家の中は掠奪の跡歴然
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/07 02:09 投稿番号: [5891 / 41162]
(昭和十二年十一月六日)
本道上を行くと、海上に浮ぶ数十隻の艦船が見え、舟艇に依って縦々と兵隊が上陸をしていた。馬が上って来る。砲車が上って来る。
私達が大平丸に置いて来た背嚢が陸上げされているそれを背負う。その附近には既に上陸を終った部隊が密集し、車輌が道傍にずらりと並んでいる。我々の部隊がその混雑の間をかき分けて行くと、やあ、大変でしたなあ、御苦労さんでした、と口々に声を掛ける。
昨日まで船に居る時には同じ服装だったものが、今日は我々は泥鼠の一隊のごとく、新装のぴかぴかした兵隊の間を通り抜ける。すると我々は一寸兄貴のような気持にもなる。すると、又、何と甘くてお人よしであることには、御苦労でしたなあ、ありがとう、と一口云われると、それでもうさっぱりして、昨日からの苦しさなんぞさらりと忘れてしまうのである。
我々が通る左手には、水中に作られた針金で張った障害のための木柵や、陣地や、支那兵の起き伏していたらしいアンペラ張りの小屋等が幾つも見られた。
我々の部隊は一里ばかり行った所から右に折れて小さな部落に入った。松林鎮という所である。小さいクリークの橋を渡ると、すぐ部諭w)・フ入口に、手にしっかりと喇叭を握った支那兵が死んでいた。子供のように小さい兵隊だった。私はその屍体に向って敬礼をした。
付近には脱ぎ棄てられた支那兵の服や、地図や、椅子などが散乱している。全く土民の姿を見かけない。家の中は掠奪の跡歴然として惨澹たるものである。到る処の家に、正規兵の軍帽や、鉄兜や、銃等が遺棄されてある。(土と兵隊/52頁)
「捕虜の供述場面より」(支那軍が劣悪なる状況下で防禦戦に臨んでいたことが窺い知れる)
これは メッセージ 5890 (hangyosyufu さん)への返信です.
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