ja2047さんへ
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/25 21:46 投稿番号: [7180 / 41162]
ありがとうございます。
>特にここは、文書の地の文ではなく、(おそらく)口頭による命令を書きとどめた部分なので「捕虜」の表記になったかと思います。
まず、この考えは、戦闘詳報が本物であるという前提で、こういう理解を私はしたのですが、
1.書き手によって、捕虜・俘虜などの書き方の違いがあるということは、戦闘詳報等に書いてある捕虜・俘虜という言葉の定義が定まっていない可能性を感じる。したがって、一概にこれだと決め付けて読んではいけない。つまり、公的文書とされているが、書き手個々人の定義の違いによる表現の違いが、多くある可能性がある。
2.命令とされるものにある不可思議さは、書き手、あるいは、周辺にいた人物の発言や主張が混入されている可能性を感じさせる。逆に言うとそうした命令があったのかどうかの確定は、その文章だけを持って確定してはいけない。(やはり、命令文書等そのものの存在が鍵となる?)
3.戦闘詳報等の公式文書とされるものであっても、不確定な伝聞や主観のみで断定したことが入っている可能性も十分ある。もちろん、誤認もありえる。
この私の考えについて、ja2047さんなりのお話が欲しいのですがお願いします。もちろん、全面的に間違っているでもかまいません。
それから、もしご存知なら、ということでお聞きするのですが、この戦闘詳報等を、日本政府が、旧日本陸軍の戦闘詳報そのものであると認定した根拠(多分、認定しているから公文書となっているのだと思うのですが)について、ご存知なら教えていただければうれしいです。
また、戦闘詳報等の紙質(材質)などの科学的鑑定はなされたことがあるのでしょうか?おそらく、公文書なら、出来る限り、軍指定の用紙などを使っていたのではないかと思われます。この辺りのことはご存知ありませんか?
先の投稿で、「これだけのものが残っていたと、おっしゃっていましたよね。」私も思うのですが、これだけのものが良く残ったなーと思います。そういう意味では、何故、うまい具合に残ったのか?ということについても考えてしまいます。それだけにこの文書が、防衛庁にたどり着くまでに、どういう経路を辿ったのか知りたくなるわけです。一方で、これだけのものが残るなら、命令文そのものが何故残っていないのか疑問というわけでもあるわけなんですが。。。もちろん、それは、政府が隠しているからだ。という話をする人もいるわけですが。。。
これは メッセージ 7166 (ja2047 さん)への返信です.
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