南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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ベイツが蒋介石から2回貰った勲章の共通性

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/14 11:57 投稿番号: [8323 / 41162]
>だが、触れられていない話題について、ベイツが何を話したか、あるいは
>何を考えていたのかは、ここから知ることは出来ない。

ベイツが、『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と言って東京日日新聞の記者の手を握った時に、実は同じ相手に『…日本軍は、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…(略)…南京で示されているこの身の毛もよだつような状態…』と発言したり考えていた可能性があるとでも?
考えていたなら、目の前の新聞記者や南京に居た日本軍憲兵隊などに訴えるのが安全区国際委員会の責務だろ。
ベイツは、そのような責務を果たしていなかった。


><ベイツの手記、証言はその後も一貫しており、他の難民区委員達の残した
>記録とも大筋で一致する。   外国人達の共通認識だ。

それは、安全区国際委員会が安全区嘘吐き宣伝委員会と化していたから。#8067
確認できるのは、寧ろ、安全区国際委員会のメンバーは、だれ一人として日本軍による無辜の南京市民虐殺を目撃しなかったこと。
そして、安全区国際委員会には、検証などせず支那人たちから一方的に聞いただけの殺人事件の記録が僅かに数十件だけあること。
それなのに、彼らは、日本大使館や日本軍に対しては伝達しなかった千単位・万単位の虐殺・強姦・掠奪を、南京の外に向けて一生懸命宣伝していたこと。

更には、ベイツが、1938年と1946年に蒋介石政府から勲章を貰ったこと。

1938年は、『埋葬による証拠の示すところでは、4万人近くの非武装の人間が南京城内または城門の付近で殺され、その内の約30%はかつて兵隊になったことのない人々である。』などと書いた1937年12月26日付のベイツの手紙が、ティンパリーの『WHAT   WAR   MEANS』』(戦争とは何か)に編纂されて出版された年。

1946年は、ベイツが、東京裁判で、「安全区国際委員会の報告のみを基に強姦件数を8千件」などと偽証したり、その他諸々の理解に苦しむ驚くべき証言をした年。
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