ベイツは嘘の宣伝をしたのだ。諦めろ。2
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/04 21:59 投稿番号: [8140 / 41162]
>おや、でりちゃんの引用した「再審・南京大虐殺」が無茶苦茶な記述を
>していた件については「問題あり」と認めたのではなかったのか?
出典の誤植があったこと?
誤植や解釈の間違いは誰の本にもある。
洞富雄や笠原十九司などの本や、『Eyewitness To Massacre』のような悪質な改竄・捏造の方が余程問題だ。
秦郁彦だって、デマ本やデマ記事やデマ日記を碌な検証もせずに事実として垂れ流している。
>【支那人に変装した日本軍憲兵】ってベイツが書いているのかね?
>「再審・南京大虐殺」の著者が勝手に書いてるんだよ。
>ベイツは「一部に中国人の服を着た日本兵」と書いてるんだ。
ベイツはアリソン宛に「それらの日本人たちは憲兵で、少なくともその一部は、中学校の門に配備された衛兵たちでした。彼らは中国人の布靴を履き、一部に中国服を着ていました。」と書いたのだが、どうしても違うと言うなら、以下のように言い方を変更しても構わないよ。
―――――――
どうして、ペイツは、「詳細はわからない」と言いながら、また自ら目撃したわけでもないのに、犯人達は支那人の布靴や服を着用した日本兵、それも憲兵だと断定できるの?
どうして、ベイツは、このことを日本大使館宛の文書で抗議しなかったの?
―――――――
>具体的な推計方法は資料が残っていないようなので、私には判らない。
>アメリカのキリスト者への手紙、ではベイツはこう書いている。
判らないのではなく、ベイツは、アメリカのキリスト者への手紙や東京裁判で嘘を吐いたんだよ。
東京裁判でベイツは、「安全区国際委員会の報告のみを基に強姦件数を8千件」と証言したのだから、結局、8千件は根拠のない出鱈目なんだよ。
騙せそうな相手や、騙せそうな時に、根拠もなく出した数字だ。
つまり、ベイツは嘘の宣伝工作をしていたんだ。
いい加減に諦めろ。
>>本当にベイツは、東京裁判で証言したように、強姦して居る日本兵を強姦されて居る女達から引き退けたの?
>>どうして、ベイツは、当時そのことを安全区国際委員会から日本大使館宛の文書で抗議しなかったの?
>こらこら、自分で3月19日の国際委員会記録第467件を引用しといて何を言う。
(・・。)へ??
【3月19日の国際委員会記録第467件】は、『ベイツ博士が四時五分ころ、現場に到着して兵士に近づくと、兵士は脅すように銃剣を振り回し、ふてぶてしい態度で「女が欲しいのだ」と言った。だが、ベイツ博士は兵士を説得してそこを立ち去らせた。』という話。
一方、【東京裁判におけるベイツ証言】は、『私は其の強姦して居る兵隊を強姦されて居る女達から引き退けたのであります。』という話。
全く違う話なのだから誤魔化すな。
>1938年のは難民保護の功績によるものと思うがね。
日本軍が占領した南京で難民を保護していたベイツが、南京から居なくなっていた国民政府から勲章を貰ったの?
そんな馬鹿な…
>1946年の叙勲が1945年に大学に帰任したことによるものであれ、東京裁判への協力に
>対するものであれ、それは証言の真偽には関係ないだろう。
大学に帰任すると勲章を貰えるの?
東京裁判で事実を証言すると勲章を貰えるの?
そんな馬鹿な…
>それ、根拠ないだろ。
>でりちゃんの憶測なんだから、私は正しいかどうか判らない。
外国との折衝をしていた上海日本大使館参事官の日高信六郎が、12月17日・18日に南京を訪れたとき、憲兵隊長や参謀長や警備司令部などに会い、暴行の多発を説いてまわったというのは、オマエが出したソースにあった。
12月20日以前に、第十軍参謀長に「強姦のみで百余件」と伝えたのは、彼以外には考えられない。
日本軍に通報された強姦の件数は、1938年までの分を入れても合計7件〜10件だ(#8050)。
日高信六郎が、安全区国際委員会の発信していた日本軍の悪行宣伝を真に受けたか何かの理由で、12月17日・18日に南京の日本軍関係者に言い触らしたのだ。
>松井大将に暴行の多発を最初に報告したのは誰だったかな。
>憲兵隊長だと松井大将は言っている。
>憲兵隊も状況を把握していたと考えた方が自然だろうね。
だから、それは、日高信六郎が、12月17日・18日に南京を訪れたとき、憲兵隊長や第十軍参謀長や警備司令部などを訪問して暴行の多発を説いてまわったからだろ。
>していた件については「問題あり」と認めたのではなかったのか?
