>>嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/07 02:29 投稿番号: [5360 / 41162]
>もし、誰か中国人が
>「テルアビブで日本の赤軍派メンバーが無差別に銃を乱射して、市民の大量殺害をやったことがある。
>日本人が残虐なのは明らかだから、南京でも大虐殺をやったのは当然だ。」と言ったら納得するか?
>時代も違う、犯人の身分も違う、立場も違う出来事を
>「日本人だから残虐なんだ」といって説明するような中国人がいたら、
>私はそいつは バ カ だと思う。
そのとおり。
そんな奴は大馬鹿だ。
世界一残虐な支那人の残虐性は、とてもやさしい日本人とは比較にならない。
支那人の残虐性は世界でもダントツではないだろうか。
これは支那4000年の歴史に裏付けられた確たる事実であり、今後も変わることはないだろう。
余談だが、赤軍派っていうのは精神的には北朝鮮人だろ。
>とりあえず、歴史用語として中国人のことは三国人とは言わないのは知っているのだろうね。
くだらない。
でも、一応言っておくが、Wikipediaで「三国」で検索すると、「三国人 - 朝鮮人、台湾人、中国人」と記載されている。
終戦前には、支那(大陸)の日本軍占領地からも労働のために日本に来ていた支那人がいたから、あってもおかしくない解釈かも知れない。
まあ、面倒臭いから訂正しておくよ。
>でりちゃん、 自分の家に、いきなり変な人間が入ってきたら、
>「誰だ、何をする」 って言わないか?
それでいきなり家族を殺したら、言葉が通じようと通じまいと
>「やめてくれ、乱暴するな」 っていわないか?
やっぱり、言葉は通じていたと考えるべき。
―――――――――――――――――――
約三〇人の兵士が、南京の南東部にある新路口五番地の中国人の家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。
―――――――――――――――――――
それに、いきなり撃ち殺す連中の前に跪いて他の者を殺さないように懇願したと云うのもおかしな話だ。
普通は逃げ出す。
>近隣は全て数日前に難民区に避難しており、同居していた叔父夫婦も事件の二日前に避難した。
だから、それだと、12月11日か12日か13日か分からないでしょ。
そもそも、近隣は全て避難して、同居していた叔父夫婦も避難したのに、何で、こいつらだけ残っていたの?
>本人と周囲の証言から確認されたのはこれだけだ。
>そこから、12月13日の9時頃と推定された。
「本人と周囲の証言」の「周囲」って誰?
>覚えてるはずがないと言うでりちゃんの推定の方がどうかしてると思う。
8歳の子供が2週間も経って、事件の日付と時間なんて記憶していないと考えるのが普通。
>ましてや、「中国兵の仕業だ」などという専門の歴史家や研究者はいない。
またチンピラにイチャモンを付けられるように絡まれるが面倒臭いから言わないけど、#5323の「マギー牧師の解説書」には、他にも「犯人が支那人盗賊or支那兵」だと思わせる胡散臭い解説が盛り沢山だ。
研究者には、もっとしっかり研究してほしい。
「夏淑琴事件」は支那兵か支那人盗賊の仕業である。
以下に一部訂正した根拠を再掲する。
―――――――――――――――――――
●根拠
1.支那人が犯人だった「福岡一家4人殺害事件を思い出させる残虐性。(現在においても、支那人や朝鮮(韓国)人が日本で行う凶悪犯罪は非常に多いが、日本人が支那や朝鮮で凶悪犯罪を行うことはあまりない。)
2.賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬という家主が戸を開けた。
また、夏氏が犯人相手に懇願したり、馬夫人が犯人相手に質問している。
犯人と言葉が通じていたと考えるのが自然であることから犯人は支那人と考えられる。
3.8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識していたのはおかしいし、ましてや14日間も経って記憶していたとは考えられない。
結局、犯行日時は、12月11日なのか、12月12日なのか、12月13日なのか、不明。
4.夏淑琴の証言によれば、事件のあと、すぐ向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通って足音が聞こえる都度、夏淑琴は布団に隠れたそうだが、四歳の妹が泣き喚いたりしなかったとは考え難い。
5.そもそも、傷を負い、這っていた八歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間四歳の妹と一緒に生き続けたのが不思議。
>「テルアビブで日本の赤軍派メンバーが無差別に銃を乱射して、市民の大量殺害をやったことがある。
>日本人が残虐なのは明らかだから、南京でも大虐殺をやったのは当然だ。」と言ったら納得するか?
