日本帝国に植民地解放の志向は無かった
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/10/17 06:33 投稿番号: [37093 / 41162]
まず、基本的な
「議論の仕方」について
提案したい。
自分の主観だけで断定せず、まず客観的根拠を明確にすること。
「お前の言ってるのはウソだ」「他にも証拠がある」とだけ言い放ち、
その「他の証拠」を きちんと示さないで、もっぱら相手を中傷する、
人格攻撃しかできない偏狭な者が少なくない。
もとより そんな書き込みは 議論に値しないから 無視してよい。
状況証拠や記録資料に基づき、論理的に考えてみる必要がある。
過去の戦争が、『日本の独立を守るための“自衛”戦争だった』か、
あるいは 『植民地解放を 目指した “聖戦”だった』 とか、
『日本が戦わなければアジア諸国民は独立できなかった』 という
靖国神社などが 盛んに宣伝流布する戦争美化・正当化論について
客観的事実に基づいて その実態を検証することが必要だ。
当時の日本帝国に、民族主権の尊重や 植民地独立促進の志向が
あったのか、また、多くの命を奪う悲惨な戦争を起こした 目的が、
本当に そうした崇高なものであったのか、そして、日本が戦争を
しなければ、植民地解放・独立は 本当に達成できなかったのか、
さらに、戦争をしなければ日本帝国も他国の植民地にされたのかを
20世紀初頭における国際社会の情勢などに照らして考えるべきだ。
戦争は、夥しい血を流し、人権を蹂躙し、環境を破壊する蛮行だ。
それを正当化するために持ち出される「植民地解放」という麗句。
しかし、アジア諸国解放は、日本軍敗北の「結果」 にすぎない。
戦争目的だったと言える確たる証拠は、はたして あるだろうか。
まず、当時の世界における 植民地政策の情勢に 着目すべきだ。
実際、すでに 日本軍が戦争を引き起こすよりも はるか以前に
脱植民地化(Decolonization) の潮流は、顕在化していた。
それは、早くも 18世紀末、アメリカ大陸において 始まった。
引き金は、アメリカ独立戦争における 英国への勝利だった。
これを皮切りに、南北アメリカ大陸で 脱植民地化が始まる。
まず、スペイン、ポルトガルなどの支配からの脱却が急速に進む。
1804年には、中米の ハイチが 独立を宣言し、
ヨーロッパ列強の支配から脱却した 最初の非白人国家となった。
1808年、ポルトガル最大の植民地だったブラジルも独立する。
1813年には パラグアイも スペインからの独立を達成した。
その後 1900年代の 初頭までに、アルゼンチン、チリ、
ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル、
コスタリカ、ベネズエラ、メキシコ、エクアドル、ペルー、
ボリビア、ドミニカ、キューバなどが 次々と独立を宣言する。
そして アジアや ヨーロッパでも、モンゴル、アフガニスタン、
アイルランド、ネパールなどが自治権または完全独立を獲得し、
イラクの国際連盟委任統治が解除され、イギリスは租借港威海を
中国に返還し、アメリカが フィリピンの独立を約束するなど、
東アジアにおいても 脱植民地化の動きは確定的となっていった。
当時の 日本帝国に、本当に 植民地解放の志向が あったのなら、
血なまぐさい戦争を引き起こすよりも 以前に、国際社会に対して
この脱植民地化の潮流を 確固とするため、繰り返し 粘り強く、
植民地諸国民の 自主権の回復、独立を 訴えていたはずだ。
また、自ら率先して それを実行し、世界に範を示していただろう。
自分の主観だけで断定せず、まず客観的根拠を明確にすること。
「お前の言ってるのはウソだ」「他にも証拠がある」とだけ言い放ち、
その「他の証拠」を きちんと示さないで、もっぱら相手を中傷する、
人格攻撃しかできない偏狭な者が少なくない。
もとより そんな書き込みは 議論に値しないから 無視してよい。
状況証拠や記録資料に基づき、論理的に考えてみる必要がある。
過去の戦争が、『日本の独立を守るための“自衛”戦争だった』か、
あるいは 『植民地解放を 目指した “聖戦”だった』 とか、
『日本が戦わなければアジア諸国民は独立できなかった』 という
靖国神社などが 盛んに宣伝流布する戦争美化・正当化論について
客観的事実に基づいて その実態を検証することが必要だ。
当時の日本帝国に、民族主権の尊重や 植民地独立促進の志向が
あったのか、また、多くの命を奪う悲惨な戦争を起こした 目的が、
本当に そうした崇高なものであったのか、そして、日本が戦争を
しなければ、植民地解放・独立は 本当に達成できなかったのか、
さらに、戦争をしなければ日本帝国も他国の植民地にされたのかを
20世紀初頭における国際社会の情勢などに照らして考えるべきだ。
戦争は、夥しい血を流し、人権を蹂躙し、環境を破壊する蛮行だ。
それを正当化するために持ち出される「植民地解放」という麗句。
しかし、アジア諸国解放は、日本軍敗北の「結果」 にすぎない。
戦争目的だったと言える確たる証拠は、はたして あるだろうか。
まず、当時の世界における 植民地政策の情勢に 着目すべきだ。
実際、すでに 日本軍が戦争を引き起こすよりも はるか以前に
脱植民地化(Decolonization) の潮流は、顕在化していた。
それは、早くも 18世紀末、アメリカ大陸において 始まった。
引き金は、アメリカ独立戦争における 英国への勝利だった。
これを皮切りに、南北アメリカ大陸で 脱植民地化が始まる。
まず、スペイン、ポルトガルなどの支配からの脱却が急速に進む。
1804年には、中米の ハイチが 独立を宣言し、
ヨーロッパ列強の支配から脱却した 最初の非白人国家となった。
1808年、ポルトガル最大の植民地だったブラジルも独立する。
1813年には パラグアイも スペインからの独立を達成した。
その後 1900年代の 初頭までに、アルゼンチン、チリ、
ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル、
コスタリカ、ベネズエラ、メキシコ、エクアドル、ペルー、
ボリビア、ドミニカ、キューバなどが 次々と独立を宣言する。
そして アジアや ヨーロッパでも、モンゴル、アフガニスタン、
アイルランド、ネパールなどが自治権または完全独立を獲得し、
イラクの国際連盟委任統治が解除され、イギリスは租借港威海を
中国に返還し、アメリカが フィリピンの独立を約束するなど、
東アジアにおいても 脱植民地化の動きは確定的となっていった。
当時の 日本帝国に、本当に 植民地解放の志向が あったのなら、
血なまぐさい戦争を引き起こすよりも 以前に、国際社会に対して
この脱植民地化の潮流を 確固とするため、繰り返し 粘り強く、
植民地諸国民の 自主権の回復、独立を 訴えていたはずだ。
また、自ら率先して それを実行し、世界に範を示していただろう。