南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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>信条でない史実と言う事で  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/20 20:33 投稿番号: [6670 / 41162]
いちおう、その「インタビュー本」の内容を引用しておきましょう。

「昭和十二年の南京占領の時、日本軍がひどいことをしたということは、私は当時から知っていました。中国人捕虜を数珠つなぎにして撃ち殺すとか・・・。私の大学の友人で軍医だったのが、朝香宮さまのお供で現地へ行って見聞した話を、私は聞いていたからです。
  それに、南京攻略の総大将松井石根さんは名古屋の人で、私の母(徳川寛子)が松井さんの奥さんをよく知っていましたし、私の父(義恕)は名古屋の軍人の会の会長をしていましたから。
  松井さんは中国の勤務が長く、南京攻略後、「相手の死者も浮かばれまい」と、現地で日中両方の死者の慰霊祭をやろうとした。ところが、下の師団長クラスの連中に笑われ反対されたということでした。みな、「戦争なんだからそういうこともあっても・・・」といった感じだったそうです。
  松井さんは日露戦争も経験していたから、日本の捕虜の扱いが日露の頃は丁重だったことをよく知っていた。しかし、南京では、上の言うことを下が聞かず、軍紀の抑えがきかなくなっていた。それで松井さんは後に熱海に興亜観音を造った。松井さんは立派だったと思いますね。
  南京虐殺があったとか無かったとか論争があるようですが、当時も関係者の多くは事実を知っていたんです。陛下が知っておられたかどうかはわかりませんが、折に触れて「日露戦争の時の軍と違う」ということはおっしゃっていました。明治天皇のご事蹟をよく知っておられましたから。」
(「侍従長の遺言」   P38〜P39)


ここで、この徳川侍従長発言が裏付けているのは「捕虜の殺害があった」
ということではありません。
それは、徳川侍従の認識を待つまでもなく、旧軍の公式文書等で明かな事柄です。
ここから読みとれるのは
・そのことを徳川侍従は「残虐行為」と考えたこと。
・残虐行為の情報は宮内省内まで伝わっていたこと。
・昭和天皇の南京事件についての認識は不明だが、
昭和初期の軍のあり方を嘆いておられたこと。

まあ、これくらいではないかと思います。


>徳川侍従長の発言と仰られますものは、公式な見解でございますか?

多くの場合、公式発言より、日記や事後のインタビューの方が信用出来る
と思います。

「死後発表」というのは少しマイナス要素になりますけどね。


もし、フランクリン・ルーズベルトのインタビューで
「日本が真珠湾を攻撃したときには、小躍りして喜んだね。
私はそれを待っていたのだから。」
とか、
ハリー・トルーマンのインタビューで
「日本が遠からず降伏することは判りきっていたんだ。
戦後の情勢を睨んでヒロシマに原爆を投下したのだよ。」
という告白が、信頼できる情報元から出てきたら、
私はそちらを信用します   (^^;


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