南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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稼ぎ手を殺し勲章でだますなり(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/30 00:01 投稿番号: [38463 / 41162]
鶴彬は、除隊後も地方新聞社勤務などをして生活を支えながら、
痛烈な世相批判の川柳、評論を   相次いで発表する。
風刺を独自の生命とする川柳を、時流に妥協せず、反戦の志を
つらぬく   最高の手段であり、同時に高い芸術性をもつことが
可能であると確信した鶴彬は、この時期、凶作農家や娘の身売り、
製糸女工や反戦を題材にした柳句を   数多く   発表している。

    凶作を救えぬ仏を売り残している
    塹壕で読む妹を売る手紙
    もう綿くずも吸えない肺でクビになる
    手と足をもいだ丸太にしてかへし

これらは、1937年頃に   活字になっている。
軍は大陸派兵を続々と増大し、ついには全面戦争へと突入し、
国民は   好戦的な風潮に   押し流されている   世相のなかで、
鶴彬の作品も川柳観も   より尖鋭に、反戦色を強めていった。

    おんどりみんな骨壺となり無精卵ばかり生むめんどり
    稼ぎ手を殺し勲章でだますなり
    胎内の動きを知るころ骨がつき
    殴られる鞭を軍馬は背負わされ

1937年12月、治安維持法違反で東京・野方署に逮捕され、
拷問を受け続けたうえ   留置場で赤痢にかかり、重態となって
病院に移されるが釈放はなく、極度の衰弱ののち翌年9月14日、
鶴彬は   “病死”   した。   29歳だった。

鶴彬の本名の喜多一二と   小林多喜二の名前は、よく似ている。
特高警察に検挙され、拷問を受け、治安維持法の犠牲者として
29歳で絶命した点においても、2人は   共通している。
こうした   戦前の命をかけた文化人たちの活動を思うとき
ただ安穏と時流に   流されるばかりの自分を   恥じるほかない。

帝國憲法下でも、逮捕者への   拷問や虐殺は   違法行為だった。
作家の小林多喜二を   拷問で虐殺した特高担当者は、殺人罪で
罰せられて   当然だったはずだが、しかし、警察も   検察も
グルになって   隠蔽し、逆に、政府は、虐殺の主犯格である
警視庁の特高部長、その配下で直接の殺人者である特高課長、
さらには   警部らに叙勲を与え、「赤禍撲滅の勇士」と讃えた。

そのような暗黒時代に、反戦・平和を訴える文学、芸術作品を
発表することは、まさに   命を賭ける行為にほかならなかった。
「暁を抱いて闇にゐる蕾」   「手と足をもいだ丸太にしてかへし」
鋭い反戦川柳を詠んだ   鶴彬もまた、社会運動の高まりのなかで
不屈の精神で戦い、最後まで   戦争反対を貫いて   死んでいった。

戦前の世代が少数となり、戦争の記憶が薄れたことを契機として
軍国時代の暴挙を正当化し、戦争を賛美する愚かな勢力が台頭し、
ふたたび   亡国への道に   人々を誘おうと   躍起になっている。
しかし、日本国憲法第9条には、命をかけて   戦争に反対した
治安維持法犠牲者たちの   「志」   が、深く   刻まれている。
あらためて   小林多喜二や   鶴彬の作品を   読み直すとき、
二度と再び   戦争と暗黒政治を   断じて   許してはならない
という思いを、より強くする。
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