事実の情報には普通に欠落がある
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/04 11:22 投稿番号: [8134 / 41162]
さて、年が明けた
>もしも本当にベイツが日本軍による何の理由もない一般市民連続射殺の一部始終を目撃していたのなら、当然、日時、場所、被害者や加害者の人数や特徴、その他詳細を日本軍憲兵隊や日本大使館や吉田三郎さんたちに訴えていなけりゃおかしいだろ。
ベイツが“I, myself, observed”と言っているのがどのケースなのだか、
残っている記録だけからは明かでない以上、何とも言えないな。
安全区委員会は難民保護を目的とした機関であるから、難民区の治安だけでなく、
難民の生活全般を支援している。
占領初期の状況について言えば、日本側との折衝は食糧問題やら衛生問題やら
多岐に亘っており、さらに、連日日本兵による暴行の報告が寄せられているわけで、
起きた事件のことをいつまでも問題にするよりも、次の事件の防止を掛け合う方が
重要な仕事だったのだろうね。
吉田三郎氏について言えば、私は北村教授の引用部分の記述しか知らないので、
このとき吉田氏とベイツの交わした会話の内容全体は分からない。
このときの吉田氏とベイツの会談の目的は救済事業がテーマだったようだ。
限られた時間に、ある用件について話し合う中に、特定の話題が出てこなかったから
と言って、それがある事実がなかった証拠になるとは思わない。
また、吉田氏が会話の内容を全部明らかにしたのかどうかもこれだけでは判らない。
>あっ、そう言えば、12月15日に東京日々新聞の2人の記者(特派員)が金陵大学を訪れてベイツに面会した時、ベイツは、『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と言って2人の記者の手を握つたんだよね。
これって、おかしくないか?
記事内容には細かいことで日本の記者の脚色があるんだろうけど、社交辞令という
ことを考えれば、別におかしくない。
ベーツは12月15日付の書簡でこう書いている。
「南京では日本軍はすでにかなり評判を落しており、中国市民の尊敬と外国人の評価を得るせっかくの機会さえ無にしてしまいました。中国側当局の不面目な瓦解と南京地区における中国軍の壊滅によって、ここに残った多くの人びとは、日本側が高言している秩序と組織に応じようとしました。
日本軍の入城によって戦争の緊張状態と当面の爆撃の危険が終結したかと見えたとき、安心した気持を示した住民も多かったのです。少なくとも住民たちは無秩序な中国軍を恐れることはなくなりましたが、実際には、中国軍は市の大部分にたいした損害も与えずに出ていったのです。
しかし、二日すると、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行をも含む家庭生活の勝手きわまる妨害などによって、事態の見通しはすっかり暗くなってしまいました。
エスピー報告にもこうあるね。
「市政府の完全な瓦解は、公共施設やサービス機能をストップさせ、国民政府および大多数の市民の退却は、市を無法行為に委ねることになり、混乱を招いたようだ。このため、残った市民には、日本軍による秩序の回復を期待する気持ちを起こさせることになった。」
「日本軍による秩序回復に期待している」という意味で言ったのならおかしくはないよ。
実際はその期待は裏切られたわけだけどね。
>安全区国際委員会の使命からして、もしも本当にベイツが日本軍による理由なき一般市民大虐殺を目撃したのなら、そのことを南京に訪れた友人の吉田三郎さんに言わないことは有り得ない。
これは論理がおかしい。 どこを押してもそういう理屈は出てこない。
直接目撃の程度に関わらず、ベイツは日本軍による暴虐行為があったと認識していた
のだから、吉田氏との会談でその話が出たかどうかと、直接目撃の有無は関係ない。
ベイツは虐殺の認識について突っ込んだ話題にしなかったのか、吉田氏がベイツとの
会話内容を全て開かしているわけではないかのどちらかだろう。
今の我々にそれを知ることはできない
>『Eyewitness To Massacre』みたいな最近の胡散臭い本じゃなく、
『The Tokyo War Crimes Trial』みたいなちゃんとした記録にあるの?