>時代も違う、犯人の身分も違う、立場も違う出来事を
>「日本人だから残虐なんだ」といって説明するような中国人がいたら、
>私はそいつは バ カ だと思う。
そのとおり。
そんな奴は大馬鹿だ。
世界一残虐な支那人の残虐性は、とてもやさしい日本人とは比較にならない。
支那人の残虐性は世界でもダントツではないだろうか。
これは支那4000年の歴史に裏付けられた確たる事実であり、今後も変わることはないだろう。
余談だが、赤軍派っていうのは精神的には北朝鮮人だろ。
>とりあえず、歴史用語として中国人のことは三国人とは言わないのは知っているのだろうね。
くだらない。
でも、一応言っておくが、Wikipediaで「三国」で検索すると、「三国人 - 朝鮮人、台湾人、中国人」と記載されている。
終戦前には、支那(大陸)の日本軍占領地からも労働のために日本に来ていた支那人がいたから、あってもおかしくない解釈かも知れない。
まあ、面倒臭いから訂正しておくよ。
>でりちゃん、 自分の家に、いきなり変な人間が入ってきたら、
>「誰だ、何をする」 って言わないか?
それでいきなり家族を殺したら、言葉が通じようと通じまいと
>「やめてくれ、乱暴するな」 っていわないか?
やっぱり、言葉は通じていたと考えるべき。
―――――――――――――――――――
約三〇人の兵士が、南京の南東部にある新路口五番地の中国人の家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。
―――――――――――――――――――
それに、いきなり撃ち殺す連中の前に跪いて他の者を殺さないように懇願したと云うのもおかしな話だ。
普通は逃げ出す。
>近隣は全て数日前に難民区に避難しており、同居していた叔父夫婦も事件の二日前に避難した。
だから、それだと、12月11日か12日か13日か分からないでしょ。
そもそも、近隣は全て避難して、同居していた叔父夫婦も避難したのに、何で、こいつらだけ残っていたの?
>本人と周囲の証言から確認されたのはこれだけだ。
>そこから、12月13日の9時頃と推定された。
「本人と周囲の証言」の「周囲」って誰?
>覚えてるはずがないと言うでりちゃんの推定の方がどうかしてると思う。
8歳の子供が2週間も経って、事件の日付と時間なんて記憶していないと考えるのが普通。
>ましてや、「中国兵の仕業だ」などという専門の歴史家や研究者はいない。
またチンピラにイチャモンを付けられるように絡まれるが面倒臭いから言わないけど、#5323の「マギー牧師の解説書」には、他にも「犯人が支那人盗賊or支那兵」だと思わせる胡散臭い解説が盛り沢山だ。
研究者には、もっとしっかり研究してほしい。
「夏淑琴事件」は支那兵か支那人盗賊の仕業である。
以下に一部訂正した根拠を再掲する。
―――――――――――――――――――
●根拠
1.支那人が犯人だった「福岡一家4人殺害事件を思い出させる残虐性。(現在においても、支那人や朝鮮(韓国)人が日本で行う凶悪犯罪は非常に多いが、日本人が支那や朝鮮で凶悪犯罪を行うことはあまりない。)
2.賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬という家主が戸を開けた。
また、夏氏が犯人相手に懇願したり、馬夫人が犯人相手に質問している。
犯人と言葉が通じていたと考えるのが自然であることから犯人は支那人と考えられる。
3.8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識していたのはおかしいし、ましてや14日間も経って記憶していたとは考えられない。
結局、犯行日時は、12月11日なのか、12月12日なのか、12月13日なのか、不明。
4.夏淑琴の証言によれば、事件のあと、すぐ向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通って足音が聞こえる都度、夏淑琴は布団に隠れたそうだが、四歳の妹が泣き喚いたりしなかったとは考え難い。
5.そもそも、傷を負い、這っていた八歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間四歳の妹と一緒に生き続けたのが不思議。
これは メッセージ 5350 (ja2047 さん)への返信です.