Re11:[以下省略](2)
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/22 22:19 投稿番号: [6139 / 41162]
問題の報道は以下のものですね。
『南京の金陵女子大学に、避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐一味とその部下の将校を匿っていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで2番目に権力ある地位につけていたのである。』
ここまでは宣伝する必要も無いことですね。
国際委員会が忠実に管理義務を果たしたということです。
『この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中に、ライフル6丁とピストル5丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのもであると自白した。』
ここで問題となるのは、安全区に武装したまま侵入した中国逃亡兵がどの程度いたか、ですが、
>>撹乱工作を行い得る多数の中国逃亡兵が武装解除もされずに安全区に侵入しているという事実が逆に浮き彫りとなっただけです。
>
> 全然なってませんよ。
おかしいですね。
>>安全区に侵入した中国兵は、便衣兵として処刑された人数4千人強という調査結果から見て、感覚的に5千人前後から1万人前後というところでしょうか。
という私の意見に対して
>日本側の記録では、安全区から敗残兵として摘出されたものが約九千名
>同時期に日本軍に連行されて帰らない中国人の数はスマイス調査で4200名
>差し引き約5千名の将兵が安全区から摘出されたことになります。
>逃げおおせた将兵がいることも知られていますが数はそう多くないでしょうね。
>お見込みの数字は妥当なのではないでしょうか。
こう、同意を頂いていますが。
また、
>>なるほど。
> つまり、数百人〜千数百人は武装解除できたけど、それ以上は武装解除もせずにフリーパスだった訳ですね。
武装解除が実行できた人数についても
> 集団で逃げ込んできた人間は明らかに武装解除しているので
> 「武装解除」が基本方針だったことと、それが実行されたことは
> 理解いただけたと思います。
このとおり、間接的に同意していただいています。
だったら、「5千人前後から1万人前後」から「数百人〜千数百人」を差し引いた中国兵は、武装解除されずに安全区に侵入したことになるはずです。
このように、大量の武装解除をされていない中国逃亡兵が安全区に侵入したことは前々回までの議論で明らかになりました。
これらの逃亡兵が持込んだ武器が遺棄された物ばかりでなく、隠匿されたものもあったということについても議論済みだと思います。
埋めたとか隠したとかいう記録はこの報道だけでもありません。
このような事実があったとする状況証拠の方が、このようなことはなかったとする仮説より強いと思いますが。
『この元将校たちは、南京で掠奪した事と、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人や外の外国人たちのいる前で自白した。この元将校たちは戒厳令に照らして罰せられるだろう』
問題はこの部分ですね。
まず「その翌日には日本兵が襲ったふうにした」偽装工作に日本兵の軍服が必要であったかどうかですが、結論としては必要なかったと考えます。
暗闇に引きずり込まれた少女が、日本兵と中国兵の軍服の違いを果たして識別できるものでしょうか?
暴行が終わった後に共犯者が駆けつけて、「今のは日本兵の仕業だ」と吹き込めば、暴行された少女は何の疑いも無く信じてしまうと思うのですが。
また掠奪についても、市中に日本兵の目が光っているのですから、大っぴらに行われたものではなく、人目につかないようにこっそり盗みを働いたと考える方が自然です。
目撃者に見られることを前提とした偽装工作ではなく、風聞の流布が目的であるなら、日本兵の格好をする必要はありません。
このような撹乱工作が不可能であったとする理由は全く無いと考えますが如何でしょう。
『南京の金陵女子大学に、避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐一味とその部下の将校を匿っていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで2番目に権力ある地位につけていたのである。』
ここまでは宣伝する必要も無いことですね。
国際委員会が忠実に管理義務を果たしたということです。
『この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中に、ライフル6丁とピストル5丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのもであると自白した。』
ここで問題となるのは、安全区に武装したまま侵入した中国逃亡兵がどの程度いたか、ですが、
>>撹乱工作を行い得る多数の中国逃亡兵が武装解除もされずに安全区に侵入しているという事実が逆に浮き彫りとなっただけです。
>
> 全然なってませんよ。
おかしいですね。
>>安全区に侵入した中国兵は、便衣兵として処刑された人数4千人強という調査結果から見て、感覚的に5千人前後から1万人前後というところでしょうか。
という私の意見に対して
>日本側の記録では、安全区から敗残兵として摘出されたものが約九千名
>同時期に日本軍に連行されて帰らない中国人の数はスマイス調査で4200名
>差し引き約5千名の将兵が安全区から摘出されたことになります。
>逃げおおせた将兵がいることも知られていますが数はそう多くないでしょうね。
>お見込みの数字は妥当なのではないでしょうか。
こう、同意を頂いていますが。
また、
>>なるほど。
> つまり、数百人〜千数百人は武装解除できたけど、それ以上は武装解除もせずにフリーパスだった訳ですね。
武装解除が実行できた人数についても
> 集団で逃げ込んできた人間は明らかに武装解除しているので
> 「武装解除」が基本方針だったことと、それが実行されたことは
> 理解いただけたと思います。
このとおり、間接的に同意していただいています。
だったら、「5千人前後から1万人前後」から「数百人〜千数百人」を差し引いた中国兵は、武装解除されずに安全区に侵入したことになるはずです。
このように、大量の武装解除をされていない中国逃亡兵が安全区に侵入したことは前々回までの議論で明らかになりました。
これらの逃亡兵が持込んだ武器が遺棄された物ばかりでなく、隠匿されたものもあったということについても議論済みだと思います。
埋めたとか隠したとかいう記録はこの報道だけでもありません。
このような事実があったとする状況証拠の方が、このようなことはなかったとする仮説より強いと思いますが。
『この元将校たちは、南京で掠奪した事と、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人や外の外国人たちのいる前で自白した。この元将校たちは戒厳令に照らして罰せられるだろう』
問題はこの部分ですね。
まず「その翌日には日本兵が襲ったふうにした」偽装工作に日本兵の軍服が必要であったかどうかですが、結論としては必要なかったと考えます。
暗闇に引きずり込まれた少女が、日本兵と中国兵の軍服の違いを果たして識別できるものでしょうか?
暴行が終わった後に共犯者が駆けつけて、「今のは日本兵の仕業だ」と吹き込めば、暴行された少女は何の疑いも無く信じてしまうと思うのですが。
また掠奪についても、市中に日本兵の目が光っているのですから、大っぴらに行われたものではなく、人目につかないようにこっそり盗みを働いたと考える方が自然です。
目撃者に見られることを前提とした偽装工作ではなく、風聞の流布が目的であるなら、日本兵の格好をする必要はありません。
このような撹乱工作が不可能であったとする理由は全く無いと考えますが如何でしょう。
これは メッセージ 6138 (nmwgip さん)への返信です.