南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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日本帝国に植民地解放の志向は無かった②

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/10/17 06:34 投稿番号: [37094 / 41162]
日本帝国が   無謀な対米戦争を引き起こす   直前の時期に限っても、
1931年から41年までの   10年間には、ニュージーランド、
カナダ、オーストラリア、南アフリカなどが   完全独立を実現し、
フィリピンは   自由連合州となって   独立は確定的となっていた。
さらに、中東のレバノンなども   独立を宣言するに   至っていた。

当時の   日本帝国に、本当に   植民地解放の志向が   あったのなら、
戦争を起こすよりも以前に、この脱植民地化の進展に歩調を合わせ
国際社会に対して、真剣に   植民地解放、独立を訴えていたはずだ。
そして、誰よりも   率先して   自らの植民地支配を解消すると共に、
他民族の主権を尊重し、他国領土への軍事的干渉を中止したはずだ。

しかし、実際には   日本が取り続けた政策は、植民地での独立運動を
武力で弾圧することや、海外への派兵継続、とくに近隣諸国に対する
軍事的圧力の強化という   露骨な主権侵害だった。
その姿勢が、国際社会からの不信、強い批判や   経済制裁を招き、
追い詰められた挙句、暴発した。   これが   「聖戦」の   実態だ。

本当に   民族自主権を尊重する意志があるなら、軍事力を用いた威嚇、
挑発などは、慎んだはずだが、しかし   実際には、日本は他国領土に
大軍を派兵し続けた。   他国の主権を脅かす挑発行為にほかならない。
たとえば日中戦争の発端となった盧溝橋事件は   日本国内でも、また
日中の国境地帯でもなく、中国の心臓部、北京近郊で   起きた。

事件勃発の前年に、日本は   「支那駐屯軍」を、1800人から
5800人に   大幅増強し、中国政府の強い抗議を無視して、
増強部隊を   北京近郊の豊台に   駐屯させていた。
一国の首都の近郊に、他国の大軍が   強引に   居座っている状況は、
まさに   露骨な武力挑発、無法な主権侵害以外の何ものでもない。

当時の陸軍参謀本部第一部長、石原莞爾は   次のように証言している。
「豊台に兵を置くことになりましたが、之が遂に本事変の直接動機に
なつたと思ひます」   (「石原莞爾中将回想応答録」参謀本部作成)
日本軍の増強部隊が駐屯した豊台は   北京の守備の要であり、
すでに   中国軍が配備されていた場所だった。
互いの兵営の距離は   わずかに   300メートルだったという。

その駐屯部隊が、同じく   北京の守りの要であった   盧溝橋で、
中国側に通告しないまま、夜間演習を実施。事件はその時起きた。
戦闘にならないほうが不思議といえる状況を作ったのは日本軍だ。
根本的問題は、どちらが先に発砲したか   などということでない。
戦争に至る原因を作った側が「自衛」を口実にするのは見苦しい。

また、本当に   民族解放や主権回復を国家の悲願としていたのなら、
まずは   自らが支配する民族の、主権・独立を求める   切実な声に
真摯に応えていたはずだ。   しかし、朝鮮半島で起きた独立運動は、
武力弾圧によって   多数の死傷者、投獄者を出す事態となった。

朝鮮での独立運動の様子は、情報統制により   日本国民には正確に
伝えられなかった。   が、それでも   少数ながら   日本の国内にも
朝鮮民族の運動に   共感を寄せ、支持を表明した人々が   存在した。
そうした者の多くは迫害の対象となった。「朝鮮独立支持」などと
主張するには、特高に検挙されることを   覚悟せねばならなかった。
 
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