>>>>石川達三
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/28 06:33 投稿番号: [6247 / 41162]
>>そう、当時は軍に対する批判は厳罰というのが当然だったのです。
>誹謗・中傷と批判の違いもご存じないようですね・・・・
>>事実を書いたものは容赦なく弾圧されたという実例なのですね。
>誹謗・中傷と事実の違いもご存じないようですね・・・・
何が「批判」であり、何が「誹謗中傷」であるか。
これを、権力を持つ側が一方的に決めることが出来る仕組みを
「言論統制」 というのです。
戦後の日本は、「権力に対する批判」に比較的寛容であり、
今日の中国は「権力に対する誹謗・中傷」に敏感であることは
あなたも否定しないと思います。
>例えば、これでしょうか・・・・
<日本軍の将校が、路上で十一、二の少女に拳銃で撃たれて即死したことからこの事件がおこった。>
この事件について「他の参戦者や従軍者の日記、証言等と一致する」例はまだ見たことがありませんが、
ご存じなら教えて下さい <(_ _)>
進撃途中ならこういうのがありますが。
「抗日排日の教育で手榴弾かくして持って、宿舎に入ってきたのが子どもですやろ、こっちは油断しますわな。寝てる所に放り込まれるのが再々あってね。「子どもにしても年寄りにしても誰でも全部殺してしまえ」と聯隊長の命令がでました。」
第16師団第9連隊 福田治夫
私が言うのは、たとえばこれです。
石川達三:
「しまひには弾丸を使うのはもつたいないとあつて、揚子江へ長い桟橋を作り、河中へ行くほど低くなるやうにしておいて、この上へ中国人を行列させ、先頭から順々に日本刀で首を切つて河中へつきおとしたり、」
白井茂カメラマン:
「そこへいくと、海軍の方はスマートというか揚子江へウォーターシュートみたいな板をかけて、そこへいきなり蹴飛す。水におぼれるが必ずどっか行くと浮く、浮いたところをポンと殺る。揚子江に流れていく。そういうやりかただった。 」
石川達三:
「『一般住民でも抵抗するものは容赦なく殺してよろしい』といふ命令が首脳部からきたといふ話をきいたことがある」
第六師団参謀平岡中佐:
「第六師団が抗洲湾に上陸、崑山に直進中、第六師団司令部に「女、こどもにかかわらずシナ人はみな殺せ。家は全部焼け」という無茶苦茶な命令が届いた。
当時第六師団高級副官であった中佐平岡力(のち少将、鹿児島県護国神社奉賛会常務理事)は「こんなバカな命令があるか」の一言のもとにケ飛ばしてこの命令は宙に消えたままだったが」
平松鷹史「郷土部隊奮戦史1」(大分合同新聞社) P405
>誹謗・中傷と批判の違いもご存じないようですね・・・・
>>事実を書いたものは容赦なく弾圧されたという実例なのですね。
>誹謗・中傷と事実の違いもご存じないようですね・・・・
何が「批判」であり、何が「誹謗中傷」であるか。
これを、権力を持つ側が一方的に決めることが出来る仕組みを
「言論統制」 というのです。
戦後の日本は、「権力に対する批判」に比較的寛容であり、
今日の中国は「権力に対する誹謗・中傷」に敏感であることは
あなたも否定しないと思います。
>例えば、これでしょうか・・・・
<日本軍の将校が、路上で十一、二の少女に拳銃で撃たれて即死したことからこの事件がおこった。>
この事件について「他の参戦者や従軍者の日記、証言等と一致する」例はまだ見たことがありませんが、
ご存じなら教えて下さい <(_ _)>
進撃途中ならこういうのがありますが。
「抗日排日の教育で手榴弾かくして持って、宿舎に入ってきたのが子どもですやろ、こっちは油断しますわな。寝てる所に放り込まれるのが再々あってね。「子どもにしても年寄りにしても誰でも全部殺してしまえ」と聯隊長の命令がでました。」
第16師団第9連隊 福田治夫
私が言うのは、たとえばこれです。
石川達三:
「しまひには弾丸を使うのはもつたいないとあつて、揚子江へ長い桟橋を作り、河中へ行くほど低くなるやうにしておいて、この上へ中国人を行列させ、先頭から順々に日本刀で首を切つて河中へつきおとしたり、」
白井茂カメラマン:
「そこへいくと、海軍の方はスマートというか揚子江へウォーターシュートみたいな板をかけて、そこへいきなり蹴飛す。水におぼれるが必ずどっか行くと浮く、浮いたところをポンと殺る。揚子江に流れていく。そういうやりかただった。 」
石川達三:
「『一般住民でも抵抗するものは容赦なく殺してよろしい』といふ命令が首脳部からきたといふ話をきいたことがある」
第六師団参謀平岡中佐:
「第六師団が抗洲湾に上陸、崑山に直進中、第六師団司令部に「女、こどもにかかわらずシナ人はみな殺せ。家は全部焼け」という無茶苦茶な命令が届いた。
当時第六師団高級副官であった中佐平岡力(のち少将、鹿児島県護国神社奉賛会常務理事)は「こんなバカな命令があるか」の一言のもとにケ飛ばしてこの命令は宙に消えたままだったが」
平松鷹史「郷土部隊奮戦史1」(大分合同新聞社) P405
これは メッセージ 6239 (jun2003sasa さん)への返信です.