最近出た本だから胡散臭いというもんでもないだろう、要は記述が資料を正確に引用
しているかどうかの問題だ。
出た時期が古い方が信憑性があるのなら、「What war means」は無条件で東中野氏の
一連の著述より信頼性が高いことになる。
世間に東中野本をイカサマ扱いする人がいるのは、何も出版年が新しいからではない。
『The Tokyo War Crimes Trial』は持ってないので、該当部の引用があるかどうかは
知らないけどね。
>もしも本当にベイツが日本軍による何の理由もない一般市民連続射殺の一部始終を目撃していたのなら、当然、日時、場所、被害者や加害者の人数や特徴、その他詳細を日本軍憲兵隊や日本大使館や吉田三郎さんたちに訴えていなけりゃおかしいだろ。
ベイツが“I, myself, observed”と言っているのがどのケースなのだか、
残っている記録だけからは明かでない以上、何とも言えないな。
安全区委員会は難民保護を目的とした機関であるから、難民区の治安だけでなく、
難民の生活全般を支援している。
占領初期の状況について言えば、日本側との折衝は食糧問題やら衛生問題やら
多岐に亘っており、さらに、連日日本兵による暴行の報告が寄せられているわけで、
起きた事件のことをいつまでも問題にするよりも、次の事件の防止を掛け合う方が
重要な仕事だったのだろうね。
吉田三郎氏について言えば、私は北村教授の引用部分の記述しか知らないので、
このとき吉田氏とベイツの交わした会話の内容全体は分からない。
このときの吉田氏とベイツの会談の目的は救済事業がテーマだったようだ。
限られた時間に、ある用件について話し合う中に、特定の話題が出てこなかったから
と言って、それがある事実がなかった証拠になるとは思わない。
また、吉田氏が会話の内容を全部明らかにしたのかどうかもこれだけでは判らない。
>あっ、そう言えば、12月15日に東京日々新聞の2人の記者(特派員)が金陵大学を訪れてベイツに面会した時、ベイツは、『…秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』と言って2人の記者の手を握つたんだよね。
これって、おかしくないか?
記事内容には細かいことで日本の記者の脚色があるんだろうけど、社交辞令という
ことを考えれば、別におかしくない。
ベーツは12月15日付の書簡でこう書いている。
「南京では日本軍はすでにかなり評判を落しており、中国市民の尊敬と外国人の評価を得るせっかくの機会さえ無にしてしまいました。中国側当局の不面目な瓦解と南京地区における中国軍の壊滅によって、ここに残った多くの人びとは、日本側が高言している秩序と組織に応じようとしました。
日本軍の入城によって戦争の緊張状態と当面の爆撃の危険が終結したかと見えたとき、安心した気持を示した住民も多かったのです。少なくとも住民たちは無秩序な中国軍を恐れることはなくなりましたが、実際には、中国軍は市の大部分にたいした損害も与えずに出ていったのです。
しかし、二日すると、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行をも含む家庭生活の勝手きわまる妨害などによって、事態の見通しはすっかり暗くなってしまいました。
エスピー報告にもこうあるね。
「市政府の完全な瓦解は、公共施設やサービス機能をストップさせ、国民政府および大多数の市民の退却は、市を無法行為に委ねることになり、混乱を招いたようだ。このため、残った市民には、日本軍による秩序の回復を期待する気持ちを起こさせることになった。」
「日本軍による秩序回復に期待している」という意味で言ったのならおかしくはないよ。
実際はその期待は裏切られたわけだけどね。
>安全区国際委員会の使命からして、もしも本当にベイツが日本軍による理由なき一般市民大虐殺を目撃したのなら、そのことを南京に訪れた友人の吉田三郎さんに言わないことは有り得ない。
これは論理がおかしい。 どこを押してもそういう理屈は出てこない。
直接目撃の程度に関わらず、ベイツは日本軍による暴虐行為があったと認識していた
のだから、吉田氏との会談でその話が出たかどうかと、直接目撃の有無は関係ない。
ベイツは虐殺の認識について突っ込んだ話題にしなかったのか、吉田氏がベイツとの
会話内容を全て開かしているわけではないかのどちらかだろう。
今の我々にそれを知ることはできない
>『Eyewitness To Massacre』みたいな最近の胡散臭い本じゃなく、
『The Tokyo War Crimes Trial』みたいなちゃんとした記録にあるの?
最近出た本だから胡散臭いというもんでもないだろう、要は記述が資料を正確に引用
しているかどうかの問題だ。
出た時期が古い方が信憑性があるのなら、「What war means」は無条件で東中野氏の
一連の著述より信頼性が高いことになる。
世間に東中野本をイカサマ扱いする人がいるのは、何も出版年が新しいからではない。
『The Tokyo War Crimes Trial』は持ってないので、該当部の引用があるかどうかは
知らないけどね。
これは メッセージ 8066 (deliciousicecoffee さん)への返信です.