日中戦争に関する国際連盟の主要な決議
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/07 02:15 投稿番号: [8157 / 41162]
1937/9/28
第18回総会、日本の中国都市爆撃の非難決議
1937/10/6 第18回総会、日本を9ヶ国条約と不戦条約に違反していると決議
1938/2/3 第100回理事会、中国支援決議
1938/5/14 第101回理事会、日本軍の空爆と山東戦線における毒ガス使用に対する非難決議
日本の戦争行為全体を非難する決議とは、1937/10/6の決議を指すのでしょう。
正確には、9ヶ国条約違反は侵略に対する非難を意味しないし、不戦条約違反は不戦条約採択時の国際的合意を鑑みると国際連盟で決議できるような事項ではありませんが。
なお、1935年のイタリアによるエチオピア侵攻において国際連盟はイタリアを侵略国と宣言し、1939年のソ連によるフィンランド侵攻において国際連盟はソ連を侵略国として除名しましたが、日本を侵略国と宣言した決議は寡聞にして耳にしたことがありません。
そういう解釈はひとまず脇において置くとしまして、1937/10/6の決議及び1938/2/3の決議の後は、日本の個別の軍事行動に対する非難決議は行っていないかというと、そうではありません。
第101回理事会において、山東戦線における毒ガス使用に対する非難決議を採択しています。
「国際連盟が日本の戦争行為全体を非難する決議を行っている」から「あらためてこれを取り上げることはなかった」という事実はありません。
第100回理事会はまさに「南京大虐殺」が行われていたとされる時期に開催されていたのですから、もし「南京大虐殺」が事実であると世界が認識していたなら、第100回理事会で非難決議を採択しなかったのは、奇妙を通り越して奇怪です。
事実を元に考察するなら、国際連盟が「南京大虐殺」に対する非難決議を行わなかった理由はただ一つしかありません。
国際連盟(構成国)は、南京における大規模な戦争犯罪プロパガンダを事実と認めていなかったのです。
このように
> 第二次大戦の終了までには1937年から38年に掛けて南京で
> 日本軍による捕虜の大量処分と住民への大暴行があったことは広く
> 知られていましたが、日本側がこれを打ち消すことができなかった
> と言うことです。
という記録も状況証拠も認められません。
違うと言うなら、「広く」なんていう抽象概念ではなく、東京裁判以前に南京大虐殺が公的に、あるいは国際世論に認められていた記録または状況証拠を示してください。
せいぜい「過去にもあったことだ」くらいの認識しか出てこないと思いますけどね。
余談ですが、東京裁判の訴因には当初毒ガス使用の戦争犯罪が挙げられていました。ところが、国際連盟でも非難決議が行われた日本軍による毒ガス使用の戦争犯罪に対する訴追は、いつの間にか立ち消えになっています。
揮発性の高いルイサイトならともかく、マスタードガスは不揮発性、難溶性で長期間その痕跡が物証として残留するはずなんですけどね。
大規模な毒ガスの使用があれば周辺住民の二次被害も免れなかったでしょうし、その場合は特徴的な後遺症が観察されるはずですが。
例え日本軍の毒ガス使用が事実だったとしても戦時復仇に該当してしまうので、証拠集めの前に訴追を諦めたんでしょうかw
それに、日本軍について判明している事実は、非致死性ガスの使用のみで、致死性ガスの使用については未だに立証されていませんしね。
それで、不法殺害被害者数の記録はどうなりましたか?
推論でも見積もりでもなく、記録ですよ。
記録の意味が分かりませんか?
それとも、記録が無いことは事実が無いことの証明になるという論法は誤りであったと認め、撤回しますか?
1937/10/6 第18回総会、日本を9ヶ国条約と不戦条約に違反していると決議
1938/2/3 第100回理事会、中国支援決議
1938/5/14 第101回理事会、日本軍の空爆と山東戦線における毒ガス使用に対する非難決議
日本の戦争行為全体を非難する決議とは、1937/10/6の決議を指すのでしょう。
正確には、9ヶ国条約違反は侵略に対する非難を意味しないし、不戦条約違反は不戦条約採択時の国際的合意を鑑みると国際連盟で決議できるような事項ではありませんが。
なお、1935年のイタリアによるエチオピア侵攻において国際連盟はイタリアを侵略国と宣言し、1939年のソ連によるフィンランド侵攻において国際連盟はソ連を侵略国として除名しましたが、日本を侵略国と宣言した決議は寡聞にして耳にしたことがありません。
そういう解釈はひとまず脇において置くとしまして、1937/10/6の決議及び1938/2/3の決議の後は、日本の個別の軍事行動に対する非難決議は行っていないかというと、そうではありません。
第101回理事会において、山東戦線における毒ガス使用に対する非難決議を採択しています。
「国際連盟が日本の戦争行為全体を非難する決議を行っている」から「あらためてこれを取り上げることはなかった」という事実はありません。
第100回理事会はまさに「南京大虐殺」が行われていたとされる時期に開催されていたのですから、もし「南京大虐殺」が事実であると世界が認識していたなら、第100回理事会で非難決議を採択しなかったのは、奇妙を通り越して奇怪です。
事実を元に考察するなら、国際連盟が「南京大虐殺」に対する非難決議を行わなかった理由はただ一つしかありません。
国際連盟(構成国)は、南京における大規模な戦争犯罪プロパガンダを事実と認めていなかったのです。
このように
> 第二次大戦の終了までには1937年から38年に掛けて南京で
> 日本軍による捕虜の大量処分と住民への大暴行があったことは広く
> 知られていましたが、日本側がこれを打ち消すことができなかった
> と言うことです。
という記録も状況証拠も認められません。
違うと言うなら、「広く」なんていう抽象概念ではなく、東京裁判以前に南京大虐殺が公的に、あるいは国際世論に認められていた記録または状況証拠を示してください。
せいぜい「過去にもあったことだ」くらいの認識しか出てこないと思いますけどね。
余談ですが、東京裁判の訴因には当初毒ガス使用の戦争犯罪が挙げられていました。ところが、国際連盟でも非難決議が行われた日本軍による毒ガス使用の戦争犯罪に対する訴追は、いつの間にか立ち消えになっています。
揮発性の高いルイサイトならともかく、マスタードガスは不揮発性、難溶性で長期間その痕跡が物証として残留するはずなんですけどね。
大規模な毒ガスの使用があれば周辺住民の二次被害も免れなかったでしょうし、その場合は特徴的な後遺症が観察されるはずですが。
例え日本軍の毒ガス使用が事実だったとしても戦時復仇に該当してしまうので、証拠集めの前に訴追を諦めたんでしょうかw
それに、日本軍について判明している事実は、非致死性ガスの使用のみで、致死性ガスの使用については未だに立証されていませんしね。
それで、不法殺害被害者数の記録はどうなりましたか?
推論でも見積もりでもなく、記録ですよ。
記録の意味が分かりませんか?
それとも、記録が無いことは事実が無いことの証明になるという論法は誤りであったと認め、撤回しますか?
これは メッセージ 8136 (ja2047 さん)への返信です.