その時その場にいた者の証言(wadatumiさん)
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/01/30 00:55 投稿番号: [38464 / 41162]
●>犯罪捜査でも裁判の場でも、実際に犯行現場に居合わせた人間の叙述は、ひじょうに重要な証拠として位置づけられる。南京事件の真相を知るうえでも、同様のことが言える。
>その時、その場にいた者の証言は、その場に居なかった者の憶測などとは比べ物にならず、はるかに証拠能力は高い。
いつものことながら、あなたのご投稿文は同じ主旨のことを表現を変えてくどくどと何度も繰り返し、文字数を無意味に拡大していらっしゃいますね。
それによって投稿件数を水増しして、他の投稿者へ心理的威圧感を与えようというご意図なのでしょうけれども、それはあなたの文章下手ぶり、論理薄弱ぶりを露呈するだけであって、あなたのご主張に何の説得力ももたらさないのですよ。
それはさて措き、上のあなたのご指摘は私もそのとおりだと思いますので、それを前提としておたずね申しあげましょう。
日本軍による南京進攻直後、当地のいわゆる「安全区国際委員会」(以下「国際委員会」)は、日本軍による犯罪行為として、昭和12年12月13日から翌13年 2月 9日までの間に、49件の殺人事件、44件の暴行傷害事件、361件の婦女暴行事件が発生したという内容の文書を計61通、日本を含む数か国の大使館に送付していますね。
あなたのお言葉をお借りするならば、これらの文書はまさに「実際に犯行現場に居合わせた」「その時、その場にいた」複数の人間、しかも非公式組織とはいえ、現地においては日本とは明らかに利害を異にする立場の国の人間によって占められていた団体が関連各国の大使館に送付した正式なもの、ということになります。
仮にこれらの内容がすべて事実だとしても、この叙述のどこから、30万人はおろか、千人、百人レベルの“大虐殺”とやらがあったという「重要な証拠」になるのでしょうか?
しかも、あなたもよくご承知のとおり、これらの事件のうち、国際委員会のメンバーが直接目撃したものは2件の殺人事件のみであり、あとはすべて中国人からの伝聞に基づくものであること(スマイスが証言)、そしてその2件の殺人事件についても、1件は日本軍による便衣兵摘出の際、逃亡を図った不審者を射殺したものであることは、目撃者であるマギー本人の証言によって明らかになっています。
この文書は、あなたのおっしゃる「その場にいた者の証言は、その場に居なかった者の憶測などとは比べ物にならず、はるかに証拠能力は高い」とのご発言との関連において、どのように解釈されるべきか、ご高説を承りたく存じます。
(井出純二氏の証言)
●>私の南京入りは十三日の首都陥落から二週間以上遅れた十二月二十九日だから、それ以前のことは全く知らない。
つまり、これはあなたのおっしゃる「その場にいた者の証言」ではなく、「その場に居なかった者の憶測」に過ぎないということですね。
●>治安の確立を焦った日本軍が、市民の間に逃げこんだ便衣兵を、大量に狩り立てて殺したのが主体ではないかと推測する。
つまり、彼の目撃した“虐殺”とは、安全区に逃げ込んだ便衣兵の掃討であったということですから、法的には何の問題もなかったということですね。
もっとも、これもご本人がはっきり「推測」と表記しているのですから、これはあなたのおっしゃる「その時期と現場から遠く離れた、証拠能力のない憶測」ということになるのかしら?(笑)
●>それから十数日経った後、南京埠頭で私が見た光景
戦闘から十数日後の処刑現場を目撃しただけで、その処刑が違法か合法か、一新聞記者にどうして判断できるのですか?
この場合、あなたのおっしゃる「時期と現場」とは、あくまでも南京進攻時のそれであって、その結果としての処刑現場など、実際にその場に居合わせたとしても、事実の究明とは何ら関係のないものでしょう。
●>私が見た限りでは、大量、組織的、軍命令による白昼堂々の“公的処刑”としか見えなかった
「私が見た限りでは」ですとか、「としか見えなかった」では、思いっきりあなたのおっしゃる「証拠能力のない憶測」でしかないのではございません?(笑)
●>便衣兵かなあと眺めていた。
はい、便衣兵だったのでしょうね。
この方の「憶測」では。(笑)
あなたは私がここまでパラフレーズしてさしあげないと、ご自分で引用なさったこの井出氏の記事が「その場にいた者の」「証拠能力」の高い証言とはおよそかけ離れたものであることにお気づきにならないのでしょうか?
