重要な犯罪現場における目撃者の証言(1)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/24 07:27 投稿番号: [38439 / 41162]
刑事訴訟において、被害者・目撃者による
犯行目撃証言や、
被告人の自白は、犯行の事実についての 直接証拠に当たる。
犯罪捜査でも 裁判の場でも、実際に 犯行現場に居合わせた
人間の叙述は、ひじょうに重要な証拠として位置づけられる。
南京事件の真相を 知るうえでも、同様のことが言える。
その時、その場にいた者の証言は、その場に居なかった者の
憶測などとは 比べ物にならず、はるかに 証拠能力は高い。
南京大虐殺事件を 伝えるのは、被害者・加害者双方の証言、
そして目撃者の記述だ。 これに対し、事件を否定するのは
その時期と現場から遠く離れた、証拠能力のない憶測だけだ。
当時、陸軍航空兵軍曹・飛行第8大隊 付従軍記者だった
井出純二氏も その時、その場に居た者の 一人だ。
その手記を、以下に 引用する。
私の南京入りは十三日の首都陥落から二週間以上遅れた
十二月二十九日だから、それ以前のことは全く知らない。
いわゆる南京虐殺事件は、十七日の入城式と翌十八日の
慰霊祭を前に、治安の確立を焦った日本軍が、市民の間に
逃げこんだ便衣兵を、大量に狩り立てて殺したのが主体
ではないかと推測する。
中支方面軍最高指揮官である松井大将が、慰霊祭における
訓示の中で、特に軍の暴行にふれて批難、叱責したのも、
今後の再発を予見し、戒めてのことではなかったのか。
にもかかわらず、それから十数日経った後、南京埠頭で
私が見た 光景は、なんと 解すべきか。
軍司令官の威令、日本の軍規は、なぜに そこまで
堕落していたのか。
ましてや私が見た限りでは、大量、組織的、軍命令による
白昼堂々の “公的処刑”としか 見えなかったのは、
いったい どうしたことなのか。
私は、松井大将の声涙くだる異例の訓示と、この現実との
相関について、いまだに その解釈に 苦しんでいる。
(中略)
鉄橋の手前で、収容所から 運ばれてきたらしい
二十人ばかりの中国人捕虜がトラックから降ろされ、
江岸へ 連行されて行く。
釈放するからと偽って連れてきたのか、みんな大きな
フロシキ包みをかかえ、厚い綿入りの冬服を着ていた。
軍服姿は見当らなかったが、二十、三十歳代の男が主で、
坊主刈りが多いので、便衣兵かなあと眺めていた。
江岸まで200メートルもあったろうか、道路のカーブを
曲ると、江岸の斜面から水際にかけて処刑された死体が
ゾロゾロと 重なっている。
追い立てられて よろよろと歩いてきた 捕虜たちは
気づいて 動揺したようだが、ここまで来ると、
もう 逃げ道はない。
被告人の自白は、犯行の事実についての 直接証拠に当たる。
犯罪捜査でも 裁判の場でも、実際に 犯行現場に居合わせた
人間の叙述は、ひじょうに重要な証拠として位置づけられる。
南京事件の真相を 知るうえでも、同様のことが言える。
その時、その場にいた者の証言は、その場に居なかった者の
憶測などとは 比べ物にならず、はるかに 証拠能力は高い。
南京大虐殺事件を 伝えるのは、被害者・加害者双方の証言、
そして目撃者の記述だ。 これに対し、事件を否定するのは
その時期と現場から遠く離れた、証拠能力のない憶測だけだ。
当時、陸軍航空兵軍曹・飛行第8大隊 付従軍記者だった
井出純二氏も その時、その場に居た者の 一人だ。
その手記を、以下に 引用する。
私の南京入りは十三日の首都陥落から二週間以上遅れた
十二月二十九日だから、それ以前のことは全く知らない。
いわゆる南京虐殺事件は、十七日の入城式と翌十八日の
慰霊祭を前に、治安の確立を焦った日本軍が、市民の間に
逃げこんだ便衣兵を、大量に狩り立てて殺したのが主体
ではないかと推測する。
中支方面軍最高指揮官である松井大将が、慰霊祭における
訓示の中で、特に軍の暴行にふれて批難、叱責したのも、
今後の再発を予見し、戒めてのことではなかったのか。
にもかかわらず、それから十数日経った後、南京埠頭で
私が見た 光景は、なんと 解すべきか。
軍司令官の威令、日本の軍規は、なぜに そこまで
堕落していたのか。
ましてや私が見た限りでは、大量、組織的、軍命令による
白昼堂々の “公的処刑”としか 見えなかったのは、
いったい どうしたことなのか。
私は、松井大将の声涙くだる異例の訓示と、この現実との
相関について、いまだに その解釈に 苦しんでいる。
(中略)
鉄橋の手前で、収容所から 運ばれてきたらしい
二十人ばかりの中国人捕虜がトラックから降ろされ、
江岸へ 連行されて行く。
釈放するからと偽って連れてきたのか、みんな大きな
フロシキ包みをかかえ、厚い綿入りの冬服を着ていた。
軍服姿は見当らなかったが、二十、三十歳代の男が主で、
坊主刈りが多いので、便衣兵かなあと眺めていた。
江岸まで200メートルもあったろうか、道路のカーブを
曲ると、江岸の斜面から水際にかけて処刑された死体が
ゾロゾロと 重なっている。
追い立てられて よろよろと歩いてきた 捕虜たちは
気づいて 動揺したようだが、ここまで来ると、
もう 逃げ道はない。
これは メッセージ 38438 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.