>>>>問題は、西洋人の日記や手紙の真偽
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/18 19:56 投稿番号: [6638 / 41162]
>「宣教師が裁判で嘘を述べない」などと言いましたか。私の投稿をよく読んでください。
>・・・
>この件については、今後(この投稿後)あなたとこれ以上議論しません。
結論は、「宣教師の嘘証言は少ないけど、やはり嘘証言はある」ですね。
了解です。
>ベイツが「報告によりまして」で精確になにを意味したか、意図したかわかりまんせんが、「安全区委員会の記録」を意味し、しかも彼が証言したときその記録の数字をはっきり記憶していたなら、意図的なウソになりますが、そのようなすぐばれるような明白なウソをつくとは理解に苦しみます。子供ならいざしらず。
難しく考える必要はありません。
東京裁判でベイツ宣教師は361件(61件)しかなかった安全区国際委員会の強姦事件の報告を8,000件あったと嘘の証言をしたのです。
南京軍事法廷とか東京裁判というのは、そういう裁判だったのです。
もっと酷い嘘証言が沢山ありました。
GHQとしては、日本軍が何十万人もの南京市民を虐殺したと、でっち上げたかったのです。
もしも、ベイツが「当時、南京で強姦の訴えは361件(61件)でした」なんて本当の証言をしたら逆効果です。
東京裁判では、安全区国際委員や支那人たちが寄って集って出鱈目な数字を並べたのです。
何のための東京裁判だったかを考えれば簡単です。
>私にはちょっと考えられません。まず第一に被害者の報告にそれがでないはずはないと思うからです。それに、「便衣兵」(というより生きのびたいという者)は、なるべく目立たないようにするのが自然だと思いますし。
被害者の報告に支那人の犯行が1件もないことが、逆に安全区国際委員会のインチキを証明してしまいます。
上海から南京への敗走時に支那軍が掠奪・強姦等をしまくっていたことは明白です。
―――――――――――――――――――
湖州は浙江省の首都、呉興県政府の所在地。…城壁をはいると家屋は焼けて一面の焼け野原となり、殆ど瓦礫の巷と化していた。とくに商店街は影も形もなく、処々に多数の支那兵の死骸が生々しい姿で倒れ転がっていた。誠に見るも無残な有様であった。
街には人影がみられない。それでもどこからか若い女が三人でてきた。我々の姿を見ると、彼女らは我々をぽつんと残った唯一の焼け残りの
小屋へ招きいれ、いち早くズボンを脱ぐと、進んで下半身を丸出しにした。助けてくれと一心にわれわれを拝んだ。我々は三名で巡察の途中で思いかけぬ出来事に遭遇してしまった。
一人は娘、残る二人は人妻らしい体つきだった。自分達は彼女らをそっとして置いてやった。それでも恐怖に怯え、彼女ら三人はおののいて、脱いだ紺色のズボンを容易に身につけようとしなかった。体を提供しても生命さえ助けてもらえれば、これに越したことはないと観念していたかに見えた。
また、ある民家では中年の女性が寝てうめいており、下半身を露出して指さして示し、何かわからぬ言葉を喋っていた。支那兵は逃亡の際、
この女性に迫り、拒絶されると腹を立て、銃剣を一突きにそこに突き刺したに違いなかった。夥しい出血で苦しんで訴えている。すぐに治安維持会(既に結成されていた中国人の自治組織)に連絡して看護員を連れてきた。さて助かったかどうか。
このようにして略奪と暴行のあとを見せつけられた。
村田和志郎(第18師団歩124歩兵伍長)の日記より。
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_e818.html
日本兵は強姦や掠奪がばれれば厳しく処罰されますが、支那兵は強姦や掠奪で処罰されることはありません。
南京の安全区に2万5千人(12月16日推定)の便衣兵が残って居たのに、彼らによる強姦がなかった筈がありません。
下の写真を見て下さい。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/10/oqhqrf/nanmin2.jpg
多数の便衣兵を少数の日本兵が連行しています。
強姦犯人は多数の便衣兵のほうだったと考えるのが自然です。
>ところで、命令系統の無視(「下克上」)は、軍紀違反ではないのですか。
南京における大量の投降兵・便衣兵の処刑は、命令系統の無視でも軍規違反でもなく、妥当な行動が命令どおりに行われたのです。
