何処までも白痴な shoujouji
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/04/13 23:04 投稿番号: [39500 / 41162]
[ No.39491 / shoujouji ]
http://ja.wikipedia.org/wiki/小笠原事件
連日の空襲を受ける中、酒乱で気性の荒い立花芳夫中将と的場末男少佐が共謀して「日本刀の凄みを披露する絶好の機会」という理由で、撃墜した米軍機から脱出して捕虜となった搭乗員を使って軍刀の試し切りをすることになった。
そこで、大木に針金で括りつけた捕虜を予備役応召の伊藤喜久二中佐に師団長命令を発して斬殺させるなどし、さらに軍医に遺体を解体させて、その肉を戦意高揚のためとして焼いて酒宴の肴とした。
<shoujouji>
大木に針金で括り付けられて首を斬られたそうだね。
<maximirion>
どう見ても首を切るという記述が存在しない。
まあ、引用元が wiki だってのも哀れだね。
<shoujouji>
おや、人肉食を否定する土屋氏も捕虜の首を斬って殺したと言っているが、何か?
http://www.powresearch.jp/jp/activities/workshop/chichijima.html
「土屋さんは当初、捕虜の首を切ることを命令されていた。土屋さんは学生時代、
剣道をしていて二段だった。上官はそれを知っていてそういう命令が出ていた。
軍隊では上官の命令には逆らえない。ところがその後、学徒出陣組の中に四段のいる
ことが分かり、彼がボーンの首をはねた。
shoujouji は、己でWikiを引用した上で
「大木に針金で括り付けられて首を斬られたそうだね。」
と書いたので、引用もとのWikiの記述には、
「どう見ても首を切るという記述が存在しない。」
と指摘を受けた。
するとあわてて、違うブログから孫引きして
「捕虜の首を切ることを命令されていた。」
という記述と
「ところがその後、学徒出陣組の中に四段のいることが分かり、彼がボーンの首をはねた。」
という記述を拾ってきて貼り付け、引用もとのWikiの記述には、
「どう見ても首を切るという記述が存在しない。」
と指摘を受けたこと派の言い訳ができたつもりでいる。
当に白痴だ。(笑)
だがどちらの記述にも
「大木に針金で括り付けられて首を斬られたそうだね。」
を導き出す記述はない。
別々の記述を寄せ集めて、ようやく
「大木に針金で括り付けられて」
という記述と
「首を斬られたそうだね」
という記述が個別に存在するだけ。
shoujouji は、引用もとのブログがどういうブログか読んでいないと見える。
だから、引用部分は検証対象として報告会での土屋氏の証言を澤田猛氏が引用紹介した部分に過ぎない。
だから、引用したうえで以下のような記述が掲載されている。
<引用開始>
記録と表現
土屋さんの証言から考えなければならない点がいくつか挙げられるように思う。父島事件は処刑した捕虜の人肉食事件にすり替えられ、事の真相があいまいにされてきたきらいがある。例えば、秦郁彦氏の『昭和史の謎を追う(下)』(文春文庫)の第32章「人肉事件の父島から生還したブッシュ」で、秦氏は「殺害したあと、ボーンの肉や内臓を摘出して死体を損壊」との米軍事法廷の起訴状を引用しながら、「人肉食への言及はないが、関係者の回想によると…」とし、人肉食に結びつけようとする文脈でこの部分は構成されている。
土屋さんの証言によると、ボーンの殺害された日、土屋さんは当直将校で、その深夜、飢えに苦しむ兵2人がボーンの遺体を掘り起こし食べようとするのを戒めており、またボーンの首をはねた場所は「砂浜」(秦氏)でなく、米軍の砲弾で穴の開いた土の上。ボーンの肉を食ったというのは事実に反する、と土屋さんの語気は鋭かった。
今後の私の課題の一つは、父島事件の戦犯裁判は米海軍のグアム軍事法廷で開かれており、この記録をあたる必要がある。しかし戦勝国が敗戦国を裁いた戦犯裁判である以上、判決が必ずしも公正な裁きを反映しているとは限らない。
土屋さんの証言には、記録と表現の上で考えなければならない問題があることを提起していると私は受け止めている。しかし、土屋さんの証言によって、事件の真相の一端が明らかにされたように思う。
以上をもって、土屋さんから聞いた「父島事件 真相の一端」の中間報告としたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/小笠原事件
連日の空襲を受ける中、酒乱で気性の荒い立花芳夫中将と的場末男少佐が共謀して「日本刀の凄みを披露する絶好の機会」という理由で、撃墜した米軍機から脱出して捕虜となった搭乗員を使って軍刀の試し切りをすることになった。
そこで、大木に針金で括りつけた捕虜を予備役応召の伊藤喜久二中佐に師団長命令を発して斬殺させるなどし、さらに軍医に遺体を解体させて、その肉を戦意高揚のためとして焼いて酒宴の肴とした。
<shoujouji>
大木に針金で括り付けられて首を斬られたそうだね。
<maximirion>
どう見ても首を切るという記述が存在しない。
まあ、引用元が wiki だってのも哀れだね。
<shoujouji>
おや、人肉食を否定する土屋氏も捕虜の首を斬って殺したと言っているが、何か?
