天候は実際に「良」かった
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/12/18 23:35 投稿番号: [7924 / 41162]
>“This is apparently a serious under-reporting”
スマイスのこの一文は合理的推測ではない、と?
「推測」ではなくて、データを見たときに一番に感じた「感想」ではないですか?
って、あなたも
「スマイスが調査結果を見て、病死者が過少報告されているという印象を受けた、」
と、はっきり言ってるんだから、それでいいわけですよ。
「印象」と「論理的帰結」をごちゃ混ぜにしちゃあいけません。
>> それはこの調査数外に存在するのであって、内数として暴行死から差し引く
>> 根拠はないということです。
>“It is also possible that some deaths by sickness were confused with the killed”
も最初から問題にする必要の無い憶測だと?
ケース全然違いますよ。
その文章は家族調査で「病死」と「暴行死」を取り違えた可能性の話でしょ。
私が言ってるのは、行き倒れなどの「その家族が把握していない死者」のことです。
スマイスが問題にしているのは家族調査で把握された死者の内訳ですから、
そこで把握されていない死者があれば、これはこのカウントには入っていない
そう言うことです。
>過少報告の疑惑があったから、調査結果だけでは不足を感じて
だから、スマイスは過小報告の「印象」を持ったから、一応の考察をしているわけです。
>「バック修正値」なんて論理的に妥当性の疑わしい代物
「疑う」という姿勢であなたが取り組んでいることはよく理解していますので、
その「疑い」に事実の裏付けがあることを示してほしいものです。
それなら私も納得します。
>異常な乾燥状態を気候が温和で好天続きだったなどと言い換える屁理屈を捻り出さなければならなかった
屁理屈でもなんでもなくて、それが安全区にいた欧米人の普通の理解だったのです。
ヴォートリン日記
12月9日
「「貧しい難民の人たちにとってまだしも幸いなのは、夜はさすがに冷えこむものの、まだ好天がつづいていることである。日中は太陽が照ってくれるので、一息つくことができる。もしも雪や雨が降るようになれば、難民の暮らしはもっと悲惨なものになるだろう。」
12月23日
「きょうは雨が降っている。ベランダで寝ている人たちを、ともかく建物の中に押し込まなければならない。これまで数週間も続いた晴天は大いなる恵みだった。」
1月17日
「きょうは雨が降っている。大きな恵みであった日照は、わたしたちを見捨ててしまった。ベッドが泥で汚れている。ぜひ建物を覗いてもらいたいものだ。」
他の人の日記にも天候の記述がないかと思って探したのですけど、男どもの日記は
「あれをやった、これをやった、忙しかった」
ばっかりなのです (^^
女性の観察者が一人いると違うものですね。
ということで、「気候が温和で好天続きだった」というのは、安全区外国人の正直な気持ち、
「異常乾燥」というのは農業問題という立場からの正当な位置づけ、両者の関係を ごまかし
のようにいうのは、あなたの屁理屈、ということで、何も問題はないと思います。
スマイスのこの一文は合理的推測ではない、と?
「推測」ではなくて、データを見たときに一番に感じた「感想」ではないですか?
って、あなたも
「スマイスが調査結果を見て、病死者が過少報告されているという印象を受けた、」
と、はっきり言ってるんだから、それでいいわけですよ。
「印象」と「論理的帰結」をごちゃ混ぜにしちゃあいけません。
>> それはこの調査数外に存在するのであって、内数として暴行死から差し引く
>> 根拠はないということです。
>“It is also possible that some deaths by sickness were confused with the killed”
も最初から問題にする必要の無い憶測だと?
ケース全然違いますよ。
その文章は家族調査で「病死」と「暴行死」を取り違えた可能性の話でしょ。
私が言ってるのは、行き倒れなどの「その家族が把握していない死者」のことです。
スマイスが問題にしているのは家族調査で把握された死者の内訳ですから、
そこで把握されていない死者があれば、これはこのカウントには入っていない
そう言うことです。
>過少報告の疑惑があったから、調査結果だけでは不足を感じて
だから、スマイスは過小報告の「印象」を持ったから、一応の考察をしているわけです。
>「バック修正値」なんて論理的に妥当性の疑わしい代物
「疑う」という姿勢であなたが取り組んでいることはよく理解していますので、
その「疑い」に事実の裏付けがあることを示してほしいものです。
それなら私も納得します。
>異常な乾燥状態を気候が温和で好天続きだったなどと言い換える屁理屈を捻り出さなければならなかった
屁理屈でもなんでもなくて、それが安全区にいた欧米人の普通の理解だったのです。
ヴォートリン日記
12月9日
「「貧しい難民の人たちにとってまだしも幸いなのは、夜はさすがに冷えこむものの、まだ好天がつづいていることである。日中は太陽が照ってくれるので、一息つくことができる。もしも雪や雨が降るようになれば、難民の暮らしはもっと悲惨なものになるだろう。」
12月23日
「きょうは雨が降っている。ベランダで寝ている人たちを、ともかく建物の中に押し込まなければならない。これまで数週間も続いた晴天は大いなる恵みだった。」
1月17日
「きょうは雨が降っている。大きな恵みであった日照は、わたしたちを見捨ててしまった。ベッドが泥で汚れている。ぜひ建物を覗いてもらいたいものだ。」
他の人の日記にも天候の記述がないかと思って探したのですけど、男どもの日記は
「あれをやった、これをやった、忙しかった」
ばっかりなのです (^^
女性の観察者が一人いると違うものですね。
ということで、「気候が温和で好天続きだった」というのは、安全区外国人の正直な気持ち、
「異常乾燥」というのは農業問題という立場からの正当な位置づけ、両者の関係を ごまかし
のようにいうのは、あなたの屁理屈、ということで、何も問題はないと思います。
これは メッセージ 7912 (nmwgip さん)への返信です.