南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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日本軍が突き進んだ「南京への道」(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/03 12:52 投稿番号: [37286 / 41162]
前述したように、日本軍には   すくなくとも   中国兵捕虜に対して、
他国の兵士のような処置は不要だ   という差別意識が根付いていた。
さらに、念頭に置くべきことは、日中戦争が   全面化し始めたとき、
日本軍部は、これを   「戦争」ではなく   「事変」であるから
戦時国際法は   適用しなくてもよい、と   決定したことだ。

さらに「戦利品、俘虜」   などの戦時用語は   「努メテ避ケヨ」と、
自軍兵士に命じた。   これは、国際法上の「戦争」   ではない   と
印象づけるためだった。   戦争ではないのだから、中国兵捕虜を
交戦法規による処遇をしなくても、一向に   構わないことになる。
こうした   軍中央部の方針は、ただちに   現地軍に伝えられた。

とくに   上海戦での苦戦によって敵愾心にあふれた   第一戦部隊に、
捕虜を躊躇なく殺す例が   数多くあらわれたのは   こうした理由だ。
「他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁」する必要はなく
「之レヲ殺害」しても「問題トナルコト無シ」とされた   中国兵を、
わざわざ   収監、護送するなどの   面倒な手間は、不要だった。

ハーグ陸戦条約第4条には、「俘虜は、敵の政府の   権内に属し、
之を捕へたる個人又は部隊の権内に   属することなし」   とある。
つまり、捕虜の処遇を   部隊判断で   決定することは   できない。
さらに   また、条約では   「兵器を捨て   又は自衛の手段尽きて
降を乞へる敵を殺傷」   することを、厳格に   禁じている。

当時の慣習法や   一般的な戦時国際法からみても、投降した敵兵、
収容した捕虜を、殺害することは、あきらかに   違法行為だった。
しかし   日本軍は、この軍事力行使が   国際法が規定する「戦争」
ではなく、あくまでも   「事変」   の鎮圧であるという理屈をつけ
戦時法の「適用外」のものに   位置づけてしまったのだ。

中国人民への蔑視、戦時法適用を不要とした「事変」の位置づけ、
さらに、激しい戦闘に伴って   中国人への憎悪・敵愾心の増大が
中国兵捕虜に対する   残虐行為へと走らせた。
そもそも   戦争目的もあいまいなまま   突然召集されて、苛酷な
戦場に投入された兵隊が自暴自棄の行動に走ったのは自然だった。

日本軍による包囲網の完成により、南京城内及び   周辺地域には
少なくとも10万人程度の中国兵が逃げ遅れ、投降したとされる。
ところが   日本軍側には、捕虜収容の用意は   まったくなかった。
日本軍の補給体制軽視の戦略的欠点は、その後の太平洋戦争でも
餓死者数が   直接の戦闘死者数を超える惨状を   招くことになる。
その体質は、すでに   南京攻略戦の時点で   はっきり表れていた。

しかも、各大隊が先陣を競うように   南京を目指した進撃速度は、
軍自身の当初予想を上回るほど急進だったため   補給が追つかず、
食料をはじめとする物資は   現地調達に   頼るほかなかった。
日本兵が自らの給養を確保することさえも困難な状況のところに、
大量の捕虜をかかえて   収容を維持することは   不可能だった。

自身が飢餓に陥る危険をおかしてまで   中国の敗残兵に   食糧を
分け与えながら   収容するだけの設備も   体制も、心構えさえも
日本軍にはなかった。これを裏付ける資料として、後述のとおり
大量の捕虜の処置に窮し、司令部が殺害を命じたという証言もある。
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