http://www.powresearch.jp/jp/activities/workshop/chichijima.html
「土屋さんは当初、捕虜の首を切ることを命令されていた。土屋さんは学生時代、
剣道をしていて二段だった。上官はそれを知っていてそういう命令が出ていた。
軍隊では上官の命令には逆らえない。ところがその後、学徒出陣組の中に四段のいる
ことが分かり、彼がボーンの首をはねた。
shoujouji は、己でWikiを引用した上で
「大木に針金で括り付けられて首を斬られたそうだね。」
と書いたので、引用もとのWikiの記述には、
「どう見ても首を切るという記述が存在しない。」
と指摘を受けた。
するとあわてて、違うブログから孫引きして
「捕虜の首を切ることを命令されていた。」
という記述と
「ところがその後、学徒出陣組の中に四段のいることが分かり、彼がボーンの首をはねた。」
という記述を拾ってきて貼り付け、引用もとのWikiの記述には、
「どう見ても首を切るという記述が存在しない。」
と指摘を受けたこと派の言い訳ができたつもりでいる。
当に白痴だ。(笑)
だがどちらの記述にも
「大木に針金で括り付けられて首を斬られたそうだね。」
を導き出す記述はない。
別々の記述を寄せ集めて、ようやく
「大木に針金で括り付けられて」
という記述と
「首を斬られたそうだね」
という記述が個別に存在するだけ。
shoujouji は、引用もとのブログがどういうブログか読んでいないと見える。
だから、引用部分は検証対象として報告会での土屋氏の証言を澤田猛氏が引用紹介した部分に過ぎない。
だから、引用したうえで以下のような記述が掲載されている。
<引用開始>
記録と表現
土屋さんの証言から考えなければならない点がいくつか挙げられるように思う。父島事件は処刑した捕虜の人肉食事件にすり替えられ、事の真相があいまいにされてきたきらいがある。例えば、秦郁彦氏の『昭和史の謎を追う(下)』(文春文庫)の第32章「人肉事件の父島から生還したブッシュ」で、秦氏は「殺害したあと、ボーンの肉や内臓を摘出して死体を損壊」との米軍事法廷の起訴状を引用しながら、「人肉食への言及はないが、関係者の回想によると…」とし、人肉食に結びつけようとする文脈でこの部分は構成されている。
土屋さんの証言によると、ボーンの殺害された日、土屋さんは当直将校で、その深夜、飢えに苦しむ兵2人がボーンの遺体を掘り起こし食べようとするのを戒めており、またボーンの首をはねた場所は「砂浜」(秦氏)でなく、米軍の砲弾で穴の開いた土の上。ボーンの肉を食ったというのは事実に反する、と土屋さんの語気は鋭かった。
今後の私の課題の一つは、父島事件の戦犯裁判は米海軍のグアム軍事法廷で開かれており、この記録をあたる必要がある。しかし戦勝国が敗戦国を裁いた戦犯裁判である以上、判決が必ずしも公正な裁きを反映しているとは限らない。
土屋さんの証言には、記録と表現の上で考えなければならない問題があることを提起していると私は受け止めている。しかし、土屋さんの証言によって、事件の真相の一端が明らかにされたように思う。
以上をもって、土屋さんから聞いた「父島事件 真相の一端」の中間報告としたい。
これは メッセージ 39496 (sho*jou** さん)への返信です.