出典の誤植があったこと?
誤植や解釈の間違いは誰の本にもある。
洞富雄や笠原十九司などの本や、『Eyewitness To Massacre』のような悪質な改竄・捏造の方が余程問題だ。
秦郁彦だって、デマ本やデマ記事やデマ日記を碌な検証もせずに事実として垂れ流している。
>【支那人に変装した日本軍憲兵】ってベイツが書いているのかね?
>「再審・南京大虐殺」の著者が勝手に書いてるんだよ。
>ベイツは「一部に中国人の服を着た日本兵」と書いてるんだ。
ベイツはアリソン宛に「それらの日本人たちは憲兵で、少なくともその一部は、中学校の門に配備された衛兵たちでした。彼らは中国人の布靴を履き、一部に中国服を着ていました。」と書いたのだが、どうしても違うと言うなら、以下のように言い方を変更しても構わないよ。
―――――――
どうして、ペイツは、「詳細はわからない」と言いながら、また自ら目撃したわけでもないのに、犯人達は支那人の布靴や服を着用した日本兵、それも憲兵だと断定できるの?
どうして、ベイツは、このことを日本大使館宛の文書で抗議しなかったの?
―――――――
>具体的な推計方法は資料が残っていないようなので、私には判らない。
>アメリカのキリスト者への手紙、ではベイツはこう書いている。
判らないのではなく、ベイツは、アメリカのキリスト者への手紙や東京裁判で嘘を吐いたんだよ。
東京裁判でベイツは、「安全区国際委員会の報告のみを基に強姦件数を8千件」と証言したのだから、結局、8千件は根拠のない出鱈目なんだよ。
騙せそうな相手や、騙せそうな時に、根拠もなく出した数字だ。
つまり、ベイツは嘘の宣伝工作をしていたんだ。
いい加減に諦めろ。
>>本当にベイツは、東京裁判で証言したように、強姦して居る日本兵を強姦されて居る女達から引き退けたの?
>>どうして、ベイツは、当時そのことを安全区国際委員会から日本大使館宛の文書で抗議しなかったの?
>こらこら、自分で3月19日の国際委員会記録第467件を引用しといて何を言う。
(・・。)へ??
【3月19日の国際委員会記録第467件】は、『ベイツ博士が四時五分ころ、現場に到着して兵士に近づくと、兵士は脅すように銃剣を振り回し、ふてぶてしい態度で「女が欲しいのだ」と言った。だが、ベイツ博士は兵士を説得してそこを立ち去らせた。』という話。
一方、【東京裁判におけるベイツ証言】は、『私は其の強姦して居る兵隊を強姦されて居る女達から引き退けたのであります。』という話。
全く違う話なのだから誤魔化すな。
>1938年のは難民保護の功績によるものと思うがね。
日本軍が占領した南京で難民を保護していたベイツが、南京から居なくなっていた国民政府から勲章を貰ったの?
そんな馬鹿な…
>1946年の叙勲が1945年に大学に帰任したことによるものであれ、東京裁判への協力に
>対するものであれ、それは証言の真偽には関係ないだろう。
大学に帰任すると勲章を貰えるの?
東京裁判で事実を証言すると勲章を貰えるの?
そんな馬鹿な…
>それ、根拠ないだろ。
>でりちゃんの憶測なんだから、私は正しいかどうか判らない。
外国との折衝をしていた上海日本大使館参事官の日高信六郎が、12月17日・18日に南京を訪れたとき、憲兵隊長や参謀長や警備司令部などに会い、暴行の多発を説いてまわったというのは、オマエが出したソースにあった。
12月20日以前に、第十軍参謀長に「強姦のみで百余件」と伝えたのは、彼以外には考えられない。
日本軍に通報された強姦の件数は、1938年までの分を入れても合計7件〜10件だ(#8050)。
日高信六郎が、安全区国際委員会の発信していた日本軍の悪行宣伝を真に受けたか何かの理由で、12月17日・18日に南京の日本軍関係者に言い触らしたのだ。
>松井大将に暴行の多発を最初に報告したのは誰だったかな。
>憲兵隊長だと松井大将は言っている。
>憲兵隊も状況を把握していたと考えた方が自然だろうね。
だから、それは、日高信六郎が、12月17日・18日に南京を訪れたとき、憲兵隊長や第十軍参謀長や警備司令部などを訪問して暴行の多発を説いてまわったからだろ。
これは メッセージ 8135 (ja2047 さん)への返信です.