一方、小津安二郎の『撮影に就ての《ノオト》』に出てくる部隊長の行為は明らかな軍規違反であり、それをわざわざ部隊全員を集合させて行ったことから、フィクションの可能性が高いのです。
>・・・
>この件については、今後(この投稿後)あなたとこれ以上議論しません。
結論は、「宣教師の嘘証言は少ないけど、やはり嘘証言はある」ですね。
了解です。
>ベイツが「報告によりまして」で精確になにを意味したか、意図したかわかりまんせんが、「安全区委員会の記録」を意味し、しかも彼が証言したときその記録の数字をはっきり記憶していたなら、意図的なウソになりますが、そのようなすぐばれるような明白なウソをつくとは理解に苦しみます。子供ならいざしらず。
難しく考える必要はありません。
東京裁判でベイツ宣教師は361件(61件)しかなかった安全区国際委員会の強姦事件の報告を8,000件あったと嘘の証言をしたのです。
南京軍事法廷とか東京裁判というのは、そういう裁判だったのです。
もっと酷い嘘証言が沢山ありました。
GHQとしては、日本軍が何十万人もの南京市民を虐殺したと、でっち上げたかったのです。
もしも、ベイツが「当時、南京で強姦の訴えは361件(61件)でした」なんて本当の証言をしたら逆効果です。
東京裁判では、安全区国際委員や支那人たちが寄って集って出鱈目な数字を並べたのです。
何のための東京裁判だったかを考えれば簡単です。
>私にはちょっと考えられません。まず第一に被害者の報告にそれがでないはずはないと思うからです。それに、「便衣兵」(というより生きのびたいという者)は、なるべく目立たないようにするのが自然だと思いますし。
被害者の報告に支那人の犯行が1件もないことが、逆に安全区国際委員会のインチキを証明してしまいます。
上海から南京への敗走時に支那軍が掠奪・強姦等をしまくっていたことは明白です。
―――――――――――――――――――
湖州は浙江省の首都、呉興県政府の所在地。…城壁をはいると家屋は焼けて一面の焼け野原となり、殆ど瓦礫の巷と化していた。とくに商店街は影も形もなく、処々に多数の支那兵の死骸が生々しい姿で倒れ転がっていた。誠に見るも無残な有様であった。
街には人影がみられない。それでもどこからか若い女が三人でてきた。我々の姿を見ると、彼女らは我々をぽつんと残った唯一の焼け残りの
小屋へ招きいれ、いち早くズボンを脱ぐと、進んで下半身を丸出しにした。助けてくれと一心にわれわれを拝んだ。我々は三名で巡察の途中で思いかけぬ出来事に遭遇してしまった。
一人は娘、残る二人は人妻らしい体つきだった。自分達は彼女らをそっとして置いてやった。それでも恐怖に怯え、彼女ら三人はおののいて、脱いだ紺色のズボンを容易に身につけようとしなかった。体を提供しても生命さえ助けてもらえれば、これに越したことはないと観念していたかに見えた。
また、ある民家では中年の女性が寝てうめいており、下半身を露出して指さして示し、何かわからぬ言葉を喋っていた。支那兵は逃亡の際、
この女性に迫り、拒絶されると腹を立て、銃剣を一突きにそこに突き刺したに違いなかった。夥しい出血で苦しんで訴えている。すぐに治安維持会(既に結成されていた中国人の自治組織)に連絡して看護員を連れてきた。さて助かったかどうか。
このようにして略奪と暴行のあとを見せつけられた。
村田和志郎(第18師団歩124歩兵伍長)の日記より。
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_e818.html
日本兵は強姦や掠奪がばれれば厳しく処罰されますが、支那兵は強姦や掠奪で処罰されることはありません。
南京の安全区に2万5千人(12月16日推定)の便衣兵が残って居たのに、彼らによる強姦がなかった筈がありません。
下の写真を見て下さい。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/10/oqhqrf/nanmin2.jpg
多数の便衣兵を少数の日本兵が連行しています。
強姦犯人は多数の便衣兵のほうだったと考えるのが自然です。
>ところで、命令系統の無視(「下克上」)は、軍紀違反ではないのですか。
南京における大量の投降兵・便衣兵の処刑は、命令系統の無視でも軍規違反でもなく、妥当な行動が命令どおりに行われたのです。
一方、小津安二郎の『撮影に就ての《ノオト》』に出てくる部隊長の行為は明らかな軍規違反であり、それをわざわざ部隊全員を集合させて行ったことから、フィクションの可能性が高いのです。
これは メッセージ 6631 (asdll58 さん)への返信です.