馬鹿ウヨ理論「日本兵は銃剣を使わない」③
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/28 14:41 投稿番号: [38074 / 41162]
銃剣で
捕虜を刺殺すれば、銃身が曲がって使えなくなった
だから、日本兵は 銃剣を使わなかった、という珍説については、
常識から 大きくかけ離れており、実際、そのような記録はない。
テコをきかせれば曲がるべさ などというマヌケな主張もあるが、
わざわざ テコをきかせて 小銃を曲げる 馬鹿な兵隊はいない。
それに、もしも わざと銃身を曲げようとしても、
頑丈な銃床の部分を 握ったままでは、テコがきかないため
腕力が強い人間であっても、銃を曲げることなどは 不可能だ。
当時の日本は、軍需用の物資に豊富に恵まれていたわけではない。
兵器や弾薬の節約に苦心し、ことのほか銃砲などは大切に扱った。
日本軍の武器は、すべて 天皇ヘイカから賜ったもの であり、
とくに歩兵にとっての銃は 武士の刀のようなものと意識された。
粗末に扱ったり、手入れを怠ることは 許されないことだった。
もしも 馬鹿ウヨの珍説が正しければ、銃剣などを使った場合、
大切な歩兵銃は、次々と曲がって 使用できなくなってしまう。
由々しき事態であり、銃剣の生産と配備は 禁止されただろう。
物資に乏しい 我が皇軍は、ただちに 自軍の兵士に対して
「実戦に於いては、着剣及び使用は これを厳禁す」だとか
「銃剣を使用したる者は厳罰に処す」という命令を下達しただろう。
もちろん、そのような 馬鹿げた命令や記録は 存在しない。
白兵戦の場合は、全力で突撃して 剣先を突き刺すのみならず、
兵士同士が銃床部も使い、殴る、打つ、払う、といった攻防を交え、
激しく突き合い 殴打し合うため、銃身全体に強力な衝撃を受ける。
したがって、命中精度にも微妙なくるいが生じる可能性はある。
銃剣による捕虜の処刑は、白兵戦などとは まったくちがい、
小銃を使い物にならなくするような用法では なかったのだ。
いくら 犬猫と同レベルの輩が 否定しようとしても、
捕虜の処刑に、銃剣が頻繁に使われたことは、動かしがたい事実だ。
兵士の証言の中には、捕虜の殺害には 銃弾を節約するために、
専ら銃剣を使って殺せという指示を受けた というものもある。
もしも 銃剣で人を刺したぐらいで 銃自体が使用できなくなる
という理論が正しければ、それは 「弾の節約」どころではない。
だが、銃がダメになるから 刺殺をしなかったという記録はなく、
逆に 銃剣を使用したという記録資料は 数多く存在する。
実際 「銃剣」は、戦時中 大量に生産され、
すべての日本軍歩兵に配備され、終戦まで使用され続けた。
特に 三十年式銃剣は、敗戦まで 長年にわたり使用された。
当然、三八式歩兵銃や九九式小銃などにも 装着されていた。
三十年式銃剣は、小銃に装着する場合、柄頭部分を 銃床先端の
着剣留金具に挿入する。 着剣留金具は、銃身ではなく 銃床に
取り付けられており、銃剣の止金体の溝は 銃床の下部に
はめ込むように できていた。
したがって、銃剣を 真直に突いた場合は、
銃身に 直接 力が 掛かることはない。
もちろん、白兵戦で 激しい打撃が繰り返されれば、
銃全体に衝撃が加わり、照準にも微妙な影響がでる可能性はあった。
しかし、至近距離で、拘束した人間を 真っ直ぐ突き刺すだけで
「銃身が曲がって使用不能になる」ような構造とは なっていない。
刺殺に使用したことにより 銃が使えなくなったとする記録などが
まったく 見当たらないのは、当然のことだ。
そもそも 戦争物資の確保に苦心していた 日本軍が、
貴重な銃を「使い物にならなく」するような シロモノを、
自軍の兵士たちに 装備させるわけがない。
常識があれば、容易に考えつきそうなものだ。
いったい、馬鹿ウヨ諸君は、どのような根拠にもとづき
銃身が曲がって使えなくなった などという珍説を吹聴するのだろう。
ちなみに、三八式銃には 「菊」の紋章が 刻まれている。
これは つまり「天皇からの恩賜」の武器であることを意味する。
したがって 日本兵は、銃を大切に扱い、手入れを怠らなかった。
もしも、その大事な小銃を「曲がって使い物にならなく」してしまう
とんでもない代物ならば、絶対に装着など できなかっただろう。
もしも 馬鹿ウヨ理論のとおり、日本兵は銃剣を使わなかったなら、
「南京虐殺のウソ」 を垂れ流す者は、信憑性を高めるために、
