Re: 中国製の偽造日記
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/03/08 14:39 投稿番号: [39097 / 41162]
私は、井家又一日記の偽作が証明されただけで、
南京で起きた事件と言われるものは、捏造に近いと言える、と思います。
細かく例を挙げて論証するのは時間がかかります。
そこまで私に説明を頼る前に、
あなたも秦郁彦『南京事件』を開いて、
南京戦史資料集などに掲載された、
元兵士の証言日記の記事の類を、省いてみてください。
これらは、どのようにして持ち込まれたのか、出てきたのか、
検証されていません。
そして、一つのニセモノを本物だと偽証する人物が、全部本物だと認定したものです。
どうして信頼できるでしょう。
中島今朝吾も、写真版が掲載されていますが、そのカタカナ連綿文字を見て、
これは解読できないんじゃないか、それなのに解読されているではないか、
と、首を傾げた部分があるので、
中島日記も、虐殺証言からは省いてください。
そしてさらに、日本軍の公文書とされている戦闘詳報なども、
証拠物件から省いてください。
米軍が押収して、マイクロフィルム化したものが返還され、
それが史料として利用できるようになった、
という話が、藤原彰「現代史の史料について」
(歴史科学協議会編『歴史科学入門』三省堂1986年p186)
に載っています。
米軍経由で戻ってきたマイクロフィルムでは、
現物かどうか、確認のしようがありません。
虐殺証言が明記してある文書がありますが、
どうしてそのような証拠を公文書に残すのか、
という疑問に対して、
「大虐殺あった」派は、日本軍は国際条約に対する認識がなかった、
虐殺は戦闘行為だと思っていた、
武勇伝の類だと思っていた、
というようなことを言っているみたいです。(正確かどうかはわかりません)
とにかく、ここでは、敵方が流した、
原文書かどうか確認できない、証拠物件に数えられない種類、
という分類にして、
これも、証拠物件から省く作業をしてみるべきです。
そうすると、虐殺証言は、
南京から出された外国人情報と、中国人の被害者情報になる。
中国人の情報の信頼性は、
〔虚偽の例〕(内的批判)
1.自分あるいは自分の団体の利害に基づく虚偽
3、公然あるいは暗黙の強制に屈服したための虚偽
4、倫理的・美的感情から、事実を教訓的・芸術的に述べる虚偽
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisigakukennkyuuhou.html
に照らして考えると、
中国社会が、証言者に対して、公然あるいは暗黙の強制を「しない」、
ということは、とうてい証明できないでしょう。
当時の外国人情報が、中国人情報を全く検証しないまま記録したものだ、
という話もあるように、情報操作・宣伝的要素は抜き去り難いものです。
ここで、偽作日記を本物だと偽って大いに流通させた人物(たち?)がいたことが証明されると、
南京大虐殺論争の事の本質は、日本人に事実を確認させることではなくて、
ニセ情報の拡大流布だった、
という可能性の方が、大きくなるでしょう。
では事実はどうたったのですか?
たいしたことはなかったから、偽作文書を持ち込む必要があったのではないでしょうか。
南京で起きた事件と言われるものは、捏造に近いと言える、と思います。
細かく例を挙げて論証するのは時間がかかります。
そこまで私に説明を頼る前に、
あなたも秦郁彦『南京事件』を開いて、
南京戦史資料集などに掲載された、
元兵士の証言日記の記事の類を、省いてみてください。
これらは、どのようにして持ち込まれたのか、出てきたのか、
検証されていません。
そして、一つのニセモノを本物だと偽証する人物が、全部本物だと認定したものです。
どうして信頼できるでしょう。
中島今朝吾も、写真版が掲載されていますが、そのカタカナ連綿文字を見て、
これは解読できないんじゃないか、それなのに解読されているではないか、
と、首を傾げた部分があるので、
中島日記も、虐殺証言からは省いてください。
そしてさらに、日本軍の公文書とされている戦闘詳報なども、
証拠物件から省いてください。
米軍が押収して、マイクロフィルム化したものが返還され、
それが史料として利用できるようになった、
という話が、藤原彰「現代史の史料について」
(歴史科学協議会編『歴史科学入門』三省堂1986年p186)
に載っています。
米軍経由で戻ってきたマイクロフィルムでは、
現物かどうか、確認のしようがありません。
虐殺証言が明記してある文書がありますが、
どうしてそのような証拠を公文書に残すのか、
という疑問に対して、
「大虐殺あった」派は、日本軍は国際条約に対する認識がなかった、
虐殺は戦闘行為だと思っていた、
武勇伝の類だと思っていた、
というようなことを言っているみたいです。(正確かどうかはわかりません)
とにかく、ここでは、敵方が流した、
原文書かどうか確認できない、証拠物件に数えられない種類、
という分類にして、
これも、証拠物件から省く作業をしてみるべきです。
そうすると、虐殺証言は、
南京から出された外国人情報と、中国人の被害者情報になる。
中国人の情報の信頼性は、
〔虚偽の例〕(内的批判)
1.自分あるいは自分の団体の利害に基づく虚偽
3、公然あるいは暗黙の強制に屈服したための虚偽
4、倫理的・美的感情から、事実を教訓的・芸術的に述べる虚偽
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisigakukennkyuuhou.html
に照らして考えると、
中国社会が、証言者に対して、公然あるいは暗黙の強制を「しない」、
ということは、とうてい証明できないでしょう。
当時の外国人情報が、中国人情報を全く検証しないまま記録したものだ、
という話もあるように、情報操作・宣伝的要素は抜き去り難いものです。
ここで、偽作日記を本物だと偽って大いに流通させた人物(たち?)がいたことが証明されると、
南京大虐殺論争の事の本質は、日本人に事実を確認させることではなくて、
ニセ情報の拡大流布だった、
という可能性の方が、大きくなるでしょう。
では事実はどうたったのですか?
たいしたことはなかったから、偽作文書を持ち込む必要があったのではないでしょうか。
これは メッセージ 39096 (koregaka さん)への返信です.