(つづく)
>その時、その場にいた者の証言は、その場に居なかった者の憶測などとは比べ物にならず、はるかに証拠能力は高い。
いつものことながら、あなたのご投稿文は同じ主旨のことを表現を変えてくどくどと何度も繰り返し、文字数を無意味に拡大していらっしゃいますね。
それによって投稿件数を水増しして、他の投稿者へ心理的威圧感を与えようというご意図なのでしょうけれども、それはあなたの文章下手ぶり、論理薄弱ぶりを露呈するだけであって、あなたのご主張に何の説得力ももたらさないのですよ。
それはさて措き、上のあなたのご指摘は私もそのとおりだと思いますので、それを前提としておたずね申しあげましょう。
日本軍による南京進攻直後、当地のいわゆる「安全区国際委員会」(以下「国際委員会」)は、日本軍による犯罪行為として、昭和12年12月13日から翌13年 2月 9日までの間に、49件の殺人事件、44件の暴行傷害事件、361件の婦女暴行事件が発生したという内容の文書を計61通、日本を含む数か国の大使館に送付していますね。
あなたのお言葉をお借りするならば、これらの文書はまさに「実際に犯行現場に居合わせた」「その時、その場にいた」複数の人間、しかも非公式組織とはいえ、現地においては日本とは明らかに利害を異にする立場の国の人間によって占められていた団体が関連各国の大使館に送付した正式なもの、ということになります。
仮にこれらの内容がすべて事実だとしても、この叙述のどこから、30万人はおろか、千人、百人レベルの“大虐殺”とやらがあったという「重要な証拠」になるのでしょうか?
しかも、あなたもよくご承知のとおり、これらの事件のうち、国際委員会のメンバーが直接目撃したものは2件の殺人事件のみであり、あとはすべて中国人からの伝聞に基づくものであること(スマイスが証言)、そしてその2件の殺人事件についても、1件は日本軍による便衣兵摘出の際、逃亡を図った不審者を射殺したものであることは、目撃者であるマギー本人の証言によって明らかになっています。
この文書は、あなたのおっしゃる「その場にいた者の証言は、その場に居なかった者の憶測などとは比べ物にならず、はるかに証拠能力は高い」とのご発言との関連において、どのように解釈されるべきか、ご高説を承りたく存じます。
(井出純二氏の証言)
●>私の南京入りは十三日の首都陥落から二週間以上遅れた十二月二十九日だから、それ以前のことは全く知らない。
つまり、これはあなたのおっしゃる「その場にいた者の証言」ではなく、「その場に居なかった者の憶測」に過ぎないということですね。
●>治安の確立を焦った日本軍が、市民の間に逃げこんだ便衣兵を、大量に狩り立てて殺したのが主体ではないかと推測する。
つまり、彼の目撃した“虐殺”とは、安全区に逃げ込んだ便衣兵の掃討であったということですから、法的には何の問題もなかったということですね。
もっとも、これもご本人がはっきり「推測」と表記しているのですから、これはあなたのおっしゃる「その時期と現場から遠く離れた、証拠能力のない憶測」ということになるのかしら?(笑)
●>それから十数日経った後、南京埠頭で私が見た光景
戦闘から十数日後の処刑現場を目撃しただけで、その処刑が違法か合法か、一新聞記者にどうして判断できるのですか?
この場合、あなたのおっしゃる「時期と現場」とは、あくまでも南京進攻時のそれであって、その結果としての処刑現場など、実際にその場に居合わせたとしても、事実の究明とは何ら関係のないものでしょう。
●>私が見た限りでは、大量、組織的、軍命令による白昼堂々の“公的処刑”としか見えなかった
「私が見た限りでは」ですとか、「としか見えなかった」では、思いっきりあなたのおっしゃる「証拠能力のない憶測」でしかないのではございません?(笑)
●>便衣兵かなあと眺めていた。
はい、便衣兵だったのでしょうね。
この方の「憶測」では。(笑)
あなたは私がここまでパラフレーズしてさしあげないと、ご自分で引用なさったこの井出氏の記事が「その場にいた者の」「証拠能力」の高い証言とはおよそかけ離れたものであることにお気づきにならないのでしょうか?
(つづく)
これは メッセージ 38439 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.