捕虜を刺殺したとはせず、みんな射殺していた と証言するだろう。
だから、日本兵は 銃剣を使わなかった、という珍説については、
常識から 大きくかけ離れており、実際、そのような記録はない。
テコをきかせれば曲がるべさ などというマヌケな主張もあるが、
わざわざ テコをきかせて 小銃を曲げる 馬鹿な兵隊はいない。
それに、もしも わざと銃身を曲げようとしても、
頑丈な銃床の部分を 握ったままでは、テコがきかないため
腕力が強い人間であっても、銃を曲げることなどは 不可能だ。
当時の日本は、軍需用の物資に豊富に恵まれていたわけではない。
兵器や弾薬の節約に苦心し、ことのほか銃砲などは大切に扱った。
日本軍の武器は、すべて 天皇ヘイカから賜ったもの であり、
とくに歩兵にとっての銃は 武士の刀のようなものと意識された。
粗末に扱ったり、手入れを怠ることは 許されないことだった。
もしも 馬鹿ウヨの珍説が正しければ、銃剣などを使った場合、
大切な歩兵銃は、次々と曲がって 使用できなくなってしまう。
由々しき事態であり、銃剣の生産と配備は 禁止されただろう。
物資に乏しい 我が皇軍は、ただちに 自軍の兵士に対して
「実戦に於いては、着剣及び使用は これを厳禁す」だとか
「銃剣を使用したる者は厳罰に処す」という命令を下達しただろう。
もちろん、そのような 馬鹿げた命令や記録は 存在しない。
白兵戦の場合は、全力で突撃して 剣先を突き刺すのみならず、
兵士同士が銃床部も使い、殴る、打つ、払う、といった攻防を交え、
激しく突き合い 殴打し合うため、銃身全体に強力な衝撃を受ける。
したがって、命中精度にも微妙なくるいが生じる可能性はある。
銃剣による捕虜の処刑は、白兵戦などとは まったくちがい、
小銃を使い物にならなくするような用法では なかったのだ。
いくら 犬猫と同レベルの輩が 否定しようとしても、
捕虜の処刑に、銃剣が頻繁に使われたことは、動かしがたい事実だ。
兵士の証言の中には、捕虜の殺害には 銃弾を節約するために、
専ら銃剣を使って殺せという指示を受けた というものもある。
もしも 銃剣で人を刺したぐらいで 銃自体が使用できなくなる
という理論が正しければ、それは 「弾の節約」どころではない。
だが、銃がダメになるから 刺殺をしなかったという記録はなく、
逆に 銃剣を使用したという記録資料は 数多く存在する。
実際 「銃剣」は、戦時中 大量に生産され、
すべての日本軍歩兵に配備され、終戦まで使用され続けた。
特に 三十年式銃剣は、敗戦まで 長年にわたり使用された。
当然、三八式歩兵銃や九九式小銃などにも 装着されていた。
三十年式銃剣は、小銃に装着する場合、柄頭部分を 銃床先端の
着剣留金具に挿入する。 着剣留金具は、銃身ではなく 銃床に
取り付けられており、銃剣の止金体の溝は 銃床の下部に
はめ込むように できていた。
したがって、銃剣を 真直に突いた場合は、
銃身に 直接 力が 掛かることはない。
もちろん、白兵戦で 激しい打撃が繰り返されれば、
銃全体に衝撃が加わり、照準にも微妙な影響がでる可能性はあった。
しかし、至近距離で、拘束した人間を 真っ直ぐ突き刺すだけで
「銃身が曲がって使用不能になる」ような構造とは なっていない。
刺殺に使用したことにより 銃が使えなくなったとする記録などが
まったく 見当たらないのは、当然のことだ。
そもそも 戦争物資の確保に苦心していた 日本軍が、
貴重な銃を「使い物にならなく」するような シロモノを、
自軍の兵士たちに 装備させるわけがない。
常識があれば、容易に考えつきそうなものだ。
いったい、馬鹿ウヨ諸君は、どのような根拠にもとづき
銃身が曲がって使えなくなった などという珍説を吹聴するのだろう。
ちなみに、三八式銃には 「菊」の紋章が 刻まれている。
これは つまり「天皇からの恩賜」の武器であることを意味する。
したがって 日本兵は、銃を大切に扱い、手入れを怠らなかった。
もしも、その大事な小銃を「曲がって使い物にならなく」してしまう
とんでもない代物ならば、絶対に装着など できなかっただろう。
もしも 馬鹿ウヨ理論のとおり、日本兵は銃剣を使わなかったなら、
「南京虐殺のウソ」 を垂れ流す者は、信憑性を高めるために、
捕虜を刺殺したとはせず、みんな射殺していた と証言するだろう。
これは メッセージ 38073 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.