deliciousicecoffeeさんへ
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/25 21:44 投稿番号: [7179 / 41162]
>南京大虐殺の一次資料は何もありません。
そこで、これは、今、最も、悩んでいることなのですが、まず、資料が一次資料として適当かどうかの見分けというのは、どういう客観的判断(要件)でなされるのでしょうか?
また、その資料が、資料価値があると判断する理由するには、どういう要件が必要なのでしょうか?
deliciousicecoffeeさんの場合はどうしてますか?
>いずれにせよ、この場合も厳密には「捕虜」ではありませんね。
捕虜にされなかった「投降兵」や「捕縛した敗残兵・便衣兵」です。
で、実際、肯定する人は、戦闘詳報などを根拠としているわけですが、これには、捕虜ということばが、出てきますから、戦闘詳報自体が正しいものとすれば、捕虜虐殺はあったと定義される可能性があります。これをdeliciousicecoffeeさんは、どう解決しますか?
つまり、捕虜という表記が捕虜ではないと主張するだけでは足りないと思うんです。捕虜という言葉が、別の意味に解せられるという根拠を示さないといけないと思うんです。
これは メッセージ 7161 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/7179.html