件だけあること。
それなのに、彼らは、日本大使館や日本軍に対しては伝達しなかった千単位・万単位の虐殺・強姦・掠奪を、南京の外に向けて一生懸命宣伝していたこと。
>私はこの時にベイツが叙勲されているかどうか正確なところを知らないし、
>その叙勲理由がどう書かれているのか確認していない。
確実に言えることは、ベイツは1938には南京を去っていた蒋介石政府から勲章を貰うほど、蒋介石政府に貢献していたということ。
日本への協力者は血祭りにするのが蒋介石政府の方針だったにも拘わらず、1938年に蒋介石政府から勲章を貰うベイツの行為とは宣伝工作以外に何があると言うの?
>嘘を言ってるとしか考えられないじゃないか」
だって嘘を言ってるのは事実だろ。
ベイツは、12月15日、南京において目の前に居てその後も南京に留まる日本の新聞記者や同僚の陳教授には嘘が通用しないから有りの儘の事実を話し、南京に居ない知人や南京を去るダーディンやスティールたちには大嘘宣伝工作をしたのだ。
>同じ時期に同じ街にいて、その様子を見ているのだよ。
>それを踏まえた上で、記者として取材したことについては信憑性を認めて
いるわけだ。
東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言
「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ。
記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」
>>戦闘や便衣兵処刑や懐中電灯掠奪等つまらないネタしかなかったダーディンとスティールは、
>捕虜処刑がつまらないこととはダーディンもスティールも考えてはいなかった
んだよ。
>二人とも無抵抗の中国人が大量に殺害された様子をかなり力を入れて描写
している。
無抵抗の便衣兵に同情するダーディンとスティールは馬鹿なんだろ。
>戦後のダーディンインタビューでも、スティールインタビューでも、見ていないことを
>メモだけ元に書いたとは言ってない。
12月15日以降も長期間南京に滞在したベイツら15人の安全区国際委員会メンバーや圧倒的多数の日本人記者・カメラマンなどが1件も目撃しなかった「日本軍による無辜の一般市民虐殺」を、ダーディンやスティールは3日間のうちに目撃していたと言ったの?
>日本人の記者の証言では兵士の殺害に安全区から狩り出された市民が混入
しており、
じゃー、混入していたのかもね。
便衣になって安全区に潜伏した約1万人の支那軍兵士たち、更には彼らを匿っていた安全区国際委員会の罪は万死に値する。
>新聞記事というものは取材によって書かれるものであるから、直接の目撃で
>なくても報道としての価値はある。
で、ダーディンとスティールは、「日本軍による無辜の一般市民虐殺」を目撃しなかったことは認める訳ね?
>記事に載っていることについてはベイツがこれに近い発言をしたと考えるのが
>自然であるが、触れられていない事柄についてベイツが発言しなかったのか
>どうかは正確に知ることが出来ない。
ベイツは、『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と言って東京日日新聞の記者の手を握ったんだよ。
ベイツが、同じ時に同じ相手に『…日本軍は、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…(略)…南京で示されているこの身の毛もよだつような状態…』と発言したと思う?
>反面、同じ時期の知人宛の書簡は、他の安全区委員達の認識と共通した内容で
あることが確認できる。
それは、安全区国際委員会が安全区嘘吐き宣伝委員会と化していたから。#8067
確認できるのは、寧ろ、安全区国際委員会のメンバーは、だれ一人として日本軍による無辜の南京市民虐殺を目撃しなかったこと。
そして、安全区国際委員会には、検証などせず支那人たちから一方的に聞いただけの殺人事件の記録が僅かに数十件だけあること。
それなのに、彼らは、日本大使館や日本軍に対しては伝達しなかった千単位・万単位の虐殺・強姦・掠奪を、南京の外に向けて一生懸命宣伝していたこと。
>私はこの時にベイツが叙勲されているかどうか正確なところを知らないし、
>その叙勲理由がどう書かれているのか確認していない。
確実に言えることは、ベイツは1938には南京を去っていた蒋介石政府から勲章を貰うほど、蒋介石政府に貢献していたということ。
日本への協力者は血祭りにするのが蒋介石政府の方針だったにも拘わらず、1938年に蒋介石政府から勲章を貰うベイツの行為とは宣伝工作以外に何があると言うの?
これは メッセージ 8317 (ja2047 さん)への返信です.